初めてのダンジョン
王都の喧騒から少し離れた場所に、そのダンジョンの入り口はぽっかりと口を開けていた。
「ダイチさん、ここはミミック以外にもトラップが多い場所だから、気をつけながら進もうね」
隣に立つユイが、引き締まった表情で俺に注意を促す。
「分かった。行こう」
俺は短く答え、薄暗いダンジョンの中へと足を踏み入れた。
このダンジョンは地下に潜っていくタイプらしい。
一階にはすでに多くの冒険者が入っているようで、壁には等間隔に松明の火が灯り、魔物の気配もほとんどなかった。観光地のような安心感すらあるが、油断は禁物だ。
「ミミックが出るのは、大体隠し部屋とかトラップ部屋よ。隅々までチェックしながら行きましょう」
ユイの言葉に従い、俺たちは徐々に深い階層へと下りていった。
地下に進むにつれて明かりは乏しくなり、ユイが光魔法で俺たちの周りを照らし出す。
時々現れる魔物はそれほど強くなく、俺の剣で軽く蹴散らせる程度だ。
進む途中で何度か床のスイッチや矢が飛び出す仕掛けに遭遇したが、それらを避けているうちに、俺の頭の中に新しい感覚が定着した。
ふと意識をステータスに向けると、いつの間にか『トラップ探知』というスキルが追加されていた。
……便利だが、肝心のミミックにはなかなか出会えない。
ようやく変化があったのは、地下五階に進んだ時だった。
行き止まりの壁を叩いてみると、不自然に軽い音が鳴る。そこを押し開けると、隠し部屋が現れた。
部屋の中央には、不気味なほど豪華な装飾が施された宝箱が一つ、ぽつんと置いてある。
「……ダイチさん、あれよ。あれがミミックよ」
ユイが声を潜めて告げた。
『気配探知』では完全に「物」としての反応しかなく、完璧に擬態している。だが、覚えたての『トラップ探知』は、この部屋自体に強烈な危険信号を発していた。
俺は武器を構え、慎重に距離を詰める。
ユイが俺の背中に手を添え、強化魔法をかけてくれた。身体がふわりと軽くなり、力がみなぎる。
宝箱の目の前に来ても、そいつは動く様子がない。
「はっ!」
俺が剣を振り下ろそうとした瞬間!宝箱がガバッと巨大な「口」を開けた。
「ギシャアアアアッ!」
鋭い牙が並ぶ口が、俺の頭を丸呑みにしようと襲いかかってくる。
俺は反射的に剣の腹でその攻撃を弾き返した。
と同時に、部屋の入り口だったドアが煙のように消え、周囲から無数の魔物が這い出してきた。
「おい、これ結構ヤバくないか!?」
「周りの雑魚は私が引き受けるわ!ダイチさんはミミックをお願い!」
ユイが杖を掲げ、魔法を乱射し始める。
俺はミミックと対峙した。こいつ、見た目以上に硬い。剣の斬撃を繰り出しても、金属質の殻に弾かれてまともなダメージが入らない。
「ダイチさん、ミミックには斬撃より打撃が効くわよ!」
「打撃か……それなら!」
俺は剣に土魔法を流し込んだ。
刃の周りに重厚な土が固まり、それは剣というより、巨大な金属バットか鈍器のような歪な形に変貌する。
ミミックが再び噛みつこうと大きく跳躍した。
俺はそれを冷静に見切り、野球のフルスイングの要領で横からぶん殴った。
ドゴォッ!
重い打撃音が響き、ミミックが壁まで吹き飛ぶ。
落ちたところに間髪入れず駆け寄り、俺は土の重みを乗せた剣をハンマーのように振り下ろした。
土魔法による頑丈さと質量が、ミミックの堅い殻を無慈悲に粉砕する。
やがて、ミミックは光の粒となって消え、部屋のドアが再び姿を現した。
いつの間にか、ユイも周囲の魔物をすべて片付けていたらしい。
「ふぅ、楽勝だったね。お疲れ様、ダイチさん!」
ユイが笑顔で駆け寄ってくる。その足元には、一つの赤い石が転がっていた。
「あっ!魔石よ。一回で取れるなんてすごいラッキーね」
「……これが、ミミックの魔石か」
一回の討伐でドロップしたのは幸運だった。
ユイによれば、この魔石に自分の魔力を込めれば、持っている者にスキルが得られるという。
「一度使うと魔石は力を失ってただの石ころになっちゃうから、貴重なスキル持ちの魔石は外だと高額で取引されてるのよ」
俺は早速、魔石を手に取り、じわりと魔力を流し込んだ。
瞬間、俺の身体が淡い光に包まれる。
ステータスを確認すると、待ち望んでいた項目が追加されていた。
『アイテムボックス Lv1』。
「おお……。魔石があれば、誰でもスキルを得られるんだな」
「そうだけど、人によって得意不得意があるからね。スキルを取ってもレベルが上がらなくて、結局カバン一個分も入らないなんて人もザラにいるわよ」
今の俺のレベルだと、まだ小さな旅行カバン程度の容量しかないらしいが、これがあるだけで可能性は劇的に広がる。
「じゃあ、目的は達したし、帰るか」
「了解。じゃあ転移魔法で入り口まで戻るね!」
ユイが杖をかざした瞬間、景色が一変した。
一瞬で、俺たちは風の吹き抜けるダンジョンの外へと戻っていた。
ダンジョンを出た俺たちは、その足で王都にある『光の教会』へと向かった。
目的は、陽葵のネックレスに合成するための『光の加護の魔石』だ。
教会に入ると、それは至極あっさりと売られていた。
だが、値段を見て俺は絶句する。
「……百万ペイ!?」
この世界の通貨『ペイ』は、日本円とほぼ一対一の感覚だ。
ゴブリン一匹倒して三千ペイ程度のこの世界で、百万ペイは相当な大金だ。
俺たちの財布事情では買えないはずだが、ユイは「あ、これください」とあっさり金貨の袋を差し出した。
「おい、ユイ!いくらなんでも高すぎるだろ。お金は大丈夫なのか?」
「いいのよ。これ、陽葵へのプレゼントでしょ?私からの分だと思って、気にしないで」
ユイは悪戯っぽく微笑んで、俺の手に白い魔石を乗せた。
陽葵のため。
そう言われると、俺は素直に甘えるしかなかった。
俺は魔石を『アイテムボックス』の中にしまい込む。あとは、これが現実世界で本当に取り出せるかどうかだ。
「……なあ、ユイ。もしこれが成功したら、逆に現実世界から持ってきてほしい物とかあるか?」
俺の問いに、ユイは少し考えてから、意外なことを口にした。
「そうね……生き物は無理だけど、お菓子ならいけるかな。……そうだ!ダイチさん、私のスマホってまだある?」
「スマホ?ああ、多分あると思うけど……。ここで電波は入らないぞ?」
「電波なんてなくていいの。中にある写真とか、見たいし……。データ、残ってるかな?」
あの日から、俺は彼女の遺品を整理しきれずにいた。
「パスワードが分からないから、そのまま放置してあると思う。……分かった。バッテリーを交換して、今度持ってくるよ」
「ありがとう、ダイチさん。楽しみにしてるね」
俺たちは宿屋に戻り、その日の活動を終えた。
◇◇◇
翌朝。
現実世界で目を覚ました俺は、真っ先に頭の中で『アイテムボックス』を念じた。
すると、目の前の空間がわずかに歪み、俺の手の中に、ひんやりとした白い石が現れた。
「……出せた」
あの、光の加護がついた魔石だ。
俺は思わず歓声を上げそうになった。これを使えば陽葵に贈ったネックレスも心配なくつけられるようになるだろう。
(仕事が終わったら、ネックレスに合成しよう)
俺は一旦、魔石をアイテムボックスに戻した。
そして忘れないうちに、クローゼットの奥に押し込んでいた段ボール箱を引っ張り出す。
中をかき分けると、見覚えのある、少し古いモデルのスマートフォンが出てきた。
なんとなく捨てきれずに残していたものだが、まさかこんな形で役立つ日が来るとは。
俺は結衣のスマホをカバンに入れ、立ち上がった。
キッチンへ向かい、朝食の準備を始める。
ネックレスへの付与、そして結衣への贈り物。
やるべきことは山積みだが、夜が待ち遠しかった。




