妻と娘へのプレゼント
「ちょっと待って!?ダイチさん、なんで一日のうちに『隠密』と『隠形』をそこまで極めてるのよ!」
異世界の宿屋の一室。急にユイが、椅子から転げ落ちんばかりの勢いで声を上げた。何か察したのか、どうやら鑑定で俺のステータスを見たらしい。
「いや、まあ……色々あってな」
「色々って何よ。隠形もダイチさんならすぐ覚えられるとは言ったけど、さすがに1日で覚えられるものじゃないわよ?」
俺は少し言い淀んだが、隠し事をするのも柄じゃない。現実世界で、娘の陽葵を尾行してショッピングモールを練り歩いた一部始終を白状した。
「――あっはっはっは!嘘でしょ!?」
話を聞き終えたユイは、お腹を抱えて大爆笑し始めた。目尻に涙まで浮かべている。
「そんなにスキルを覚えるまで陽葵を尾行してたの!?ダイチさん、それ完全に不審者……いや、過保護すぎるパパの鑑だわ!」
「笑いすぎだ。……だけど、心配だったんだよ。あいつ、最近急に大人びてきたし、ナナっていうちょっと派手な友達と付き合ってるし」
「心配なのはわかるけど、陽葵ももう中学生なんだから大丈夫よ」
ユイはケラケラと笑いながら言う。
……現実世界で、俺たちの前から結衣がいなくなったとき、陽葵はまだ九歳だった。今のユイの姿を見ていると、まるであの日の記憶がないかのように陽葵のことを楽観視しているのが少し気にかかった。
「ユイ……お前は、陽葵のことが心配じゃないのか?」
「え?もちろん心配よ。でも、ダイチさんがここまで一生懸命育ててくれるんだもの。私は、パパとしてのダイチさんを信じてるから安心なのよ」
ユイはまっすぐ俺の目を見て、柔らかく微笑んだ。
その笑顔は、かつての結衣そのものだった。
「……ユイ。お前、あいつに会いたいとは思わないのか?そういえば、陽葵もこっちの世界に呼んだり、転生させたりすることはできないのか?」
俺の問いに、ユイの表情がふっと翳った。
「もちろん会いたいわ。一秒だって忘れたことはない。……でもね、まだ精神が未発達な状態で無理に違う身体へ魂を転生させると、心と体のバランスが崩れて壊れてしまうリスクが大きいの。だから、今はまだできないのよ」
寂しそうに伏せられた表情を見て、俺は胸が締め付けられる思いがした。
「……そうか。悪い、変なことを聞いた」
「いいよ。私も、ちょっと無責任だったかもね。……それで?陽葵に何かプレゼントしたいんでしょ?」
ユイは明るい表情に変わり、俺の顔を覗き込んできた。
「そうなんだけどさ。やっぱり、誕生日でもないのにいきなりプレゼントなんておかしいよな?」
「そんなことないよ!普段から気にかけてくれてるって伝わるから、女の子はすごく嬉しいものよ。特にパパからのサプライズなんてね」
「そうか。じゃあやっぱり、あいつが欲しそうにしていたネックレスを買おうかな」
「それより、ダイチさんが自分で作ってみたら?」
ユイの意外な提案に、俺は目を丸くした。
「俺が作る?アクセサリーをか?」
「『錬金術』もレベル7まで上がってるんだし、素材さえあれば多分できると思うわよ。ほら、これ」
ユイがアイテムボックスから取り出したのは、拳大の真っ赤な石――魔石だった。
「試しに、これで作ってみたら?」
俺は魔石を受け取り、陽葵がショップで見ていた華奢なネックレスのイメージを浮かべた。掌の石に、じわりと魔力を流し込んでいく。
すると、硬い石が粘土のように形を変え、カットの入った美しいルビーのような輝きを放ち始めた。
「……できた。成功だ!」
「すごい!……あ、でもね、ここのデザインはもっと曲線的にして。チェーンは細い小豆チェーンのデザインで……」
ユイが横からノリノリで注文をつけてくる。
俺はそのこだわりに応えるように、さらに魔力を注いで形を整えていった。
やがて、職人が作ったような繊細なネックレスが完成した。
「わあ、完璧!さすがダイチさん!」
「……でも、これを現実には持っていけないだろ?」
「そうね、現実世界だったら、素材を探さないとね。出来れば、ダイチさんの魔力が込めやすい物がいいかもね」
ステータスを確認すると、『錬金術』はレベル8に到達し、新たに『付与追加』というスキルを覚えていた。
「付与魔法か、これに使えるか?」
試しに、作ったばかりのネックレスに『魔力回復』の効果を付与してみる。
レベルが低いせいか効果は微々たるものだが、しっかりとした手応えがあった。
ふと隣を見ると、ユイがネックレスを見つめながら、何だかソワソワと自分の首元を触っている。
(デザインにあれこれ口を出してたし……多分、自分も欲しかったんだろうな)
「ユイ、これ、お前にあげるよ」
「えっ、いいの!?」
ユイは顔を輝かせてネックレスを受け取ると、早速それを身につけた。
「結婚十周年のプレゼントも、してやれなかったからな。次はお金を稼いで、本物の宝石をプレゼントするよ」
「ううん、これがいいの。ダイチさんが初めて作った、世界に一つのプレゼントだもん」
愛おしそうに宝石を撫でるユイを見て、俺は急に気恥ずかしくなってきた。
「……じゃあ、今日もクエスト見に行こうぜ!」
俺は逃げるように立ち上がり、ユイを連れてギルドへと向かった。
◇◇◇
異世界でのクエストを終え、現実に戻った俺は自分の部屋のベッドの上にいた。
窓の外は明るい。今日は日曜日だ。
俺は早速、陽葵へのアクセサリー作りの素材について考えた。
試しに、手近にあったプラスチックのケースに魔力を込めて錬金術を使ってみる。……形は変わるが、材質はチープなプラスチックのままだ。
(魔力が全く含まれていない物質だと、材質そのものを変化させることはできないのか……)
さすがに土から金を生み出すような真似は、現実世界では難しいらしい。
「土?」……その言葉で、俺はあることを思い出した。
ベランダのプランター。
そこには、土魔法で育てた野菜が植えられている。
俺はベランダに出て、プランターの土に触れた。
普段から魔法をかけ続けている土からは、微かだが確かな魔力を感じる。思えば異世界の薬草を作り出したのもこの土からだった。
「……これなら、いけるかもしれない」
俺は土を少しだけすくってリビングに戻った。
手のひらの上の土に、最大限の魔力を込めて錬金術を発動させる。
(形はプラチナのチェーン。石は、陽葵が似合いそうだったピンクのサファイア風に……!)
イメージ通りに質感が変化し、冷たい金属と輝く宝石へと変わっていく。
ついでに、ネックレスを入れるジュエリーボックスも土から作り出し、買ってきた感を演出した。
そして、仕上げに『付与追加』を行う。
陽葵が病気にならないように『解毒効果』。体を清潔に保つ『浄化』。
そして……せっかく贈っても、もし気に入ってもらえなかったらショックで立ち直れない気がしたので、若干卑怯かもしれないが『チャーム(魅力向上・好感)』の効果を乗せた。
(これを見た陽葵が、ネックレスに惹かれて気に入ってくれるはずだ……!)
ちょうどその時、陽葵が眠そうに目を擦りながらリビングに現れた。
「……お父さん、何してんの?」
「あ、陽葵。ちょっとこっち来い。渡したいものがあるんだ」
「何これ?怪しいんだけど」
陽葵は怪訝そうな顔をしながらも、俺が差し出した小さな箱を受け取った。
パカッ、と蓋を開けた瞬間、彼女の動きが止まる。
「えっ……何これ!?ネックレス?」
「プレゼントだ。……いつも家の手伝いとか、頑張ってるからな」
「うそ、いいの!?……すごい、可愛い」
陽葵は驚きながらも、喜んでくれた。
そのまま洗面台へ駆け込んでいき、数分後、ネックレスを首にかけた状態で戻ってくる。
「見て見て、どうかな?……これ、本当に可愛い。ありがとう、お父さん!」
陽葵の笑顔は、付与した『チャーム』効果のせいか、それとも純粋な喜びのせいか、以前よりもずっとキラキラして見えた。
正直、親バカ抜きにしても、ドキッとするほど可愛くなっていて驚いた。
「……あ、ああ。気に入ったなら良かったよ」
ポーカーフェイスのスキルのおかげで、鼻の下が伸びそうになるのをなんとか耐える。
「今日はこれ付けて遊びに行ってくるね!」
陽葵は上機嫌でスキップするように自分の部屋へ戻っていった。
その後ろ姿を見送りながら、俺は深い安堵とともに、ベランダのプランターへと足を向けた。
(魔力の込めればもっと良いものも作れるかもな……)
娘の笑顔のために、俺は再び家庭菜園の土いじりを始めるのだった。




