娘の気持ちと隠形
週末のショッピングモールは、家族連れやカップルでごった返している。
そんな賑やかな空間で、俺は壁のシミにでもなったつもりで気配を絶っていた。
(……よし、距離はこのくらいか)
家を出てから20分。電車を乗り継ぎ、巨大な商業施設にたどり着く頃には、俺は自分の感覚が研ぎ澄まされていくのを感じていた。
ふと意識の中でステータスを確認してみると、『隠密』スキルがレベル5まで跳ね上がっている。
どうやらこの『才能開花』というスキル、実戦での負荷が高ければ高いほど成長が早いらしい。
特に、途中で陽葵が友達と合流してからは、経験値の入り方が劇的に加速した感覚があった。
(なるほど……隠れる対象が増えれば、その分だけ難易度が上がって経験値効率が良くなるのか)
陽葵はナナと呼ばれている友達と二人で、洋服屋や雑貨店をキャッキャと回り、ゲームコーナーでUFOキャッチャーやプリクラを楽しんだ後、おしゃれなカフェで長いお喋りを楽しんでいる。
俺は不審者として通報されないよう、かなり距離を置いていたのだが、そうしているうちに妙な感覚が加わった。
遠くの話し声が、まるで耳元で喋っているようにクリアに聞こえてくる。
さらに、遠くにある値札や商品の細かい模様まで、カメラのズーム機能を使ったかのようにくっきりと見える。
気になって頭の中でステータスを確認してみると、いつの間にか『聞き耳』と『望遠』というスキルが追加されていた。
(休みの日に娘の後をつけて何してるんだという罪悪感はあるが……これはこれで、いいレベル上げになってるな)
俺は自分にそう言い聞かせ、怪しまれない程度に追跡を続けた。
しばらくして、陽葵たちはキラキラした照明が並ぶアクセサリーショップに入っていった。
俺は店外の柱の陰に身を潜め、『聞き耳』と『望遠』をフル稼働させる。
「ねえ見て、これ超可愛くない?」
ナナが、小さな花の形をしたピアスを陽葵の耳元に当てた。
ピアスまでしているのか!?俺は思わず息を呑み、望遠スキルで陽葵の耳たぶを凝視する。……穴が開いていないのを確認して少しホッとする。
「あ、ホントだ。可愛い……」
「ひなたも早く開けちゃいなよ。お揃いにしようよ!」
ナナの耳には、すでにいくつかの光るピアスが並んでいた。
陽葵は少し寂しそうに微笑んで、首を振った。
「うーん、うちはお父さんに絶対ダメって言われてるし。それにナナ、前に先生に見つかってめちゃくちゃ怒られてたじゃん」
ナナは「うちは親がOKだし、高校は校則ゆるいとこ行くから大丈夫だって!」と笑い飛ばしている。
……思い出した。
陽葵が中学に上がったばかりの頃、「友達とお揃いのピアスをしたい」とせがまれたことがあった。
あの時、俺は「耳に穴を開けるなんて、進路にも響くかもしれないし、中学生には早すぎる」と厳しく言ったのだ。
あの頃は陽葵もちょっとした反抗期で、しばらくの間、険悪な雰囲気になったが……。
(……そうか。あのとき言ったことを、ちゃんと守ってくれてたんだな)
黙ってピアス穴を開けるようなことはしなかった娘の誠実さに、俺は少しホッとした。
俺の時代、中学でピアスなんて不良の代名詞だったが、今は違うのだろうか。
「私も高校に入ったら開けたいな」
ポツリと漏らした陽葵の本音に、俺の胸が少しだけチクリとした。
やっぱり、女の子なんだな。アクセサリーにはちゃんと興味があったんだ。
ピアスはまだダメだと思うが、何か別のアクセサリーなら買ってあげてもいいかもしれない。
「じゃあさ、これならバレないんじゃない?」
ナナが次に差し出したのは、細い銀のチェーンに小さな石がついたネックレスだった。
「これなら制服の下に隠れるし。私、これずっと着けてるけど一回もバレてないよ」
ナナはそう言って自分の付けてるネックレスを見せた。
「そうかなぁ……」
陽葵が鏡の前で、そのネックレスを胸元に当てる。
一瞬、彼女の顔がパッと明るくなった。嬉しそうに自分の姿を少し角度を変えながら鏡に映す。
けれど、鏡をしばらく見た後、陽葵はそっとネックレスを棚に戻した。
「……やっぱ、いいや。お父さんに何か言われそうだし」
「えー、ひなたなら絶対似合うのに!ひなたのパパ、マジで厳しいんだねー」
二人は笑いながらショップを離れていった。
厳しいつもりはなかった。だが、今朝もメイクのことに口出ししてしまったばかりだ。
陽葵は俺に気を使っている。俺の顔色を伺って、自分の好きを抑え込んでいる……。
その事実に、俺は柱の陰で少し自己嫌悪に陥った。
そんなことを考えながら、ふとステータスを確認してみる。
驚いたことに、『隠密』のレベルは8まで上がっており、その下には新しいスキル名が刻まれていた。
『隠形』姿そのものを消す、隠密の上位スキルだ。
陽葵のことも気になるが、まずはこの力を試すべきだ。
俺は人目のない場所へ移動し、誰も見ていないことを確認して、心の中で『隠形』を発動させた。
すると、自分の体が周囲の風景と同化したような、奇妙な感覚に包まれた。
近くにあった鏡を見ても、そこには誰も映っていない。
(おお……本当に消えた。鏡にも写らないのか!)
隠形レベルはまだ1。動くと少しだけ風景がブレるのが分かるが、じっとしていればまず見破られないだろう。
これなら、空を飛ぶ際も誰にも見られずに済む。
「……今日はとりあえず、帰るとするか」
俺は隠形を維持したままショッピングモールを出た。
レベル上げを兼ねて、透明なまま家まで歩く。
道中、俺の頭の中は陽葵のことでいっぱいだった。
勉強も大事だが、年頃の女の子だ。オシャレに関心があるのは当然だよな。
これからは、もう少し娘の気持ちに寄り添って、自由にさせてあげよう。
……といっても、どうすればいいか分からないのが悲しいおじさんの性だ。
(まずは今夜、異世界で結衣に相談しよう。あいつなら、女の子の気持ちも分かるはずだ)
夕方、自宅に戻ってしばらくすると、陽葵が帰ってきた。
「おかえり、陽葵」
俺は努めて自然に、優しく出迎えたつもりだった。
しかし、陽葵は俺の顔を見るなり、怪訝そうに目を細めた。
「……何?何かあった?」
「いや、何がだ?何もないぞ」
「よく分からないけど、わざわざ出迎えてくるなんて、態度が変」
(ちょっと不自然だったか?さすが、そのあたりの勘の良さは結衣に似てきたか)
「な、なんだよそれは。変なこと言うな。……よし、夕飯何にしようかな!」
俺は逃げるようにキッチンへ向かった。
内心の動揺を必死に隠し、冷蔵庫を開ける。
ふと気になって、自分の感覚を内側に向けた。
自分の中で何かが変わったような気がして、ステータスを確認してみる。
そこには、新しく『ポーカーフェイス』というスキルが追加されていた。
そんなスキルまであるのかよと心の中でつっこみながら、俺は夕飯の準備を始めるのだった。




