隠密修行
王都の美しい街並みに夜の帳が下りる頃、ガタゴトと場違いな音が石畳に響いていた。
俺が引いている台車の上には、情けない姿の男たちが乗っている。
一人は、ユイの魔法で自慢の鎧をドロドロに溶かされ、服一枚で震えているジューロ。
もう一人は、ようやく意識を取り戻したものの、木の根に固く縛られて芋虫のように転がっている弓使いの男だ。
そういえばこいつの名前を知らないけど、ギルドにつきだしてしまえばもう会うこともないだろうし、知る必要は無いか。
「……ねえ、ダイチさん。さっきから街の人の視線が痛いんだけど」
「気にするな……と言いたいけど、これは目立つな。縛られた男二人が台車で運ばれてるんだから当然か」
すれ違う市民たちが「何事だ?」とヒソヒソ話をしながら俺たちを避けていく。
俺は顔を伏せ気味にして、逃げ込むように冒険者ギルドへと急いだ。
ギルドに到着するなり、俺たちは受付に台車ごと男たちを突き出した。
薬草採取とゴブリン討伐の完了報告、そして――冒険者による襲撃事件の報告だ。
「……事実であれば、これは重大な規約違反です。すぐに確認します!」
顔を真っ青にした受付嬢が奥の部屋に行き、屈強な職員たちが数名現れた。彼らはジューロたちを乱暴に抱え上げ、尋問室があるというギルドの奥へと連行していく。
しばらく待たされた後、初老の男性が俺たちの元へやってきた。
「ダイチ殿、ユイ殿。まずは協力に感謝する。私はここのギルドマスターのレウスだ。実はここ最近、王都近辺で新米冒険者が行方不明になる事件が多発していてな」
ギルドマスターと名乗ったレウスの話によれば、以前から一部の冒険者が関わっているという噂はあったらしい。だが、彼らは証拠を残さないベテランで、ギルド側も新米冒険者達に注意喚起を出すのが精一杯だったという。
「奴らの手口は極めて手慣れている。余罪は相当な数に上るだろう。……彼らには『誓約魔法』を施すことになった」
それは奴隷の誓約に近い強力な魔法で、もし俺たちを攻撃しようとしたり、契約に背こうとすれば全身を激痛が襲い、最悪の場合は心臓が止まることさえあるという。
「しかし、Dランクの冒険者に襲われて無事だったとは……。君たちは本当にFランクなのか?」
「強さには自信あるので!」
ユイが茶目っ気たっぷりに答え、そして、ここぞとばかりに身を乗り出した。
「ところで、悪い冒険者を捕まえたんだし、私たちのランク、一気に上げちゃったりできません?」
「ハハハ。評価の対象にはなるだろうが、まずは地道にクエストをこなしてからだな。君たちならすぐにランクアップするだろう」
結局、ランクアップはお預け。ユイは「ちぇー」と頬を膨らませた。
「まあ、急ぐ必要はないさ。ユイ、お腹も空いたし、何か美味しいものを食べに行こう」
「……そうだね!頑張ったご褒美、豪華にしなきゃ!」
宿屋を借り、その一階にある食堂で俺たちは温かいスープとパン、それに厚切りのステーキを囲んだ。
王都に着き、念願の風魔法を習得し、襲ってきた悪党を返り討ちにする。……あまりに濃い一日を振り返り、俺は小さく息をついた。
「今日だけで、いろんなことがあったな」
「本当にね。ダイチさん、これからどうしようか?」
「そうだな……。風魔法の加護は得られたし、しばらくはここを拠点にして、地道にクエストをこなしていこうと思う」
俺が真面目な顔で答えると、ユイがスープを飲みながら俺の心を見透かしたように微笑んだ。
「隠さなくてもいいよ。現実世界に戻って、早速空飛ぶ通勤を試したいんでしょ?」
「……バレたか」
「でもね、そのまま飛ぶのはお勧めしないわ。見つかったら騒ぎになっちゃうから。まだ風魔法のレベル上げもひつようだし。それにもう一つ、『隠形』スキルを覚えるべきね」
「隠形?ジューロたちが使ってた、気配を消すスキルのことか?」
「あれは隠密。隠れたり、音を消したりして見つかりにくくするスキルよ。隠形はその上位スキルで、魔法のように姿を消すことができるの」
「そんなにすぐ覚えられるもんなのか?」
「普通は隠密を覚えてレベルを上げていくうちに覚えていくものだけど、ダイチさんの『才能開花』なら、その系統の行動を取るうちに自然と覚えるはずよ。空を飛ぶのは、それを覚えてからにしてね?」
「分かった。隠形を覚えるまでは、現実で空を飛ぶのは我慢するよ」
約束を交わし、俺たちは充実感とともにふかふかのベッドで眠りについた。
◇◇◇
「……ん」
目を覚ますと、そこは見慣れた自宅の寝室だった。
今日は土曜日。会社も休みだ。
俺は、ゆっくりと体を起こしながら、異世界でのユイのアドバイスを思い出していた。
(才能開花がこっちでも効くなら……やってみる価値はあるな)
俺はパジャマのまま、寝室のクローゼットの扉を開けた。そして、その中に隠れるように潜り込む。
……四十男がクローゼットに入って何しているんだろう。
虚しさが込み上げるが、これはスキルのためだ。だが、五分経っても十分経っても、頭の中にスキルが浮かんでくる感覚はない。
その時だ。廊下をパタパタと歩く足音が聞こえてきた。
「お父さん?起きてるー?」
陽葵の声だ。ドアがノックされる。
大地は反射的に息を殺した。心臓の鼓動を抑え、クローゼットの壁の一部になったつもりで、完全に気配を絶つ。
……ドアが開き、陽葵が部屋の中を覗き込む気配がした。
「……あれ?トイレかな?」
陽葵は俺がクローゼットにいるとは夢にも思わず、そのままリビングの方へ戻っていった。
その瞬間――脳裏にカチリ、と何かがはまる音がした。すかさずステータスを確認する。
スキル:隠密 Lv0 が表示されていた。
(なるほど……!ただ隠れるだけじゃなくて、「誰かから隠れる」という実戦が必要だったのか)
納得したが、これ以上クローゼットに居座るのも精神的に辛い。俺はクローゼットから出て、リビングへと向かった。
リビングに行くと、陽葵がトーストを頬張っていた。
「おはよう、陽葵。さっき呼んだか?」
「あ、お父さん、おはよう。どこにいたの?今日、友達とショッピングモールに行ってくるから」
「そうか、気をつけてな」
陽葵がトーストを食べ終わって「行ってきます!」と立ち上がった。
その姿を見て、俺は思わず言葉を失った。いつもよりオシャレな服。そして、顔には……。
「……陽葵。ショッピングモールに行くだけなのに、メイクまでしてるのか?」
「え、休みなんだし普通だよ。というか今更?ずっと前からたまにしてるよ。気づかなかったの?」
「あ、いや……」
確かに最近、休日の陽葵の顔をまじまじと見ることも少なかった気がする。
あっけに取られている俺をよそに、陽葵は「じゃあね!」と軽やかに玄関を飛び出していった。
「今の中学生は、みんなあんな感じなのか?」
困惑する俺の脳裏に、ふと名案が浮かんだ。
……いや、これは親としての心配と、スキルの実戦訓練を兼ねた、完璧なプランだ。
「よし。陽葵を追って、隠密スキルのレベルを上げよう」
俺は素早く着替えを済ませ、キャップを深く被って家を出た。
建物の影から、駅へと向かう陽葵の背中を見つめる。
(これは尾行じゃない。修行だ。娘の安全を守りつつ、隠形スキルへの道を切り拓くための、尊い鍛錬なんだ!)
自分にそう言い聞かせながら、俺は気配を殺して、娘の後ろを密かに追い始めた。




