ゴブリンの討伐ともう一つの討伐
王都の喧騒を離れ、俺とユイは王都外れの森へと足を踏み入れていた。
目的はゴブリンの討伐。冒険者としてのランクを上げ、風魔法を習得・強化するための第一歩だ。
「……ふむ」
俺は立ち止まり、気配察知スキルを広域に展開した。
才能開花の恩恵で、この数日でレベルが上がったスキルだ。周囲の生き物の鼓動がノイズのように伝わってくるが、肝心の「邪悪な気配」がまるで見当たらない。
「どう、ダイチさん?ゴブリンはいそうかな?」
「いや、近くにはいないな。時々、小さな魔物の気配はするけど」
俺たちは時折、襲いかかってくる獣系の魔物を軽くあしらいながら、俺は「もう少し奥に行ってみるか」と提案し、ユイもそれに頷いた。
さらに一時間ほど歩いたところで、ようやく目的の獲物を見つけた。
木陰で休んでいるゴブリンが一匹。
「一匹だけか。まだこちらには気づいていないな。後ろから仕留める」
俺は息を殺し、ゆっくりとゴブリンの背後に回り込んでいく。
あと数メートル。剣を振り上げようとした、その瞬間だった。
――ヒュッ!!
全く別の方向から空気を切り裂く鋭い音が響いた。
狙いはゴブリンではない。俺だ。
「――っ!」
俺は「来る」ことを予想して、瞬時にその場から飛び退いた。
直後、俺がさっきまでいた地面に一本の矢が深く突き刺さる。
「ギギッ!?」
驚いたゴブリンが俺に気付いて襲いかかろうとしたが、それより速く火球が降り注いだ。
「ファイヤーボール!」
ユイの放った魔法が直撃し、ゴブリンは一瞬で焼かれて倒れる。
俺はすぐにユイの隣まで下がり、矢が飛んできた方向へ剣を構えた。
「……完璧なタイミングだと思ったんだがな。避けられるとは」
茂みをかき分けて現れたのは、弓を構えた細身の男と、あの「親切な先輩」ジューロだった。
「最初からずっと、俺たちの後ろをついてきてただろ」
俺が冷めた声で告げると、ジューロは意外そうに眉を上げた。
「そっちの弓使いの男は、俺たちを奥に誘導するように、道中のゴブリンを先に片付けて道を作ってたな。おかげで随分と歩かされたよ」
「……へぇ。Fランクの分際で、俺たちの隠密スキルを見破れるのかよ」
ジューロが鼻を鳴らす。だが、横からユイが冷たく言い放った。
「隠密レベル3程度で、気づかれないと思った? 甘く見られたものね」
「なっ、レベルまで……!?」
ジューロの顔が引きつり弓の男と顔を見合わせる。ユイはギルドでジューロに会った際、すでに鑑定スキルを使ってステータスを調べていた。さらに解析を行い、彼が隠蔽スキルでステータスを隠してまで「善良な冒険者」を装っていることも見抜いていた。
「斥候なら隠密を持っていても不思議じゃないのに、わざわざ隠すから怪しまれるのよ。ねえ、ダイチさん?」
「ああ。俺は最初気づかなかったけど、森に入る前にユイが教えてくれたからな。おかげで警戒できたよ」
「はぁ…。バレちまったらしょうがねぇ」
ジューロはもう、良い人の仮面を被り続けるのをやめたようだ。
「目的は何だ?」
「目的?決まってるだろ。俺たちが用があるのは、そっちのいい体したお嬢さんだけさ。お前はここで、不運にもゴブリンに襲われて死亡……よくある話だろ?」
ジューロは下卑た笑みを浮かべ、ユイをなめ回すように見た。
「お前の装備を見ると、結構いい身なりをしてるしな。おまけにアイテムボックス持ち。たっぷり可愛がってやるよ」
ギルドでユイが魔物の素材を出す時にアイテムボックスを使っているのを見ていたようだ。その時から狙っていたのか。
「…これまでもそうやって新米冒険者を襲ってきたわけね」
ユイの声から冷徹な怒りを感じた。俺もこんな男を少しでもいい奴と思ったのが許せない。
「こんな奴が冒険者ランクDなのかよ。……品が下がるな。ユイ、捕まえてギルドに突き出そう」
「そうね。ダイチさんはジューロをお願い。私は弓男を片付けるから」
「FランクがDランクに勝てると思ってるのか!」
ジューロが盾を構えて突進してくる。盾職とアタッカーを兼ねた戦闘スタイルのようだ。剣術レベルは俺と同じだが、全身を鉄の鎧で固めている。普通に戦えば、今の俺の攻撃は弾かれ、苦戦するだろう。
ガギィィィン!!
激しい金属音が響く。俺の剣がジューロの盾に阻まれる。
「あばよ、クソガキ!」
ジューロが盾の影から刺突を繰り出す。だが、俺はそれを待っていた。
「ウインドカッター!」
「なっ、風魔法だと!?」
至近距離。ジューロの目の前に放たれた、風の刃。
習得したてのレベル0ゆえに、殺傷能力はない。だが、不意を突かれたジューロは反射的に顔を背け、防御の体勢が崩れた。
「隙ありだ」
俺は間髪入れず、土魔法を発動させる。
「アースバインド!」
地面から太い木の根が蛇のように飛び出し、ジューロの手足を複雑に絡め取った。
「コイツ!……切れねえ!?おい、何をしてる、援護しろ!」
拘束され、地面に転がったジューロが仲間に叫ぶ。
だが仲間の返事は無かった。
弓の男は、ユイによって木に逆さ吊りにされ、白目を剥いて気を失っている。
「何だと!?お前ら、レベル2程度の新人じゃなかったのかよ!」
「あなたたちと同じ。念のため、私たちのステータスも隠蔽していたのよ」
ユイが涼しい顔で俺の隣に並んだ。
俺はこの森に入ってから、風魔法をすぐに練習したかったが、ユイに「今は手の内を隠して」と言われ、ずっと我慢していたのだ。
「レベル0の魔法でも、いきなり目の前で使われたら避けるよな。その隙があれば十分だ」
「……お、お前ら、いったい何者なんだ。本当にFランクか?」
怯えるジューロ。ユイはその姿を見て、顎に手を当てた。
「このままだと、鎧が重くて王都まで運ぶのが大変そうね……」
ユイが水魔法でジューロの上空にウォーターボールを生成する。
一見普通のウォーターボールだが、その色は不気味な紫色に濁っている。
「ちょっとだけ、お掃除しましょうか」
バシャッ!と、その液体がジューロの全身に浴びせられた。熱したフライパンに水をかけたようにジュワーと一気に煙が上がった。
「ぎゃああああっ!?溶ける!?身体が溶けるぅぅ!」
ジューロが悲鳴を上げるが、実際に溶けたのは彼の身体ではなく、身につけていた鉄の鎧だった。
シュウシュウと嫌な音を立てて、頑丈だったはずの鎧が瞬く間に錆び、ボロボロと崩れ落ちていく。気づけば、ジューロは服一枚だけの無防備な姿になっていた。
「よし、これで少しは軽くなったね」
ユイは満足そうに微笑むと、アイテムボックスから一台の「台車」を取り出した。
「た、頼む、見逃してくれ!もう二度とこんなことはしない!」
懇願するジューロ。
それに対し、ユイはこれ以上ないほど意地悪そうな顔で言った。
「へぇ……。もし私たちが最初に見逃してって言ったら、あなたは笑って見逃してくれたのかしら?」
「…………」
ジューロは何も言い返せずに無言になる。
「……そうよね。見逃すはずないわ。こんな事したらどうなるのか思い知る事ね」
ユイの背後に、黒いオーラが見えた気がした。
俺は現実世界で十年近く、彼女と連れ添ってきた。喧嘩もしたし、苦労もかけた。けれど、これほどまでに怒らせたらヤバい姿を見たのは初めてかもしれない。
(……ユイを怒らせるのだけは、絶対にやめよう)
俺は心の中で深く誓った。
ジューロと弓の男を台車に積み込み、俺たちは王都への帰路につく。
夕闇が迫る森の中、ガタゴトと台車の音だけが響いていた。
「さて、ダイチさん。ギルドに報告して、美味しいごはんを食べに行こう?」
「あ、ああ。そうだな。……ユイ、その、お疲れ様」
「ふふ、どういたしまして!」
いつもの優しい笑顔に戻ったユイを見て、俺は少しホッとして台車を引いた。




