風魔法を求めて
ふわりとした浮遊感とともに、意識が覚醒する。
目を開けると、異世界の宿屋の木目調の天井だった。
(……まだ、こっちの世界か)
ユイが言っていた事を思い出す。「まだこっちにいたい」という強い願いがあると、現実世界では目が覚めない。
俺の頭の中は、今や「風魔法を習得して満員電車からおさらばする」という切実な情熱で支配されている。その執念が、俺をこの世界に留まらせたのだろう。
「おはよう、ダイチさん。よく眠れた?」
隣のベッドで、ユイがのんびりと伸びをしながら声をかけてきた。
「ああ、おはよう。……よし、朝飯を食べたらさっそく王都へ行こう。一刻も早く風魔法を拝みたい」
「ふふ、本当に極端なんだから。でも、ここから王都までは馬車で四日はかかるよ?食料や野営の準備も必要だし、気合を入れていこうね」
「四日か……結構あるな」
「行ったことがある場所なら転移魔法で一瞬なんだけどね。まあ、2人も一気に転移するのは魔力消費が激しいからあまり頻繁にはできないけど」
ユイは女神の力も転移した今の身体だと万能じゃないのよねと言って苦笑いした。
まあ、道中でレベル上げもできるし、旅こそ冒険者の醍醐味だ。俺は「今は地道に行こう」と頷き、準備を整えることにした。
俺たちは冒険者ギルドで、王都まで馬車を借りることにした。王都のギルドに返却すればいいというシステムは、現実世界のレンタカーに似ていて合理的だ。
「よし、出発だ!」
最初はユイが手綱を握り、馬車は街の門を抜けた。
ルチアの時は、記憶の中にあった技術で自然に馬車を動かせたが、今のこの「ダイチ」としての体ではどうだろうか。
「ユイ、街を出て道も平坦になったし、俺に代わってくれ」
「いいよ。はい、手綱」
交代して手綱を握ってみるが、最初は馬との呼吸が合わず、動きがぎこちない。馬が不安そうに首を振るのが伝わってくる。
「大丈夫だよ、ダイチさん。少し集中してみて。きっとすぐ上手くなるから」
ユイの言葉に頷き、俺は手綱を通して伝わる振動と、馬の筋肉の動きに意識を研ぎ澄ませた。
すると、頭の中にスッと「正解」が浮かび上がる。……あ、今だ。ここで少し引いて、リズムを取る。
(おっ、わかる。わかるぞ!)
ものの数十分で、俺はある程度馬車を操れるようになっていた。
『才能開花』――やればやるほど、あらゆる技術が俺のものになっていく。この万能感、現実世界での書類仕事の時と同じだ。やっぱりこのスキル、チートすぎる。
それからの四日間は、順調に進んだ。
昼間は街道を進み、道中に現れる魔物を剣と土魔法でなぎ倒して経験値を稼ぐ。
夜、宿場町や野営で眠りについた時だけ、現実世界に戻って陽葵の様子を見る。
陽葵はインフルエンザの出席停止期間をいいことに、リビングでゲームをしたり掃除を手伝ってくれたりと、元気に過ごしていた。
そして四日目の朝。
地平線の向こうに、これまで見たこともないような巨大な城壁が姿を現した。王都だ。
「……でかいな。最初の街とは比べものにならない」
「でしょ?ここなら全属性の教会があるし、お店もたくさんあるよ!」
この四日間で、俺のレベルは5に達していた。ユイ曰く「中級冒険者の入り口」らしい。
ステータスを確認すると、剣術や土魔法の他にも、移動中に覚えた『気配察知』や『馬車操縦』など、いくつものスキルが並んでいた。
ギルドに馬車を返却し、俺たちはまず目的地である風の教会へと向かった。
王都の街並みは美しく、白を基調とした建物が並んでいる。その中でも一際高く、風車の紋章が描かれた扉を持つ建物がそれだった。
中に入ると、そこは厳かな祈りの場……というよりは、お土産物屋や案内所が並ぶ観光施設のような活気があった。
「教会もお布施だけじゃやっていけないからね。世知辛いけど、これも運営努力だよ」
ユイが小声で教えてくれる。
俺たちはシスターに相応のお布施を支払い、奥にある「祈りの間」へと案内された。
そこには風の女神の彫像が鎮座し、数人の参拝客が真剣に祈りを捧げている。
「おっ、光ったぞ!」
一人の若い男の体が青白い光に包まれ、周囲から「おおっ」と歓声が上がる。
「やった……。やっと、加護を得られた!」
男が泣きながらシスターの手を取って喜んでいる。どうやら加護を得るのは、才能があっても一苦労のようだ。
「ダイチさん、コツは神様に語りかけるように願うことだよ。やってみて」
俺は彫像の前に立ち、目を閉じて祈った。
(風の神様。俺は、空を飛びたい。満員電車のない自由な空を駆け巡りたいんです。どうか、その力を貸してください……!)
ほとんど下心に近い祈り。
だがその瞬間、俺の体の中に冷たくて心地よい「風」が吹き抜けた。
カッ、と全身が眩い光を放つ。
「おっ、これで成功なのか?初めてなんで分からないが」
ダイチがシスターに確認した。
「一日で二人も加護を得るなんて……、珍しいこともあるものですね」
シスターが目を丸くしている。
さっきの男が「え、あんた一回で成功したのかよ……?」と羨ましそうに見てきた。
「才能がある人はいいよなぁ。俺なんて半年通ったんだぜ……」
男はがっくりと肩を落として去っていった。なんだか悪いことをした気分だが、これが『才能開花』なのだから仕方ない。
ステータスを確認すると、新たに風魔法 Lv0の項目が追加されていた。まだ習得したてだが、使えばすぐにレベルは上がるはずだ。
「ダイチさん、おめでとう!これで一歩前進だね」
「ああ、ありがとうユイ。……よし、次はギルドだ。クエストをこなして魔法を使いまくって、早くレベルを上げないとな!」
意気揚々と冒険者ギルドへ戻り、俺たちは依頼掲示板の前に立った。
王都のギルドは、クエストの数も冒険者の数も桁違いだ。
「薬草採取……。これなら俺の魔法で作れるし、効率よくランクを上げられるな。その依頼は受けるとして、もう一つくらい何か……」
ユイと相談していると、背後から太い声がかけられた。
「お二人さん、見ない顔だな。王都は初めてか?」
振り返ると、そこには全身を重厚な鎧で固めた、体格のいい男が立っていた。
年齢は三十代半ばくらいだろうか。無精髭を蓄えていて、いかつい顔をしているが、親しげに話しかけてくる。王都を拠点にする常連冒険者だろうな。
「ああ、駆け出しでね。今日、王都に着いたばかりだ」
「やっぱりか。俺はジューロ。ランクはDだ。見たところ、あんたは剣士、嬢ちゃんは魔法使いか?」
俺は簡単に自己紹介をし、自分たちはまだFランクだと伝えた。
「Fランクか。だが、あんたの佇まい、ただの新米には見えねえな。……どうだ、それならこのクエストに挑戦してみねえか?」
ジューロが指し示したのは、Eランクの依頼書『ゴブリン討伐』だった。
冒険者ギルドのルールでは、自分のランクの一つ上までの依頼なら受けることができる。
「ゴブリン……。強さは大したことないけど、集団でいると厄介な相手よね」
ユイが冷静に分析する。
ジューロはガハハと笑って俺の肩を叩いた。
「安心しろ。この辺りのゴブリンはよく狩られているから基本単体か、いても二、三匹だ。王都の駆け出しが最初に通る登竜門みたいなもんさ。早くランクを上げたいなら、薬草摘みよりこっちの方が近道だぜ」
「……そうか。なら、受けてみる価値はありそうだな」
「わからないことがあったらいつでも聞いてくれ。じゃあな、頑張れよ!」
ジューロは爽やかに手を振って去っていった。
「いい人そうだな。王都の冒険者は面倒見がいいのか?」
「……うーん。ああいう親切すぎる先輩って、裏がありそうで私はちょっと苦手なんだけどね。まあ、警戒はしておこうか」
ユイは少しだけ疑り深い顔をしたが、俺は「考えすぎだろ」と笑い飛ばす。
薬草採取とゴブリン討伐。二つの依頼を受注し、俺たちはさっそく街の外にある森へと向かうことにした。




