嫁がチートだった件
眩しい陽光に目を細めながら、俺とユイは大きな石造りの門をくぐった。
視界に飛び込んできたのは、中世ヨーロッパを思わせる活気あふれる街並みだ。石畳の道を馬車が走り、露店からは美味しそうな焼き鳥に似た香ばしい匂いが漂ってくる。
「ついに着いたね、街に!」
ユイが隣で嬉しそうに声を弾ませる。
俺たちは街に入る前に、事前に打ち合わせておいた設定を確認し合った。
俺の名前はダイチ。結衣はユイ。
「身寄りがなく、冒険者になるために孤児院を出てきた幼馴染」という、ボロが出にくい王道の設定だ。
「まずは冒険者としての職業を決めないとなんだよな。……ちなみにユイ、お前は何にするんだ?」
「私は魔法使いだよ。魔法全般、一通りは使えるからね。ダイチさんはどうする?」
俺は自分の手を見つめる。
「俺は土魔法が使えるけど、ユイが後衛の魔法使いなら、パーティーとして前衛がいないとバランスが悪いよな……」
「そうだね。じゃあ、まずは武器を買いに行こうか!」
俺たちは大通りから一本入ったところにある、無骨な看板が掲げられた武器屋の暖簾をくぐった。
店内には剣や槍、斧が所狭しと並び、奥からは金属を叩く「カン、カン」という小気味いい音が響いている。
「いらっしゃい。坊主、武器を探してんのか?」
奥から出てきた体格の良い店主に声をかけられ、俺は少し緊張しながら頷いた。
一通り武器を眺めていると、ユイが俺の耳元でこっそりと囁いた。
「そういえばダイチさん、さっき言ってた『プレゼント』のことなんだけど」
「ああ、街に着くまで秘密って言ってたやつか。そろそろ教えてくれよ」
ユイは得意げに胸を張った。
「ダイチさんに授けたのは、才能開花っていうスキルよ」
「才能開花?」
「この世界では、武器でも魔法でも『才能』によって得意なものはレベルが上がりやすくて、新しいスキルも覚えられるの。でも、才能がないと一生懸命練習しても初級止まりになっちゃう。……でもね、ダイチさんの今の体は、何をしても才能が開花して、レベルもスキルも爆速で上がるようになっているわ」
「……それって、何でも極められるってことか?」
「そう。限界はないから好きなだけ鍛えられるよ。ただ、何でもやろうとすると器用貧乏になっちゃうから、最初はいくつかに絞ったほうがいいかもね」
なるほど。最強の成長補正をもらったというわけか。
せっかく若い男の体に転生したんだ。おじさんの憧れ、剣を振るうヒーローにだってなれる。
「……よし、決めた。俺は剣士になる」
俺は棚の中から、少し小振りのショートソードを手に取った。
どれだけ才能があっても、使わなければ開花しないし、レベルも0からのスタートだ。まずは扱いやすい獲物から始めるのが無難だろう。
さらに革製の胸当て、丈夫なブーツなどの防具をまとめて揃えた。
「……あ」
そこで、俺は重大なことに気づいた。
「そういえばユイ、お金はどうするんだ?俺、一銭も持ってないぞ」
「大丈夫、任せて」
ユイが何もない空間にスッと手を差し込んだ。すると、そこから小さな革袋が現れ、ジャラリと小銭の音が響く。彼女は手際よく店主に代金を支払った。
「な、なんだ今のは!?」
「アイテムボックスだよ。お金のことは心配しなくて大丈夫。はい、ダイチさんの装備一式ね」
ユイは購入した装備を俺に手渡した。
「……俺もアイテムボックスを使えるようになるのか?」
「うーん、これは魔法とは違って特定の条件があるんだけど……今は無理かな。当面は私が持ち物係をしてあげるね」
俺は渡された装備を身につけながら、少しだけ複雑な気分になった。
嫁に全部金を出させて、面倒を見てもらうなんて……これじゃまるでヒモじゃないか。
(早く冒険者として稼いで、ユイに美味いもんでも奢らないとな……)
武器屋を出ると、ユイが自分の分を何も買っていないことに気づいた。
「ユイ、お前の杖とかはいいのか?武器屋に魔法の杖も売ってたぞ」
「私は最初からマイ杖を持ってるから大丈夫!」
彼女が再びアイテムボックスから取り出したのは、透き通った宝石が埋め込まれた、見るからに強力そうな杖だった。
「えいっ。どう?魔法使いっぽいでしょ!」
ポーズを決めるユイ。
女神で、金もあり、装備も充実して、アイテムボックス持ち。……チートなのは俺じゃなくて、この嫁の方じゃないだろうか。
まあ、俺にも恩恵はあるし、何より彼女が楽しそうならそれでいいか。
「じゃあ、次は冒険者ギルドね!」
ユイに案内され、街の中央広場に面した大きな建物へと向かった。
扉を開けると、そこは広々としたロビーになっていて、いくつかの受付窓口があった。依頼の張り紙を吟味する戦士や、談笑する冒険者たちの熱気が伝わってくる。
「すみません、冒険者登録をしたいんですけど」
ユイが受付の女性に声をかけると、にこやかな笑顔で用紙を渡された。
「はい。では、こちらの用紙に記入をお願いします」
名前、年齢、職業、スキルなどを書く欄がある。ユイは「魔法使い」とスラスラ書き、俺も「剣士」と記入した。
「次は本人確認のため、こちらの機械に指を置いて魔力を込めてください」
出てきたのは、現実世界の指紋認証センサーに似た小さな魔道具だ。
ユイが先に指を置き、淡い光が灯る。しばらくしてカードが発行された。
俺も同じように魔力を込めると、じわっと熱い感覚と共にカードが手渡された。
「そのカードには皆さんの魔力が登録されています。ご本人以外は使用できませんが、どこのギルドでも本人確認ができ、クエストの受注記録や報酬の受け取り、お金の預け入れも可能です」
(なるほど。マイナンバーカードの魔力認証版、って感じか。意外と便利だな)
「無事に登録できたな。でも、こんなにあっさりしてるもんなんだな」
「登録だけならね」とユイが答える。
受付の説明によれば、ランクはSからFまであり、新人の俺たちは当然Fランク。
「薬草採取、動物の素材集め、街の中の雑用。今のランクで受けられるのはこんなものね」
「まずはこの世界のルールに慣れるためにも、地道にやるしかないか。……よし、ユイ。何から受けようか?」
掲示板に向かおうとした俺の肩を、ユイがそっと叩いた。
「ダイチさん、今からクエストを受けてもすぐ日が暮れちゃうよ。今日はもう遅いから、明日にしましょう?」
「あ……そうか。つい張り切りすぎたな」
ユイと一緒にいるのが楽しくて、時間を忘れていた。
目を覚ませば現実世界で、元気になった陽葵が起きてくるはずだ。
少し名残惜しいが、今日の異世界生活は一旦終了しよう。またすぐに夜はやってくる。
「……そうだな。明日から全力で頑張るよ」
「うん、期待してるね。ダイチさん」
俺たちは街の宿屋の一室を借りた。
ふかふかのベッドに横たわると、石造りの街の心地よい静寂が包み込んでくれる。
これからの冒険生活、そしてユイとの新しい日々にワクワクしながら、俺はゆっくりと目を閉じた。




