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シナリオの結末

華やかなシャンデリアの光が、大理石の床を眩しく照らし出している。


公爵家の別邸――今夜のパーティー会場では、着飾った貴族たちが談笑し、優雅な音楽が流れていた。


だが、その入り口で一人、焦燥感しょうそうかんに駆られている女性がいた。


侍女長のカレンだ。


「……遅すぎるわ」


カレンが別邸に到着してから、すでに一時間が経過している。


屋敷からここまでは馬車で三十分。着替えの時間を考慮しても、とっくにルチアが到着していなければならない時間だ。このままパーティーの開始を遅らせるわけにはいかない。


カレンは意を決して、フィリアの元へ歩み寄った。


その傍らには、エスコート役のアルベルト王子がぴたりと寄り添い、賓客ひんきゃくたちへ愛想を振りまいていた。


「……殿下、フィリア様。ルチア様がまだ到着されておりません。着替えの際に何かあったのかもしれないので、一度屋敷に戻って様子を見てまいります」


フィリアが不安そうな表情を浮かべる。


「お姉様が……?私も一緒に行きますわ!」

「いけません、フィリア様。あなたも本日の主役の一人なのです。ゲストを放っておくわけにはいきませんわ」


カレンが強く止めると、隣で王子もフィリアの肩に手を置いて止めた。


「主役が二人ともいなくなってはパーティーが始められまい。フィリア、君はここで待っているんだ」


「わかりました。カレンさん、お姉様を……、お願いします。私、待ってますから」


フィリアの切実な瞳を背に受けながら、カレンは足早に会場を出た。


会場の外に出た瞬間、カレンの瞳に鋭い光が宿る。


周囲に人がいないことを確認すると、彼女はドレスの裾を翻し、風をまとった。


「――っ!」

凄まじい上昇気流とともに、カレンの体が夜空へと舞い上がる。


かつてルチア(大地)がやった方法だ。あの時は厳しく注意した本人だったが、今は緊急事態だ。


カレンは魔力を全開にし、弾丸のような速さで本邸へと飛んだ。


馬車の半分ほどの時間で屋敷に降り立つと、カレンはそのまま中へ駆け込んだ。


「ルチア様は!?戻ってきておられるの!?」


残っていた使用人が不思議そうに首を傾げる。


「えっ?ルチア様なら、フィリア様やメイド長と一緒に別邸へ向かわれたはずでは……」


「ドレスが破れたから着替えに戻ったはずよ!」


「えっ……いえ、戻られた様子はありませんが……。念のため、他の者にも聞いてまいります!」


使用人が走り去るのを待たず、カレンはルチアの部屋へと飛び込んだ。


ドアを開けると、中は真っ暗だった。


破れたはずのドレスも見当たらず、予備として置いていたドレスはどれもクローゼットに納まったままだ。


「……どうして。今日は大事な日よ。あの大地さんが、準備を怠るはずがないのに」


カレン――いや、彼女の中にいる「結衣ゆい」は、激しく思考を巡らせた。


まさか、裏で進めていた『追放計画』に気づかれたのだろうか。


(……でも、あれは違うの。大地さんを断罪するためなんかじゃない。あなたをこの地獄から解放するための計画だったのに……!)


大地の亡き妻、結衣。彼女はこの乙女ゲームの世界を熟知していた。


大地をこの世界に転生させた時、本当は彼を「聖女フィリア」にするつもりだった。


しかし、手違いで彼は詰みかけの悪役令嬢「ルチア」になってしまった。すでにシナリオは進みすぎており、ルチアの断罪は避けられない。


なら、せめて命だけは助けたい。


処刑や幽閉を避け、社会的に死ぬ「国外追放」こそが、大地にとっての自由へのパスポートになると結衣は考えたのだ。


このゲームでルチアが主人公になるシナリオ。


それは、彼女が国外追放された直後から始まるからだ。


(処刑や幽閉にならないように、私がずっと手回ししていたのに……パーティーを欠席なんてしたら、どう転ぶかわからないじゃない……!)


「メイド長!庭師が、ルチア様が裏門から馬車に乗るのを見たと言っています!」


戻ってきた使用人の言葉に、カレンは確信した。


馬車に乗っていったということは、計画的だ。あのドレスの事故も、自分で魔法を使って仕組んだものだろう。


カレンはすぐに街の出口へと向かった。検問の人間に確認すると、確かに公爵家の紋章を見せた馬車が一台、外へ出ていったという。


(やはり、街を出たのね……!)


カレンは自らが公爵家のメイドであることを告げて門を抜け、再び空へと上がった。


追放の計画を、最初から大地に教えるべきだったのかもしれない。だが、それを教えるには自分が「結衣」であることを明かさなければならない。


(あとでバラして、びっくりさせようと思ったのに……。面白半分で隠していたのが、こんな最悪の形で裏目に出るなんて!)


夜のとばりが下り、視界は最悪だ。


馬車で進んでいるなら隣街を目指すはずだが、追っ手を警戒するならどこかに身を隠すはず。


そう考えた瞬間――。


――ドォォォォンッ!!


遠くの森の方で、小さな爆発音がし、煙が上がるのが見えた。


「……あそこね!」


魔力が心許こころもとないが、カレンは歯を食いしばって飛べる限界まで進み、森の入り口へと降り立ち、爆発音がした場所へ全速力で走った。


茂みを掻き分け、少し開けた場所へたどり着いた彼女が目にしたのは、目を背けたくなるような光景だった。


バラバラになった馬車。


引き裂かれた馬の死体。


顔面を焼き尽くされて息絶えているリッパーベア。


そして、大きな木にもたれかかり、深紅のドレスを赤黒い血で染めて座り込んでいるルチア。


その目の前には、片腕を失い、右目を負傷しながらも、執念深くルチアに襲いかかろうとしている「もう一体」のリッパーベアがいた。


「危ないっ!!」


カレンは残りの魔力を振り絞り、風の刃を放った。


「ウィンド・カッター!」


魔力が足りず、リッパーベアの腕を切り落とすことはできなかったが、その注意を引きつけることには成功した。


「……大地さん、もう少しだけ待ってて」


カレンはもう、メイドとしての仮面を脱ぎ捨てた。


「大地さん」と、この世界ではあり得ない呼び名で彼に呼びかける。


リッパーベアが咆哮ほうこうし、カレンに飛びかかった。


武器はない。残りの魔力もわずかだ。


だが、リッパーベアもすでにボロボロだった。ルチアが死に物狂いでここまで追い詰めていたのだ。


カレンは鋭い爪を紙一重でかわすと、魔物の懐へと飛び込んだ。


「――消えなさい!」


風の圧力で、リッパーベアの巨体を一気に真上へと打ち上げた。


空高く舞い上がった魔獣は、重力に従って地面へと真っ逆さまに落下する。


――ぐしゃり。


嫌な音を立てて、リッパーベアは絶命した。


カレンは膝をつき、ルチアの元へ這い寄った。


「大地さん!大地さん!!」


返事はない。

カレンが恐る恐るその体に触れると、ルチアの体は力なくぐらりと横に倒れた。


「目を覚まして!……お願い、目を開けて!」


何度も何度も声をかけ、その体を揺さぶるが、ルチアは動かない。


心臓の鼓動はすでに消え、温かかったはずの体は、夜の森の冷気に飲まれようとしていた。


「……ああ、あああああ……っ!!」


カレンの目から、大粒の涙が溢れ出した。彼女は膝から崩れ落ち、血まみれのルチアの亡骸なきがらを抱いて泣き叫んだ。


「大地さん、ごめんなさい……!私のせいだ……。私があなたをこんな目に遭わせて……、つらい思いをさせて、ごめんなさい……っ!」


悲痛な後悔の叫びが、静まり返った森に響き渡る。


現実世界ですでに亡くなっている結衣が、大地とまた会いたいと願って彼を転生させたこの世界。しかし、もう彼はいなかった。


転生の女神である結衣の力をもってしても、一度この世界で死として確定してしまった魂を、その場で蘇生させることはできなかった。


死は絶対だ。別の器に魂を移すにも、厳しい条件が必要になる。


カレンは冷たくなったルチアの頬に自分の額を寄せた。


「今度は絶対に、失敗しない。……絶対にあなたを守り抜いてみせるから。待ってて、大地さん」


カレンは傷だらけのルチアを愛おしそうに抱きしめ続けた。


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