お茶会の誘い
王都での激動の数日間を終え、今は学園にいる。
今日の授業が終わったのでさっそく行動に移す事にしよう。
「おはようございます、ルチア様!今日もお召し物がバラのように素敵ですわ!」
「お肌のお手入れ方法を変えられたのですか?輝くようです!」
……相変わらず、取り巻きの令嬢たちが群がってくる。
中身が中年のサラリーマンである俺からすれば、この「イエスマン」ばかりの状況は正直、居心地が悪い。
会社でいうなら、上司の顔色だけ伺っている太鼓持ちの部下たちに囲まれているようなものだ。
(……この子たちもお茶会に誘うべきか?)
一瞬考えたが、すぐに打ち消した。
NOと言えない取り巻きばかりを集めても、俺を褒めちぎるだけの会になってしまう。今回の目的は「外堀を埋める」ことだ。
俺を客観的に評価し、かつ学園内や社交界に強い発信力を持っている人間を呼ばなきゃ意味がない。
「悪いけれど、今日は生徒会長に用があるの。一人にしてくれないかしら」
俺がそう告げると、取り巻きたちは顔を見合わせた。
「生徒会長に?……まさかルチア様、次の会長の座を狙いに行くのですか!?」
「さすがルチア様、行動が早いですわ!」
……勝手に勘違いして納得してくれた。
下手に理由を話してもまた別の勘違いをしそうなので、俺は何も言わず、颯爽とその場を立ち去った。目指すは生徒会室だ。
コンコン、とドアをノックする。
「失礼するわ」
中に入ると、そこには書類の山と格闘している生徒会長イザベラ・ノイシュタットがいた。
眼鏡の奥の鋭い瞳が、俺を捉える。幸い、今は彼女一人しかいないようだ。都合がいい。
「あら、珍しいお客様ね。ルチア様、何の御用かしら?」
イザベラはかつてのルチアを何度も厳しく注意していた、学園で数少ない「まともな」人物だ。転生前のルチアも一度彼女をお茶会に招いたことがあるらしいが、その時はただの自慢話で終わったらしい。俺は少し声を落として話す。
「イザベラ様。あまり大きな声では言えないお話があって伺ったの。少しお時間はよろしいかしら?」
「……穏やかじゃないわね。どうぞ」
イザベラは俺を招き入れると、向かいの椅子に座らせた。警戒はしているが、態度は公平だ。さすが生徒会長だ。
「……それで、お話とは?」
「10日後の休日に、我が家でお茶会を開くわ。イザベラ様、あなたを招待したいの」
イザベラはキョトンとした顔をした。
「……それだけ?招待状を出せば済む話なのに、わざわざ訪ねてきたの?」
「今回は時間がなくて急だし、何よりあなたには私から直接、敬意を持って伝えたかったのよ」
俺が微笑みながら言うと、イザベラは呆れたように息をついた。
「……その愛想の良さが普段から全生徒に向けられていれば、あんなに怖がられることもなかったでしょうに。大きな声で言えないお話っていうのは、そのお茶会の内容のこと?」
「ええ。それは当日までのお楽しみ、ということで」
「……10日後。本当に急ね。でも、公爵家のお誘いを断る勇気はないわ。参加させてもらうわね」
まずは一人目、確保だ。本当はもっと早くしたいが、カレンの準備や相手の都合を考えれば、10日後が調整できるギリギリのラインだろう。
次に向かったのは、大商家の娘、クロエ・ベルランジェ。
小柄で栗色のふわふわした髪を、高い位置でサイドポニーテールにしている少女だ。
中庭で彼女を見つけると、俺は迷わず声をかけた。
「クロエ様」
名前を呼ばれて振り向いたクロエは、一瞬ギョッとした顔をしたが、すぐに商売人の顔(営業スマイル)を作った。
「これはルチア様。ご機嫌麗しゅう」
「少しお話をしたいのだけれど、お時間はよろしいかしら?」
俺がそう聞くとクロエは少し考える素振りをした。
「……あいにくですが、今日は父の手伝いがありまして、これにて失礼を……」
やっぱり避けられるな。だがこちらには対クロエ用の作戦がある。
「待って。あなたの家の『商売』になりそうな話があるんだけど、興味ないかしら?」
「商売」という言葉に、クロエの目が一気に鋭くなった。
「……詳しく伺っても?」
食いついた。俺は彼女を誘い、見晴らしの良いテラス席へと移動した。
「立ち話もなんだし、こちらで話しましょう」
席に着くと、俺は持っていた小さな袋を彼女に手渡した。中には、白やピンクの、ふわふわとした不思議な「綿」のようなものが入っている。
「……綿、ですか? 特別な素材には見えませんが」
「食べてみて」
「……はい?」
クロエの顔が引き攣った。
「貴族じゃない一般庶民はその辺の綿でも食ってろ!…という事ですか?」
「違うわよ。食べ物だから大丈夫。ほら」
俺は自分で一つ、ピンク色の綿を口に入れた。一瞬でシュワッと溶けて、甘い香りが広がる。それを見て、クロエも恐る恐る口に運んだ。
「……っ!甘い!なんですかこれ、口の中で一瞬で消えましたわ!」
俺が差し出したのは、『わたあめ』だ。
アルミ缶なんてないから、鉄の容器に小さな穴を開け、火にかけ、中にザラメの代わりに砂糖を固めた飴玉を入れて、魔法で高速回転させる簡易装置を作ったのだ。中学の理科の実験を思い出しながら試作したが、大成功だった。
「これは『わたあめ』というの。まだこの国のどこにもないわ。サイズももっと大きく顔以上の大きさも作れるの。王都で人気のクレープに並ぶヒット商品になると思わない?」
「……確かに、見た目も華やかで子供や女性に受けそうですね。ただ、最初は食べ物だと認識させるのが難しそうですが……」
「そこはベルランジェ商会の腕の見せ所でしょう? このわたあめの製造方法と商売の独占権利、あなたに差し上げるわ」
「……私に何をさせる気ですか」
まだ警戒しているな。無茶な要求をさせられると思っているんだろうな。
「対価は、私のお茶会に参加すること。それだけよ」
クロエは疑り深い顔をしていたが、最終的には「参加するだけで商機が手に入るなら」と承諾した。
さすが商売人の娘、利益には聡い。残ったわたあめを大事そうに抱える彼女を見て、俺は勝利を確信した。
放課後、馬車の中でフィリアと合流した。
「お姉様!リリィさんも『ぜひ行きたい』って言ってくれました!」
子爵家の令嬢リリィ・エインズワース。フィリアの親友である彼女が来てくれれば、俺たちの仲睦まじい様子を証明する「平和の象徴」になる。
「それとね、お姉様。アルベルト殿下にもお話ししてきました。お茶会、来てくださるそうです!」
フィリアは声を潜めて、少しだけ誇らしげに続けた。
「殿下には『ルチアお姉様の悪事を告発するために協力します。そのための打ち合わせをしましょう』って伝えてあります。だから殿下は、お姉様を油断させるために喜んで参加するはずですわ」
……フィリア、お前、なんて頼もしい「二重スパイ」なんだ。
王子の企みを逆手に取り、あえて懐に飛び込む。これが吉と出るか凶と出るかはわからないが、少なくとも「何も知らずに断罪される」最悪の事態は避けられそうだ。
ターゲットは揃った。
生徒会長、商家の娘、妹の親友。
そして、アルベルト王子。
「さあ、本格的な『接待』、いよいよ本番ね」
俺は窓の外を流れる景色を見ながら、不敵に微笑んだ。




