1-7 じぃさん、壊れた籠を拾う
修理してもらった採取鍬は、驚くほど使いやすかった。柄が僕の手に合う長さになり、握る部分も細く削られている。
今までは固い土を掘るたびに手首へ力を込めていたけれど、今では少し押すだけで刃先が土へ入った。
そのおかげで、昨日はいつもより12本多く植物を採ることができた。問題があるとすれば、籠の方だった。
「もう入らないな」
源蔵さんが、僕の籠をのぞき込んだ。
籠の中には、銀筋草や魔力草がぎっしり詰まっている。
「少しくらいなら、まだ入ります」
「押し込むな。下の草が潰れるぞ」
源蔵さんも随分となれてきたもんだな‥‥‥
「でも、持って帰らないとお金になりません」
「潰れても金にならんだろう?」
それは、そうだ。
仕方なく、僕は採ったばかりの銀筋草を源蔵さんの籠へ入れた。
源蔵さんの籠にも、すでに半分以上の植物が入っている。
「源蔵さんの籠も、もうすぐいっぱいになりますね」
「今日は、ずいぶん採れたからな」
「前より見つけるのが速くなりました」
「当然だ。わしは覚えがいいからな」
「昨日、灰眠草を銀筋草と間違えていましたから、まだまだ僕には追い付けませんよ」
「あれは葉の裏を確認する前だったからだ」
「手を伸ばしていましたよね?」
「触ってはいない」
「僕が止めましたからね」
「細かいことを、いつまでも覚えているんじゃない」
源蔵さんは、僕から顔をそらした。
最初のころに比べれば、源蔵さんが植物を間違えることはかなり減っていた。
だけど、油断すると危険な植物へ手を伸ばす。まだ1人で採取をさせるのは心配だった。
「今日は、ここまでにしましょうか」
「まだ、昼を少し過ぎたところだぞ」
「もう籠に入りませんからよ‥‥‥」
「お前の籠が小さすぎるんだよ」
「今までは、これで足りていたんです」
「成長期だからな。子供はすぐに大きくなる」
そう源蔵さんに言われて、ちょっと嬉しくなった。
僕が使っているのは、10歳のときに買った子ども用の籠だ。当時の僕には大きかったけれど、3年たった今では少し小さくなった。
僕自身は、今でも同い年の男子より頭1つ分くらい小さいけれど‥‥‥
それでも、10歳のころよりは成長していた。
それに、源蔵さんと2人で採取するようになってから、見つけた植物をすべて運べない日が増えていた。
「新しい籠を買うしかないのかなぁ?」
「いくらするんだ?」
「採取者用なら、安いものでも5000円くらい」
「ただの籠が5000円だと?」
「普通の籠より丈夫ですし、背負うための金具も付いていますし‥‥‥」
「高すぎる。草を何本採れば買えるんだ」
「銀筋草なら167本です」
「籠を買うために籠が必要だな」
源蔵さんの言うとおりだった。
僕たちは持てるだけの植物を籠へ詰め、ダンジョンの出口へ向かった。
買い取り所へ植物を持ち込むと、今日の買い取り金額は2人合わせて1860円になった。
僕が1120円。
源蔵さんが740円。
源蔵さんが採取を始めたばかりのころに比べれば、かなり増えている。ほんの少しづつだけれど、貯金もできるようになっては来た。ほんの少しだけれども‥‥‥
それでも、新しい籠を買うには何日もかかりそうだ。
「樹!」
「なんですか?」
買い取り所を出ようとしたとき、源蔵さんが建物の隅を指さした。そこには、壊れた武器や防具、道具などが積まれていた。
刃の折れた剣。
へこんだ盾。
底の抜けた木箱。
持ち手の外れた籠。
ダンジョンで使えなくなり、探索者たちが処分を頼んだゴミ捨て場だった。
「まだ、使えそうなものが混じっておるぞ」
「でも、捨てられたものですよ」
「捨てられたものなら、拾っても構わんだろう?」
「勝手に持っていったら泥棒です」
「誰が勝手に持っていくと言った」
源蔵さんは近くにいた職員を呼び止めた。
「すまん。この壊れた籠は、もう捨てるものか?」
「そうです。今日の夕方、回収業者へ引き渡します」
「もらっても構わんか?」
職員は少し驚いた顔をした。
「壊れていますよ。底も抜けていますし、背負い紐も切れています」
「直せば使えるからな」
「安全を保証できないので、そのまま探索用に使うのは認められません」
「直したあと、検査を受ければいいか?」
「検査に合格すれば使えます。ただし、修理費を考えると新品を買った方が‥‥‥」
「自分で直す」
源蔵さんが答えると、職員は積まれた籠を見た。
どうせ処分するものだからと、持ち出しのための書類を作ってくれた。
僕たちは、底の抜けた大きな籠を持って共同住宅へ戻った。
「本当に直るんですか?」
「そのまま直すだけなら難しくない」
源蔵さんは壊れた籠を作業台に置き、僕の体と見比べた。
「だが、これではお前には大きすぎるな」
「源蔵さんが使えばいいんじゃないですか?」
「わしの籠はまだ使える。それに、お前の籠が先にいっぱいになるから、途中で帰ることになるんだろう」
源蔵さんは籠の傷んだ部分を取り外した。
使える木材と、使えない木材に分けていった。
「樹。植物は、籠の中で種類ごとに分けた方がいいのか?」
「はい。柔らかい薬草の上に木の根を載せると、潰れてしまいます」
「なら、中に仕切りを付けるか?」
「でも、仕切りがあると大きな植物が入りません」
「外せるようにすればいい」
源蔵さんは紙に簡単な絵を描いた。
籠の中を3つに分ける、取り外し式の仕切り。
下には木の根や硬い実を入れる場所。
上には、柔らかい薬草を置く浅い棚。
側面には、採取鍬を固定する金具を付けるらしい。
「ここには小さな箱を付ける」
「何を入れるんですか?」
「臭走草だ」
「ほかの植物と一緒に入れたら、大変ですからね」
「実が潰れたら、籠ごと捨てることになるぞ」
「源蔵さんに投げれば、籠は助かります」
「わしを臭走草入れにするな!」
源蔵さんは僕をにらんだあと、作業を始めた。
壊れた部分を切り取る。
残った木材を削る。
隙間へ新しい板を差し込み、抜けていた底を作り直す。
背負い紐には、古い防具から外した革を使った。
採取鍬を直したときと同じで、その手に迷いはない。
僕も言われたとおりに板を押さえたり、道具を渡したりした。
「少し背負ってみろ」
完成する前に、何度も籠を背負わされた。
肩が痛くないか?
歩いたときに揺れないか?
僕の頭より上へ、籠が飛び出していないな。
源蔵さんは1つずつ確認し、そのたびに金具や革紐の位置を調整した。
「源蔵さん」
「なんだ?」
「籠を直すだけじゃなかったんですか?」
「直すだけなら、とっくに終わっているよ」
「ずいぶんいろいろ付いていますけど‥‥‥」
「使いにくい道具を作ったら、職人の恥だ」
源蔵さんは、当たり前のように答えた。
作業を始めてから3時間がたった。
外は、もう暗くなりかけていた。
「できたぞ」
作業台の上には、昨日まで壊れていたとは思えない籠が置かれていた。
僕の古い籠より大きい。
だけど背負ってみると、前より軽く感じる。
革紐が肩へ食い込まないよう、幅を広くしてあるからだ。
中には仕切りと棚があり、採取した植物を重ねずに入れられる。
採取鍬も籠の横へしっかり固定できた。
臭走草専用の箱だけは、ずいぶん分厚く作られている。
「ここだけ、凄く頑丈ですね?」
「念には念を入れた」
「源蔵さん、臭走草が怖いんですね」
「怖いんじゃない。学習したんだ」
源蔵さんが胸を張った、そのときだった。
動きが急に止まった。
「まただ‥‥‥」
「経験値の声ですか?」
「ん‥‥‥ああ」
源蔵さんは、聞こえた言葉を確かめるようにゆっくりと口にした。
《採取用仕分け籠を製作しました》
《経験値を0.1獲得しました》
「修理したときは、0.05でしたよね?すごいじゃないですか」
「今回は、その倍か」
僕たちは完成した籠を見た。
元は、捨てられるはずだった壊れた籠だった。けれど、源蔵さんはただ元の形へ戻しただけじゃない。
僕が植物を採りやすいように、まったく違う籠へ作り替えてくれた。
「新しい道具を作ったから、経験値が増えたんでしょうか?」
「それとも、手間をかけたからか?」
「まだ、よく分かりませんが‥‥‥」
「なら、これから確かめればいい」
源蔵さんは、少し楽しそうに笑った。
翌日。
新しい籠の効果は、すぐに現れた。柔らかい薬草を別の棚へ入れられるため、潰れる心配がない。
籠の中を整理する時間も減った。
たくさん入れても重さが片方へ偏らず、前より楽に歩ける。
その日、僕たちはいつもより長く採取を続けることができた。
買い取り所へ持ち込んだ植物は、2人合わせて100本を超えていた。
銀筋草。
魔力草。
苦根草。
小さな回復草。
傷んで買い取りを断られた植物は、1本もなかった。
本日の買い取り金額。
合計2140円。
初めて、2人の稼ぎが2000円を超えた。
僕が1260円。
源蔵さんが880円。
僕がそれぞれの金額を分けようとすると、源蔵さんが首を振った。
「わしの取り分は、740円でいい」
「どうしてですか?」
「籠があったから増えた分まで、わしが受け取るわけにはいかんよ」
「その籠を作ったのは、源蔵さんですよ」
「材料は捨ててあったものだ」
「でも、作るのに3時間かかりました」
「わしが勝手にやったことだ」
僕は源蔵さんの手へ、880円を押しつけた。
「作ることも仕事です」
「しかしだな‥‥‥」
「源蔵さんの作った籠がなかったら、今日は2000円を超えていません」
源蔵さんは、手の中のお金を見つめた。
「工場が潰れてから、作ったもので金を受け取ったのは初めてだ」
「なら、今日が再就職した日ですね」
「68歳を雇う物好きが、どこにいる」
「ここです」
僕は、いつもより背伸びをして胸を張った。
「お前が雇い主なのか?」
「はい、僕の言うことは絶対です」
「それは、嫌だ」
「クビにしますよ」
「雇った日にクビにするなよ!」
買い取り所を出た僕たちは、笑いながら売店へ寄った。
いつものパンへ手を伸ばそうとすると、源蔵さんが僕を止めた。
そして、見切り品の棚から卵を4個取った。
「今日は、パンじゃないんですね」
「毎日パンばかりでは、体がもたんし飽きるからな」
「卵をどうするんですか?」
「共同住宅の台所を借りる。ゆで卵なら、わしにも作れる」
「僕の分もあるんですか?」
「4個も1人で食えるか」
源蔵さんは、そっぽを向いた。
その日の夕食は、少し形の崩れたゆで卵になった。殻をむくと白身まで一緒にはがれてしまい、あちこちデコボコしていた。
見た目は悪かったけれど、半分に切って塩を振り、2人で食べた。
いつもの硬いパンより、ずっとおいしかった。
次の日。
僕たちは新しい籠を背負い、いつもの採取場所へ向かった。
そこは、大きな岩の陰になっている場所だった。
銀筋草がまとまって生えるため、ほかの採取者には教えていない。
昨日も、小さな芽を何本か残しておいた。
全部を採ってしまえば、次に生える草がなくなってしまうからだ。
けれど‥‥‥
「‥‥‥ない」
あるはずの銀筋草が、1本もなかった。
地面は荒らされ、小さな芽まで消えている。
「誰かに先を越されたか?」
「違いますよ」
「どうして分かる?」
「人が採ったなら、鍬や靴の跡が残ります」
僕は、その場へしゃがんだ。
土には小さな穴がいくつも開いていた。
細い爪で掘り返したような跡があった。何かを引きずったような線も、ダンジョンの奥へ続いている。
残っていた葉を拾い、切れた部分を確認する。
刃物で切った跡じゃない。
何かに噛みちぎられているんだ。
「何があったんだ?」
僕は土へ触れた。
まだ新しい跡だ。
おそらく、僕たちが来る少し前まで、ここに何かがいた。
「魔獣が、銀筋草を食べたみたいです」
「牙鼠か?」
「牙鼠は、銀筋草を食べません」
「なら、何だ?」
僕は、奥へ続く爪痕を見た。
この大きさの爪を持ち、銀筋草を根まで掘り出して食べる魔獣を、僕は知らない。
少なくとも、第一採取区にいる間、あったこともない‥‥‥魔獣なのか‥‥‥?
爪痕のそばには、硬くて黒い毛が1本落ちている。
それを見た瞬間、背中が冷たくなった。
「源蔵さん」
「なんだ?」
「今日は、帰りましょう」
「まだ1本も採っておらんぞ」
「いいんです」
第一採取区に、いるはずのない何かがいる。
しかも、僕たちのすぐ近くに‥‥‥ダンジョンの奥から、何かが土を掘る音が聞こえた。
ガリッ。
ガリッ。
ガリッ。
僕は新しい籠の肩紐を握り、源蔵さんと一緒にゆっくり後ろへ下がった。




