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戦えない僕は植物図鑑で生き延びる  ~じぃちゃん、いつの間にか最強になってた~  作者: とも


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7/25

1-6 じぃさんの経験値は、草だけじゃない

 次の日も、源蔵さんはちゃんと来た。

 その次の日も来た。

 雨が降った日にも、古い雨具を着てやって来た。

「今日は休むと思っていました」

「雨くらいで休んでいたら、飯が食えんからな」

「昨日は腰が痛いって言っていませんでしたっけ?」

「寝たら治った」

「無理をすると、また腰が抜けますよ」

「今度は、大丈夫だ」

 源蔵さんは、そう言いながら腰を叩いた。

 その直後、少しだけ顔をしかめたのを僕は見逃さなかった。

 最初の日、源蔵さんが採れた植物は36本だった。

 次の日は42本。

 その次の日は47本。

 1週間が経つころには、50本以上採れるようになっていた。


 僕には及ばないが‥‥‥


 それでも、初日のように根を切ったり、葉を潰したりすることは減っていたし、元工場職人だった源蔵さんは、同じ作業を繰り返す単純作業が得意らしい。

「銀筋草を採取しました」

「経験値を0.01獲得しました」

 植物を採るたびに聞こえる声を、源蔵さんは律義に数えていた。

「これで、48本目だ」

「今日は調子がいいですね」

「経験値は0.48か」

「そうなりますね」

「昨日までの分を足しても、まだ3にも届かんぞ」

「草1本で0.01ですからね」

「あの鼠なら、1匹倒せば3なんだろう?」

「その1匹から逃げていたのは誰でしたっけ?」

「昔の話をいつまでも持ち出すな」

「まだ1週間くらいしか経っていませんよ」

「わしにとっては、もう昔だ」

 源蔵さんは不満そうに鼻を鳴らし、次の銀筋草を探し始めた。

 以前は、地面に生えている草を片っ端から触ろうとしていたのに、今では葉の形を確認してから近づいている。

 少しずつだけど、源蔵さんは前に進んでいた。

 僕も岩の隙間に生えている魔力草を見つけ、採取鍬を土へ差し込んだ。


 そのときぐらり、と鍬の柄が動いた。


「あれ?」

 土を掘ろうとすると、今度は柄が小さく軋んだ。

 前から少し緩んでいたけれど、いよいよ限界が近いらしい。

 僕は柄を握り直し、角度を変えて土を掘った。


「坊主」

「なんですか?」

「その鍬、見せてみろ」

「今、使っていますけど‥‥‥」

「使えるかどうかを聞いているんじゃない。見せろと言っているんだ」

 僕が採取鍬を渡すと、源蔵さんは柄と金属部分のつなぎ目を確かめた。

 何度か揺らし、刃を横から眺める。

「柄が割れかけとる。留め具も緩んでいるし、刃先も曲がっておるぞ」

「でも、まだ掘れますよ」

「掘れることと、安全に使えることは違うんだ」

「新しいものを買うお金はありませんから」

 初心者用の採取鍬でも、安いものは3000円ほどする。

 僕の1日の稼ぎでは、簡単に買えるものじゃない。

 今の鍬は、何度も自分で紐を巻いたり、留め具を締めたりしながら、3年間使い続けてきた。

「まだ、少し使えます」

「その少しの間に、刃が外れたらどうする?」

「避けます」

「自分の手から外れるものまで避けるつもりか?」

「できると思います」

「できるかもしれない、で道具を使うな」

 源蔵さんは、僕の額を軽く小突いた。

 そして、採取鍬を自分の荷物へ入れてしまった。

「あっ、返してくださいよ」

「今日は、もう帰るぞ」

「まだ、昼前ですよ」

「この鍬を直す」

「源蔵さんが?」

「わしを誰だと思っておる」

「牙鼠から逃げていた、ただのじぃさん」

「それ以外でだ!」

 源蔵さんの声が、ダンジョンの中に響いた。

 僕たちはその日の採取を早めに切り上げ、源蔵さんの暮らしている共同住宅へ向かった。

 閉鎖された小学校を作り替えたその建物には、小さな作業室があった。

 壁には金槌や鋸、やすりなどの道具が並んでいる。

 使われなくなった机や椅子を、住人たちが修理するための場所らしい。

「ここなら、必要なものはだいたいそろっておる」

 源蔵さんは作業台の上に僕の採取鍬を置いた。

 留め具を外し、柄と刃を分ける。

 その手つきは、植物を採っているときとはまるで違っていた。

 迷いがない。

 力任せに叩くのではなく、金属の状態を確かめながら、少しずつ刃の曲がりを直していく。

 金槌を振るう音が、一定の間隔で作業室に響いた。


 カン。

 カン。

 カン。


 僕は邪魔をしないよう、少し離れたところから見ていた。

「源蔵さん、本当に工場で働いていたんですね」

「今まで嘘だと思っていたのか?」

「最初、植物を採るのが下手だったので」

「工場では草なんぞ採らんからな!」

 源蔵さんは金槌を置き、割れかけた柄を見た。

 その部分を切り落とし、残った木を削り始める。

「柄が短くなりませんか?」

「その方が、お前には合っている」

「そうなんですか?」

「今までの柄は長すぎる。だから、先を細かく動かすときに余計な力が入っていたんだ」

 源蔵さんは僕の手を取り、指の長さを確かめた。

 それから握る部分を少しずつ削り、何度も僕に持たせる。

「もう少し細い方がいいか?」

「これくらいが持ちやすいです」

「そうか」

 削る。

 握る。

 そして、また削る。

 何度も繰り返し、僕の手に合う太さへ調整していった。

 最後に刃と柄をしっかり固定し、留め具の上から革紐を巻いた。

「できたぞ」

 差し出された採取鍬は、前より少し短くなっていた。刃の曲がりはなくなり、握る部分には滑りにくいよう細かな溝が入っている。

 古い道具なのに、新しく生まれ変わったみたいだった。

 僕が受け取ろうとした、そのとき‥‥‥

 源蔵さんの動きが止まった。

「どうしたんですか?」

「今、頭の中で声が聞こえたんだ」

「声?」

 源蔵さんが、目を見開いたまま答える。

「採取鍬を修理しました」

「経験値を0.05獲得しました」

「えっ?」

「間違いない。確かに、そう聞こえた」

 僕は源蔵さんの顔と、修理された採取鍬を交互に見た。

 魔獣を倒せば、経験値が手に入る。

 植物を採っても、ほんの少しだけ経験値が手に入る。

 それは知っていた。

 だけど、道具を修理しても経験値が入るなんて、初めて聞いた。

「修理でも、経験値がもらえるんですね」

「草5本分か」

「1回の修理で0.05なら、多いですよ」

「なら、壊れた道具を片っ端から直せば‥‥‥」

「わざと壊して直すのは、たぶん駄目だと思いますよ」

「なぜ分かる?」

「同じ場所の草を抜いて植え直しても、経験値は入りませんから」

 経験値が手に入るのは、その行動によって何かを成し遂げたときだけだ。

 まだ使える道具を壊して直しても、修理したことにはならないだろう。

「うまい話はないということか‥‥‥」

「でも、源蔵さんの技術でも経験値が手に入ることは分かりましたね」

「わしの技術か‥‥‥」

 源蔵さんは、自分の両手を見つめた。

 節が太く、傷痕の残った手。

 何十年も工場で働いてきた手だ。

「工場が潰れてからは、何の役にも立たんと思っていたんだ」

「役に立っていますよ」

 僕は修理された採取鍬を握った。

「僕には、こんなふうに直せませんから」

 源蔵さんは何も言わなかった。

 ただ、少しだけ照れたように鼻の下をこすった。

「明日、試してみろ。使いにくければ、また調整してやる」

「ありがとうございます」

「礼はいらん。パンの借りを返しただけだ」

「パン半分で、こんなに直してくれるんですか?」

「少し大きい方だったからな」


 次の日。

 僕たちは再び、第一採取区へ入った。

 岩陰に生えている銀筋草を見つけ、修理された採取鍬を土へ差し込む。

 今までのより、凄く使いやすかった。

 狙った場所へ刃が入り、少し力を加えただけで土が崩れたし、根を傷つけないよう周囲を掘り、銀筋草を引き抜く。


 《銀筋草を採取しました》

 《経験値を0.01獲得しました》


「どうだ?」

 離れたところから、源蔵さんが心配そうに見ていた。

「とっても使いやすいです」

「そうか」

 源蔵さんは、何でもないことのようにうなずいた。

 だけど、口元が少しだけ緩んでいた。

 僕は次の銀筋草を探した。

 いつもより速く、いつもよりきれいに採ることができた気がした。


 1本。

 2本。

 3本。

 源蔵さんの修理してくれた鍬が、僕の手の中で土を掘っていく。

 僕には戦う才能がない。

 源蔵さんにも、魔獣を倒す才能はないのかもしれない。

 それでも、僕には植物の知識があった。

 源蔵さんには、壊れた道具を直す技術があった。

 僕1人ではできないことを、源蔵さんにはできる。

 源蔵さん1人ではできないことを、僕は知っている。

「源蔵さん」

「なんだ?」

「次は、僕が使いやすい籠も作れますか?」

「調子に乗るな。まずは、その鍬を大事に使え」

「作れないんですか?」

「誰が作れんと言った!まずは、図面から引いてやる!」

 やっぱり、作ってくれるらしい。

 源蔵さんが工場で積み重ねてきた何十年もの経験は、なくなってなんかいなかったんだ。

 使う場所が見つからなかっただけだったんだ。


 この日。

 僕は、いつもより12本多く植物を採ることができた。

 源蔵さんは植物とは別に、修理で0.05の経験値を手に入れた。

 とても小さな数字だったけど、その0.05は源蔵さんが生きてきた68年が、無駄ではなかったという証拠に思えたんだ。

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