1-6 じぃさんの経験値は、草だけじゃない
次の日も、源蔵さんはちゃんと来た。
その次の日も来た。
雨が降った日にも、古い雨具を着てやって来た。
「今日は休むと思っていました」
「雨くらいで休んでいたら、飯が食えんからな」
「昨日は腰が痛いって言っていませんでしたっけ?」
「寝たら治った」
「無理をすると、また腰が抜けますよ」
「今度は、大丈夫だ」
源蔵さんは、そう言いながら腰を叩いた。
その直後、少しだけ顔をしかめたのを僕は見逃さなかった。
最初の日、源蔵さんが採れた植物は36本だった。
次の日は42本。
その次の日は47本。
1週間が経つころには、50本以上採れるようになっていた。
僕には及ばないが‥‥‥
それでも、初日のように根を切ったり、葉を潰したりすることは減っていたし、元工場職人だった源蔵さんは、同じ作業を繰り返す単純作業が得意らしい。
「銀筋草を採取しました」
「経験値を0.01獲得しました」
植物を採るたびに聞こえる声を、源蔵さんは律義に数えていた。
「これで、48本目だ」
「今日は調子がいいですね」
「経験値は0.48か」
「そうなりますね」
「昨日までの分を足しても、まだ3にも届かんぞ」
「草1本で0.01ですからね」
「あの鼠なら、1匹倒せば3なんだろう?」
「その1匹から逃げていたのは誰でしたっけ?」
「昔の話をいつまでも持ち出すな」
「まだ1週間くらいしか経っていませんよ」
「わしにとっては、もう昔だ」
源蔵さんは不満そうに鼻を鳴らし、次の銀筋草を探し始めた。
以前は、地面に生えている草を片っ端から触ろうとしていたのに、今では葉の形を確認してから近づいている。
少しずつだけど、源蔵さんは前に進んでいた。
僕も岩の隙間に生えている魔力草を見つけ、採取鍬を土へ差し込んだ。
そのときぐらり、と鍬の柄が動いた。
「あれ?」
土を掘ろうとすると、今度は柄が小さく軋んだ。
前から少し緩んでいたけれど、いよいよ限界が近いらしい。
僕は柄を握り直し、角度を変えて土を掘った。
「坊主」
「なんですか?」
「その鍬、見せてみろ」
「今、使っていますけど‥‥‥」
「使えるかどうかを聞いているんじゃない。見せろと言っているんだ」
僕が採取鍬を渡すと、源蔵さんは柄と金属部分のつなぎ目を確かめた。
何度か揺らし、刃を横から眺める。
「柄が割れかけとる。留め具も緩んでいるし、刃先も曲がっておるぞ」
「でも、まだ掘れますよ」
「掘れることと、安全に使えることは違うんだ」
「新しいものを買うお金はありませんから」
初心者用の採取鍬でも、安いものは3000円ほどする。
僕の1日の稼ぎでは、簡単に買えるものじゃない。
今の鍬は、何度も自分で紐を巻いたり、留め具を締めたりしながら、3年間使い続けてきた。
「まだ、少し使えます」
「その少しの間に、刃が外れたらどうする?」
「避けます」
「自分の手から外れるものまで避けるつもりか?」
「できると思います」
「できるかもしれない、で道具を使うな」
源蔵さんは、僕の額を軽く小突いた。
そして、採取鍬を自分の荷物へ入れてしまった。
「あっ、返してくださいよ」
「今日は、もう帰るぞ」
「まだ、昼前ですよ」
「この鍬を直す」
「源蔵さんが?」
「わしを誰だと思っておる」
「牙鼠から逃げていた、ただのじぃさん」
「それ以外でだ!」
源蔵さんの声が、ダンジョンの中に響いた。
僕たちはその日の採取を早めに切り上げ、源蔵さんの暮らしている共同住宅へ向かった。
閉鎖された小学校を作り替えたその建物には、小さな作業室があった。
壁には金槌や鋸、やすりなどの道具が並んでいる。
使われなくなった机や椅子を、住人たちが修理するための場所らしい。
「ここなら、必要なものはだいたいそろっておる」
源蔵さんは作業台の上に僕の採取鍬を置いた。
留め具を外し、柄と刃を分ける。
その手つきは、植物を採っているときとはまるで違っていた。
迷いがない。
力任せに叩くのではなく、金属の状態を確かめながら、少しずつ刃の曲がりを直していく。
金槌を振るう音が、一定の間隔で作業室に響いた。
カン。
カン。
カン。
僕は邪魔をしないよう、少し離れたところから見ていた。
「源蔵さん、本当に工場で働いていたんですね」
「今まで嘘だと思っていたのか?」
「最初、植物を採るのが下手だったので」
「工場では草なんぞ採らんからな!」
源蔵さんは金槌を置き、割れかけた柄を見た。
その部分を切り落とし、残った木を削り始める。
「柄が短くなりませんか?」
「その方が、お前には合っている」
「そうなんですか?」
「今までの柄は長すぎる。だから、先を細かく動かすときに余計な力が入っていたんだ」
源蔵さんは僕の手を取り、指の長さを確かめた。
それから握る部分を少しずつ削り、何度も僕に持たせる。
「もう少し細い方がいいか?」
「これくらいが持ちやすいです」
「そうか」
削る。
握る。
そして、また削る。
何度も繰り返し、僕の手に合う太さへ調整していった。
最後に刃と柄をしっかり固定し、留め具の上から革紐を巻いた。
「できたぞ」
差し出された採取鍬は、前より少し短くなっていた。刃の曲がりはなくなり、握る部分には滑りにくいよう細かな溝が入っている。
古い道具なのに、新しく生まれ変わったみたいだった。
僕が受け取ろうとした、そのとき‥‥‥
源蔵さんの動きが止まった。
「どうしたんですか?」
「今、頭の中で声が聞こえたんだ」
「声?」
源蔵さんが、目を見開いたまま答える。
「採取鍬を修理しました」
「経験値を0.05獲得しました」
「えっ?」
「間違いない。確かに、そう聞こえた」
僕は源蔵さんの顔と、修理された採取鍬を交互に見た。
魔獣を倒せば、経験値が手に入る。
植物を採っても、ほんの少しだけ経験値が手に入る。
それは知っていた。
だけど、道具を修理しても経験値が入るなんて、初めて聞いた。
「修理でも、経験値がもらえるんですね」
「草5本分か」
「1回の修理で0.05なら、多いですよ」
「なら、壊れた道具を片っ端から直せば‥‥‥」
「わざと壊して直すのは、たぶん駄目だと思いますよ」
「なぜ分かる?」
「同じ場所の草を抜いて植え直しても、経験値は入りませんから」
経験値が手に入るのは、その行動によって何かを成し遂げたときだけだ。
まだ使える道具を壊して直しても、修理したことにはならないだろう。
「うまい話はないということか‥‥‥」
「でも、源蔵さんの技術でも経験値が手に入ることは分かりましたね」
「わしの技術か‥‥‥」
源蔵さんは、自分の両手を見つめた。
節が太く、傷痕の残った手。
何十年も工場で働いてきた手だ。
「工場が潰れてからは、何の役にも立たんと思っていたんだ」
「役に立っていますよ」
僕は修理された採取鍬を握った。
「僕には、こんなふうに直せませんから」
源蔵さんは何も言わなかった。
ただ、少しだけ照れたように鼻の下をこすった。
「明日、試してみろ。使いにくければ、また調整してやる」
「ありがとうございます」
「礼はいらん。パンの借りを返しただけだ」
「パン半分で、こんなに直してくれるんですか?」
「少し大きい方だったからな」
次の日。
僕たちは再び、第一採取区へ入った。
岩陰に生えている銀筋草を見つけ、修理された採取鍬を土へ差し込む。
今までのより、凄く使いやすかった。
狙った場所へ刃が入り、少し力を加えただけで土が崩れたし、根を傷つけないよう周囲を掘り、銀筋草を引き抜く。
《銀筋草を採取しました》
《経験値を0.01獲得しました》
「どうだ?」
離れたところから、源蔵さんが心配そうに見ていた。
「とっても使いやすいです」
「そうか」
源蔵さんは、何でもないことのようにうなずいた。
だけど、口元が少しだけ緩んでいた。
僕は次の銀筋草を探した。
いつもより速く、いつもよりきれいに採ることができた気がした。
1本。
2本。
3本。
源蔵さんの修理してくれた鍬が、僕の手の中で土を掘っていく。
僕には戦う才能がない。
源蔵さんにも、魔獣を倒す才能はないのかもしれない。
それでも、僕には植物の知識があった。
源蔵さんには、壊れた道具を直す技術があった。
僕1人ではできないことを、源蔵さんにはできる。
源蔵さん1人ではできないことを、僕は知っている。
「源蔵さん」
「なんだ?」
「次は、僕が使いやすい籠も作れますか?」
「調子に乗るな。まずは、その鍬を大事に使え」
「作れないんですか?」
「誰が作れんと言った!まずは、図面から引いてやる!」
やっぱり、作ってくれるらしい。
源蔵さんが工場で積み重ねてきた何十年もの経験は、なくなってなんかいなかったんだ。
使う場所が見つからなかっただけだったんだ。
この日。
僕は、いつもより12本多く植物を採ることができた。
源蔵さんは植物とは別に、修理で0.05の経験値を手に入れた。
とても小さな数字だったけど、その0.05は源蔵さんが生きてきた68年が、無駄ではなかったという証拠に思えたんだ。




