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戦えない僕は植物図鑑で生き延びる  ~じぃちゃん、いつの間にか最強になってた~  作者: とも


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6/25

1-5 はじめての0.01

次の日。


僕が高尾山ダンジョンの入口へ着いたのは、約束した時間より20分早い、午前6時40分だった。

源蔵さんは、すでに来ていた。

「遅いぞ、樹」

「まだ、20分前ですよー」

入口の脇にある長椅子へ座り、腕を組んでいる。

昨日の新品の防具も着ていた。

黒く汚れていた臭走草の汁は、だいぶ落ちている。

ただし、完全には消えていなかった。

近づくと、ほのかに臭う。

「何回洗ったんですか?」

「共同住宅の管理人に、外で5回は洗わされた」

「部屋には入れてもらえたんですか?」

「臭いが落ちるまで入るなと言われた」

源蔵さんは、外の水道で防具と服を洗い続けたらしい。

最初は周りの住人から怒鳴られたらしい‥‥‥

途中からは、見かねた誰かが石けんと古いブラシを貸してくれたという。

「大変でしたね」

「誰のせいだと思っておる」

「助けなくてもよかったんですか?」

「助けてもらって感謝はしている」

源蔵さんは、すぐに言い直した。

素直なのか、素直ではないのか、よく分からない。

僕は持ってきた包みを、源蔵さんへ渡した。

「なんだ、これは?」

「塩むすびです」

昨日、探索者遺児住宅へ帰ってから、朝食用のご飯を少しだけ分けてもらった。

小さな塩むすびが2個。

1個は僕の分。

もう1個は、源蔵さんの分だ。

「子どもから飯をもらうわけにはいかん」

「朝ご飯を食べてきたんですか?」

「水を2杯飲んだ」

「水だけじゃ持ちませんよ!」

「昨日の2倍だぞ」

「自慢しないでください」

僕が包みを引っ込めようとすると、源蔵さんは慌てて受け取った。

「今日稼いだら、必ず返すから」

「ただの塩むすび1個ですから、いいですよ」

「食い物の借りは、食い物で返す」

源蔵さんは、塩むすびを大切そうに食べた。

僕も自分の分を口に入れる。

昨日の硬いパンより、少しだけおいしかった。

朝食を終えると、僕は源蔵さんへ古い籠を渡した。

両親が使っていたものではない。

僕が初めて採取を始めたときに買い、その後使わなくなった小さな籠だった。

ところどころ傷んでいるけれど、まだなんとか使える。

「これを使ってください」

「わしが背負うには、小さくないか?」

「初めから大きな籠をいっぱいにできると思わないでください」

「草くらい、すぐに採れるだろう」

昨日、同じような言葉を聞いた気がする。

僕は不安になった。

「ダンジョンへ入る前に、必ず約束してください」

「なにをだ?」

「僕が触っていいと言うまで、植物には触らない」

「ああ」

「勝手に先へ行かない」

「分かった」

「魔獣が出たら、戦わずに逃げる」

「‥‥‥」

源蔵さんが黙った。

「返事は?」

「せっかく短剣を買ったのに‥‥‥」

「返事は?」

「‥‥‥分かったよ。お前も大概、しつこいなぁ‥‥‥」

僕たちは受付で探索者証を見せ、ダンジョンへ入った。


昨日と同じ第一採取区。朝早いため、まだ探索者の姿は少ない。

岩の隙間から淡い光を放つ苔が、薄暗い道を照らしている。

湿った土と、植物の青い臭い。

昨日の臭走草とは比べものにならないくらい、落ち着く臭いだった。

「まずは銀筋草を探します」

「昨日、樹が売っていた草だな」

「葉の形は丸に近くて、真ん中に銀色の筋が入っています。葉の裏側は、少し青みがかっています」

源蔵さんが、地面を見ながら歩く。

数分もしないうちに、道の端を指さした。


「あれか?」

丸い葉。

真ん中には、白っぽい筋が入っている。

見た目は銀筋草によく似ていたが‥‥‥

源蔵さんが手を伸ばす。

僕は慌てて、その手首をつかんだ。

「駄目です!」

「銀色の筋があるぞ?」

「銀ではなく、灰色です。それは灰眠草はいみんそうといいます」

僕は植物図鑑を開き、源蔵さんへ見せた。


『灰眠草』

『葉の中央に灰色の筋がある』

『茎から出る汁に触れると、手足のしびれや強い眠気を引き起こす』

『葉の裏側に、黒い斑点がある』

源蔵さんが、灰眠草の葉を裏返さないよう注意しながら、横からのぞき込んだ。

葉の裏には、小さな黒い斑点がいくつも見える。

「似すぎじゃないか?」

「だから危ないんです」

「草を採るだけでも、命懸けなんだな」

「昨日も説明しましたよね?」

「少し大げさに言っているのかと思った」

「帰りますか?」

「‥‥‥帰らん」

源蔵さんの顔から、軽く考えていた様子が消えた。

それからは、勝手に植物へ触らなくなった。

僕たちは、さらに奥へ進んだ。

岩陰に、3枚の丸い葉が見えた。

中央には、光を反射する細い銀色の筋。

葉の裏側は、わずかに青い。

「今度こそ、銀筋草です」

「これなら触っていいんだな?」

「はい。でも、引っ張らないでください。根まで傷つけずに採ります」

僕は採取鍬を使い、周りの土を少しずつ崩してみせた。

根が見えてきたら、土ごと持ち上げ、最後に根へ付いた土を優しく落とす。

「こうやって採ります」

「ずいぶん面倒だな」

「茎や根が傷つくと、買い取り価格が下がりますから」

「わしにもやらせろ」

源蔵さんが、別の銀筋草の前へしゃがんだ。

採取鍬を土へ差し込む。だが、力が強すぎた。


ぶちっ!

嫌な音がした。

持ち上げられた銀筋草は、根の途中から切れていた。

「採れたぞ」

「根が切れています」

「少しくらい、いいだろう?」

「それでは売れません」

「えっ?」

源蔵さんが切れた銀筋草を見つめる。

頭の中に声も響かなかったらしい。

ダンジョンは、ただ引き抜いただけでは採取したと認めてくれないことがある。

素材として使える状態で採って、初めて採取になる。


「もう1度です」

源蔵さんは、次の銀筋草の前へ移動した。

今度は、慎重に採取鍬を入れる。

それでも力が強い。

根が半分ほど切れた。


3本目‥‥‥今度は茎を折った。

4本目。

ようやく、根を傷つけずに土から持ち上げることができた。


《銀筋草を採取しました》

《経験値を0.01獲得しました》

源蔵さんの動きが止まった。

「今、何か聞こえた」

「銀筋草を採取したので、経験値が入ったんです」

「魔獣を倒していないのに?」

「植物採取でも経験値は入ります」

「0.01だけか?」

「はい」

「少なすぎないか?」

「だから、誰もやりたがらないんです」

源蔵さんは、手の中にある銀筋草を見た。


1本30円。

経験値は0.01。

魔獣を倒したときと比べれば、ほとんど何も手に入らないようなものだ。

「100本採って、ようやく経験値が1か」

「そうです」

「1000本なら10だな」

「計算は合っています」

源蔵さんは、採った銀筋草を籠へ入れた。

そして、次の銀筋草を探し始めた。

失敗しても、文句を言いながら何度もやり直す。

同じ作業を繰り返すうちに、採取鍬を入れる力加減が少しずつ慣れていった。

源蔵さんは以前、小さな金属加工工場で働いていたそうだ。

機械の部品を削り、同じ形に仕上げる仕事を何十年も続けていたらしい。

「工場では、失敗すると材料が全部無駄になった」

「植物も同じです」

「ああ‥‥‥少し分かってきた気がする」

最初は何本も根を切っていた。

それが、5本に1本になった。

10本に1本になった。

昼前には、ほとんど失敗しなくなっていた。

源蔵さんが採ったのは、銀筋草が23本。

魔力草が13本。

全部で36本。

手に入れた経験値は、0.36。


帰りに買い取り所へ寄ると、銀筋草が690円。

魔力草が130円。

合計820円になった。


「820円‥‥‥」

昨日は32円しか入っていなかった源蔵さんの財布へ、初めて自分で稼いだお金が入った。

「魔獣を倒すより、ずっと少ないんだよな?」

「魔獣を倒せれば、ですけどね」

「わしには、こっちの方が向いているかもしれん」

源蔵さんは、何度も買い取り明細を見返していた。

買い取り所を出ると、昨日パンを買った売店へ向かい、1個180円のパンを2個買った。

そのうちの1個を、僕へ差し出す。

「昨日の借りだ」

「半分しかあげていませんよ」

「塩むすびももらったから」

「それでも、1個は多いですよ」

「食い物の借りは、食い物で返すと言っただろう」

僕はパンを受け取った。

昨日と同じ、少し硬いパン。

だけど今日は、臭走草の臭いがしなかった。

源蔵さんが、自分のパンをかじる。

ゆっくりと味わってから、満足そうに笑った。

「昨日は経験値が0で、残金は32円だった」

「はい」

「今日は経験値が0.36で、820円稼げた」

本当に小さな変化だ。

魔獣を倒す探索者から見れば、笑われるような数字かもしれない。

それでも、昨日まで何もなかった人にとって、0.36は0ではない。

「樹。明日もよろしく頼む」

「明日も来るんですか?」

「100本採れば、経験値が1になるんだろう?」

源蔵さんの目は、昨日より少しだけ元気になっていた。


こうして、源蔵さんの植物採取1日目は終わった。

最初の1歩は、たったの0.01だった。


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