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戦えない僕は植物図鑑で生き延びる  ~じぃちゃん、いつの間にか最強になってた~  作者: とも


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4/25

1-3 今日の稼ぎは240円

 やっと、高尾山ダンジョンの出口が見えてきた。

 入口と出口は別々に分けられている。

 外へ出ようとする探索者は、必ず出口側の受付を通らなければならない。

 ダンジョンから魔獣を連れ出していないか。

 危険なものを持っていないか。

 怪我をしていないか。

 受付の職員が確認するためだ。

 普段なら、出口にはダンジョンから戻ってきた探索者が列を作っている。


 けれど、今日だけは違った。

 僕と老人が近づくと、並んでいた探索者たちが一斉に振り返った。


「うゎっ、臭っ!」

「なんだ、この臭い!」

「臭走草だ。こっちにくんな!」

 左右に分かれた探索者たちの間に、まっすぐな道ができた。

 混んでいるはずの受付まで、誰にも邪魔されずに進むことができた。


「ほら、道が空いたぞ」

 老人が少しだけうれしそうに言った。

「ほらじゃないでしょう!ほら、じゃ‥‥‥」

 僕たちが受付へ近づくと、カウンターに座っていたお姉さんが顔を上げた。一瞬だけ、表情が引きつる。そこは流石プロ、すぐにいつもの仕事用の顔へ戻った。


「お帰りなさい。臭走草ですね」

「はい」

「ずいぶん派手に使いましたね」

「牙鼠に追われていたこの人に、投げました」

 僕が隣を指さすと、老人が気まずそうに頭を下げた。

「すまん‥‥‥」

 受付のお姉さんは、老人の新品の防具に付いた黒い染みを見た。

 それから、カウンターの下から鼻を挟む道具を取り出し、慣れた手つきで装着する。

「念のため、怪我がないか確認します。探索者証を出してください」

「あ、ああ‥‥‥」

 老人はポケットや荷物を探り、何枚かの紙を床へ落としながら、ようやく探索者証を取り出した。

 お姉さんが探索者証を機械へかざす。

高倉源蔵たかくらげんぞうさん、68歳。今日が初めての入場ですね」

「そうだ」

「体調不良や怪我はありませんか?」

「腰が抜けた‥‥‥だけだ」

「それは、怪我に入る可能性があります」

 お姉さんはカウンターから出ると、源蔵さんの腕や足を確認した。

 幸い、転んだときに手のひらを少し擦りむいただけだった。

 消毒をして、小さな絆創膏を貼ってくれる。や、優しい‥‥‥


「初日は、第一採取区から出ないように説明を受けていますね?」

「出ては、おらん」

「武器を購入しただけでは、魔獣を倒せるようにはなりません。次からは初心者講習を受けてください」

「‥‥‥はい」

 さっきまで偉そうだった源蔵さんが、子どものように小さくなった。

「小森君も怪我はありませんか?」

「僕は、大丈夫です」

「採取物に臭走草の汁は付きましたか?」

 僕は籠を下ろし、中を確認した。

 牙鼠が現れたとき、すぐに籠へ防水布をかぶせていた。

 籠には臭いが染みついているけれど、中の植物に黒い汁は付いていない。

「大丈夫です。直接は付いていません」

「それなら、いつもどおり買い取りできます。先に臭気処理袋へ籠を入れてください」

 お姉さんから渡された大きな袋へ、籠を丸ごと入れる。

 袋の口を閉じても、まだ少し臭い。

 臭走草は、本当にしつこいからな‥‥‥

 僕と源蔵さんは受付を通り、建物の奥にある買い取り所へと向かった。

 ここでは、ダンジョンから持ち帰った魔獣の素材や鉱石、植物を買い取ってもらえるんだ。

 僕は受付番号を受け取り、順番を待った。

 源蔵さんも、なぜか一緒についてくる。


 そして‥‥‥臭い‥‥‥


「源蔵さんは、魔獣の素材を持っていないんですか?」

「倒していないからな」

「鉱石は?」

「見つけておらん」

「何をしに入ったんですか?」

「魔獣を倒して、稼ぐつもりだったんだよ」

「倒せませんでしたね‥‥‥」

「‥‥‥」

 源蔵さんは、新品の短剣を隠すように荷物の中へ入れた。


 やがて、僕の受付番号が呼ばれた。

 買い取り台の上に、防水布で守られていた植物を並べる。

 銀筋草が7本。

 魔力草が3本。

 全部で10本だ。

 いつもなら、この何倍は採れるが‥‥‥

 今日は、源蔵さんを助けるために臭走草を使い、途中で帰ってきたからな‥‥‥

 買い取り所の職員が、葉や根の状態を1本ずつ確認する。

 しばらくして、機械から明細が出てきた。


 銀筋草、7本。

 1本30円で、210円。

 魔力草、3本。

 1本10円で、30円。

 本日の買い取り金額は合計240円だった。


「240円‥‥‥?それっぽっちか‥‥‥」

 隣から明細をのぞき込んだ源蔵さんが、信じられないような声を出した。

「命を懸けて、これだけなのか?」

「今日は、少ないんです」

「そうか‥‥‥」

「源蔵さんを助けて、途中で帰ってきたから」

「‥‥‥すまん」

 源蔵さんが、本気で落ち込んでしまった。

「勘違いしないでくださいね。源蔵さんの命が240円という意味ではありませんよ」

「分かっとるわ!」

 僕は240円を受け取り、財布へ入れた。

 今日の収入は、これですべてだ。

 

 魔獣を倒して素材を持ち帰る探索者と比べれば、僕の収入は驚くほど少ない。

 だけど、僕にはほかにできる仕事がなかった。

 買い取り所を出たところには、小さな売店がある。

 店頭には、おにぎりや飲み物、探索者向けの保存食が並んでいた。

 その中で1番安いパンは、1個180円。

 僕は240円の中から180円を払い、少し硬くなったパンを1個買った。

 残ったのは60円。


 源蔵さんが、僕の手にあるパンをじっと見ている‥‥‥

 見ないように顔をそらしても、すぐに目がパンへ戻る。

 そして、またお腹が鳴った。


「食べますか?」

「いや‥‥‥それは坊主が稼いだ金で買ったものだ」

「でも、お腹が空いているんですよね?」

「わしは大人だ。子どもの食べ物を取るほど落ちぶれてはおらん」


 ぐうぅぅぅーーー


「‥‥‥」

 源蔵さんのお腹が、さっきより大きな音を立てた。

 僕はパンを半分に割った。

 少し大きい方を、源蔵さんへ差し出す。

「どうぞ半分なら、取ったことにはなりません」

「なるだろう」

「いらないなら、僕が全部食べます」

 源蔵さんはパンを見つめた。

 それから僕の顔を見て、もう1度パンを見る。

「‥‥‥もらってもいいのか?」

「どうぞ」

「ありがようよ。坊主」

 源蔵さんは、両手でパンを受け取った。

 急いで口へ運ぼうとして、途中で動きを止める。


「臭いな!」

「僕たちが臭いんです」

 パンから手を離しても、臭いは消えなかった。

 諦めた源蔵さんが、パンを1口かじる。

 僕も残った半分を食べた。

 安くて、少し硬いパンだったがそれでも、空腹のお腹には十分おいしかった。

 2人でパンを食べ終えたあと、源蔵さんが僕の籠を見た。


「坊主」

「なんですか?」

「さっきの植物、わしにも採れるか?」

「見つけ方を覚えれば、誰だって採れますよ」

「魔獣を倒さなくても、金になるんだな?」

「ほんの、少しですけどね」

 源蔵さんは、しばらく黙って考えていた。

 そして、新品の短剣を見下ろしてから、僕へ頭を下げた。

「わしに、植物の採り方を教えてくれないか?」


 その日。

 僕は240円を稼いだ。

 パンを1個買って、残ったのは60円。


 そして、その日からなぜか臭いじぃさんが1人、僕についてくることになった。


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