3-7 じぃちゃんの最初の能力
僕たちは銀筋草を荷車へ載せ直し、出口へ向かった。牙鼠が戻ってくる可能性もあるため、来たときより足を速める。途中で見つけた壊れた木箱も忘れなかった。源蔵さんは木箱を荷車へ載せ、その上から縄をかけ、銀筋草を潰さないよう、位置を何度も調整する。
少し前なら、何も考えず上に置いていたと思う。
「上手になりましたね」
僕が言うと、源蔵さんは得意そうに胸を張った。
「わしは、元から荷物を積むのが上手い」
「最初は銀筋草を重ねましたよね?」
「あれは、どれくらい重ねても平気か調べたんだ」
「僕が止めなかったら、全部重ねるつもりでしたよね?」
「昔のことは思い出せない」
1時間もたっていない。
源蔵さんにとって、都合の悪い過去はすぐ昔になるらしい。
荷車には、銀筋草が29本。
所有者不明の壊れた木箱が1つ。
さらに牙鼠がつけた2本の歯形。
入ったときより荷物は増えたけど、源蔵さんは来たときより軽そうに荷車を引いている。
「重くありませんか?」
「全然重くない」
「木箱も載っていますけ‥‥‥」
「片手でも引けそうだ」
源蔵さんが片手を離そうとしたので、僕はすぐ止めた。
「両手で持ってください」
「これくらい大丈夫だ」
「さっき片手を離したから、荷車が動いたんです」
「あれは地面が悪い」
「荷車ではなく、地面のせいにするんですか?」
「傾いておっただろう?」
「源蔵さんが手を離さなければ動きませんでした」
「終わったことを、いつまでも言うな」
反省しているのか、していないのか分からない。たぶん、半分くらいは反省している。残りの半分は、牙鼠を荷車で持ち上げたことを少し格好いいと思っていると思う‥‥‥
出口へ近づくと、人の声が増えてきた。
第一採取区の再開を待っていた採取者たちが、次々に戻ってきているようだ。
籠いっぱいに植物を入れた人。
ほとんど採れず、空の袋を下げた人。
閉鎖中に増えた小さな魔獣を倒し、素材を運ぶ探索者。様々だった。
同じ場所へ入っても、持ち帰る物は違う。
その日の稼ぎも違う。
ダンジョンでは、努力したから必ず多く稼げるとは限らない。
植物が見つからない日もあるし、魔獣に邪魔される日もある。
今日の僕たちは運がよかった。
大岩の向こうに銀筋草があり、牙鼠に襲われても怪我をしなかったし、それを実力だけだと思ったら、次に同じ失敗するかもしれないし気をつけなきゃ‥‥‥
運がよかったことは、確かだ。出口の受付へ到着すると、職員のお姉さんが僕たちの荷車を見た。
「お帰りなさい。怪我はありませんでしたか?」
「ありません」
「ないぞ」
僕と源蔵さんの声が重なる。お姉さんの視線が、荷車の傷で止まった。
「入場時には、この傷はありませんでしたね」
持ち込む道具は、受付で状態を記録される。
魔獣に壊されたのか。
整備不良で壊れたのか。
危険な物へ触れたのか。
帰還後の傷から、ダンジョン内で起きたことを確認するためだ。
僕は、牙鼠に遭遇したことを説明した。
荷車の布に残った食べ物の匂いへ近づいてきたこと。
車輪が動いた音に驚き、突進してきたこと。
源蔵さんが荷車で防いだこと。
臭走草を見せると、牙鼠が逃げたこと。
途中で、お姉さんの目が少しずつ大きくなった。
「荷車で、牙鼠を持ち上げたんですか?」
「結果的にはな」
源蔵さんが胸を張った
「計画したわけではありません」
僕は付け足した。
そこは大事だ。
源蔵さんの説明だけを聞くと、荷車を使って牙鼠を捕獲する技を編み出したように聞こえる。実際には、前歯が刺さって抜けなくなっただけなんだ。
「高倉さん。怪我がないか、もう一度確認します」
「ないと言っておる」
「牙鼠の突進を受けたんです。念のためです」
受付の奥にある簡易検査室へ移動し、源蔵さんは腕や腰を調べられた。骨や筋肉に異常はない。
血圧は少し高かったが牙鼠に襲われた直後なので、仕方がないらしい。
僕も確認されたけれど、怪我はなかった。次に、お姉さんが源蔵さんの探索者証を機械へ通した。
経験値やレベルが変化すると、探索者証の情報も更新されるんだ。小さな画面へ、源蔵さんの新しい情報が表示された。
『高倉源蔵』
『レベル2』
そして、その下に今までなかった文字がある。
『補助能力――運搬補助』
「運搬?」
源蔵さんの声が低くなった。期待していたものと違うらしい‥‥‥
「剣術強化ではないのか?」
「違いますね」
「身体強化は?」
「表示されていません」
「魔法は?」
「ありません」
お姉さんは画面を確認しながら説明した。
運搬補助。
物を持ち上げる。
運んだり、支える。
荷崩れを防ぐ。
そうした行動を助ける能力らしい。
高位の探索者にも、荷物を運ぶ補助役が持つ例はある。ただし、多くは若いころから荷運びを続けた者や、運送職の適性を持つ者が得る能力だった。68歳で突然得る例は、かなり珍しいという。
「‥‥‥地味だな」
源蔵さんが、正直な感想を漏らした。
「いい能力だと思います」
僕が言うと、源蔵さんは画面を指さした。
「最強の探索者が、荷物持ちでいいのか?」
「いつ最強になったんですか?」
「これからなる予定だ」
「予定だけは立派ですね」
「運搬では、魔獣を倒せんぞ」
「倒さなくていいじゃないですか」
僕は本気でそう思った。僕たちは魔獣を倒すためにダンジョンへ入っているわけではない。
植物を採る。
道具を運ぶ。
壊れた物を直す。
無事に帰る。
そのためなら、運搬補助は十分役に立つ。
僕は背が低く、力も弱い。採った植物をたくさん持ち帰りたくても、背負える量には限界があった。
源蔵さんが運んでくれれば、僕は植物を探すことへ集中できる。
戦うための能力ではないが僕たちの仕事には合っていと思う。
「僕には、源蔵さんが必要なんです」
考えていた言葉が、そのまま口から出た。源蔵さんが動きを止める。
お姉さんも、僕を見た。
急に恥ずかしくなった。
「荷物を運ぶ人として、です」
慌てて付け足した。
「そこを付け足す必要があるのか?」
源蔵さんが不満そうに言う。
「‥‥‥」
「素直に、わしが必要だと言えばいいだろう」
「調子に乗るので嫌ですし‥‥‥」
「もう聞いたから遅い!」
源蔵さんは、さっきまで地味だと言っていた運搬補助を、急に気に入ったらしい。探索者証を大切そうに財布へ戻した。検査室を出ると、千代さんと棟吉さんが待っていた。
2人は外の廃棄物置き場で、直せそうな物を探していたらしい。
千代さんの足元には泥だらけの防具。
棟吉さんの横には、脚が1本取れた折り畳み椅子。
ほかにも、穴の開いた袋や、柄の折れた小さな鎚が積まれていた。
「ずいぶん集めましたね」
「使えそうな物だけだよ」
千代さんが荷車へ近づき、牙鼠の歯形を見つけた。
「あら。この荷車、今朝はきれいだったわよね?」
源蔵さんが目をそらす。
「少し、事故があったんだ」
「何をしたんだい?」
「鼠が噛んだ」
「鼠?」
千代さんの声が低くなった。
「せっかく洗って、直して、検査まで通した荷車を?」
「噛んだのは、わしではない!」
「当たり前だよ!」
棟吉さんも傷をのぞき込み、指で板を叩いた。
「これは直るよ」
「本当ですか?」
「裏へ板を当てればいい。前より丈夫になるぞ」
源蔵さんと同じ判断だった。
「ほら、直ると言っておる」
「直せるから壊していいわけじゃないよ」
千代さんに叱られ、源蔵さんが小さくなった。牙鼠の前には立てても、千代さんには逆らえないらしい‥‥‥
僕は荷車に載せた29本の銀筋草を見た。その隣には、壊れた木箱があった。
足元には、千代さんと棟吉さんが見つけた廃棄物。
ダンジョンの中で採る物。
外で拾う物。
洗う人。
直す人。
料理する人。
運ぶ人。
1人では、どれも大した仕事にはならないかもしれないけど、みんなの仕事をつなげれば、壊れた物がもう一度使えるようになる。
売れなかった植物も、食べられる料理になるし、戦えない人間でも、経験値を得られる。
源蔵さんが最初に得た能力は、派手な力ではなかったけれど、ただ物を運ぶための、地味な能力だ。
それでも僕は、この能力が外れだとは思わなかった。
1人では持てない物も、源蔵さんとなら持ち帰れるし、僕が歩けなくなったときには、もしかしたら僕まで運んでくれるようになるかもしれない。
「ところで、源蔵」
千代さんが腕を組んだ。
「その荷車は、誰が直すんだい?」
「わしと棟吉で直す」
「洗い直すのは?」
「千代だ」
「どうして私まで決まっているんだい?」
「仲間だからだ」
源蔵さんが堂々と答える。千代さんの眉が上がった。
「便利な言葉として使うんじゃないよ!」
源蔵さんは荷車を引き、逃げるように歩き出した。
29本の銀筋草。
壊れた木箱。
山ほどの廃棄物。
それだけ載せても、荷車は軽そうに進んでいく。
「おい、樹。帰るぞ!」
少し先から、源蔵さんが僕を呼ぶ。
「待ってください!」
僕も、そのあとを追った。源蔵さんの最初の能力は、『運搬補助』。
このときは、まだ荷車1台分の物しか運べなかったが、その力はこれから少しずつ育っていくかもしれない。
荷物だけではない。
居場所を失った人。
自分には何もできないと思っている人。
生きることを諦めかけた人。
いつか源蔵さんは、そんな人たちまで背負うことになる。
ただし、本人はまだ知らない。
今は千代さんに叱られながら、壊れた荷車を引いているだけだった。




