表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦えない僕は植物図鑑で生き延びる  ~じぃちゃん、いつの間にか最強になってた~  作者: とも


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/25

3-6 僕を守った経験値

 牙鼠が逃げたあとも、僕たちはしばらくその場から動かなかった。すぐに追ってくる可能性もある。

 仲間を連れて戻るかもしれないし、僕は臭走草の黒い実を握ったまま、大岩の隙間へ目を向けていた。

 聞こえるのは、水滴が落ちる音と荷車の車輪が、かすかにきしむ音。

 そして、僕と源蔵さんの荒い呼吸。

 魔獣の足音は、もう聞こえなかった。

「本当に行ったのか?」

 源蔵さんが、小さな声で尋ねた。

「たぶん‥‥‥」

「たぶんか」

「絶対とは言えませんよ」

「もう少し自信を持ってくれ」

「ダンジョンで絶対と言う方が危ないんですから‥‥‥」

 源蔵さんは大きく息を吐き、荷車の横へ腰を下ろした。

 膝が震えていた。

「怖かったんですか?」

 僕が尋ねると、源蔵さんは信じられないものを見るような顔をした。

「当たり前だろう?」

 大声が洞窟へ響き、源蔵さんは慌てて自分の口を塞いだ。今ので、ほかの魔獣が寄ってきたら困る。

 僕も周囲を確認したけれど、新しい気配はない。

「源蔵さんも怖かったんですね」

「わしを何だと思っておる」

「牙鼠を荷車で持ち上げる人です」

「あれは、ほかに方法がなかっただけだ」

 源蔵さんは自分の両手を見た。指先がまだ少し震えている。大岩を動かしたときと違い、今回は力を出す時間が長かった。

 牙鼠がぶつかってきた瞬間には、かなりの衝撃もあったはずだ。僕は源蔵さんの腕や足を確かめた。

 防具に傷はないし、転んでもいない。

 掌も切れていなかった。

「腰は?」

「今のところは痛くない」

「膝は?」

「震えておるだけだ」

「頭は?」

「元から問題ない!」

 元から問題があるとは言っていない‥‥‥

 怒鳴れるくらいなら、大きな怪我はないらしい。僕は少し安心し、今度は荷車を調べた。

 牙鼠の前歯が刺さった板には、2本の深い傷が残っている。片側には短いひびも入っていた。

 車輪と軸は無事だった。出口まで植物を運ぶことはできそうだ。

「これ、直せますか?」

 僕が傷を指さすと、源蔵さんは顔を近づけた。

「裏から板を当てれば直る。木継ぎ苔が残っておっただろう。それを使えば、前より丈夫になるかもしれんよ」

「よかった‥‥‥」

「まず、わしの心配をせんか」

「さっき確認しましたよ」

「もっと心を込めてだ」

「‥‥‥」

「口に出せと言っておる!」

 そう言われると困るが本当は、ずっと言わなければと思っている言葉があった。

 助けてくれて、ありがとうございます。

 たったそれだけ‥‥‥

 簡単な言葉なのに、なかなか口から出てこない。これまで僕は、自分でできることは自分でしてきた。

 誰かに助けを求めれば、その分だけ迷惑をかける。

 迷惑をかければ、いつか嫌われる。

 両親を亡くしたあと、そんなふうに考えるようになっていた。

 宿舎の職員は親切だった。

 困ったことがあれば相談してと言ってくれた。

 それでも、どこまで頼っていいのか分からなかったし、僕だけを特別に助けてもらうことが、申し訳なかった。だから、平気なふりをした。

 食べる物が少なくても。

 1人で眠る夜が寂しくても。自分は大丈夫だと、何度も言い聞かせた。

 助けられることに慣れていない。

 ありがとうと言えば、自分が1人では何もできなかったと認めるようで、少し怖い。けれど、今日は本当に1人では何もできなかった。

 僕の足は動かなかったし、臭走草も投げられなかった。源蔵さんが前へ立ってくれなければ、噛まれていたかもしれない‥‥‥

「どうして、逃げなかったんですか?」

 僕は荷車の傷を見ながら尋ねた。源蔵さんは、すぐには答えなかった。

「逃げようとは思った」

「思ったんですか?」

「当たり前だ。あの鼠だぞ」


 初めて会った日。

 源蔵さんは、簡単に魔獣を倒して稼げると思っていた。新品の防具を身につけ、新品の短剣を持ち、初めてダンジョンへ入った。けれど、実際には一番弱い牙鼠からも逃げることしかできなかった。

 自分の体が、思うように動かない。

 昔と同じことができない。

 その事実を、牙鼠に突きつけられたのだと思う。源蔵さんにとって、牙鼠はただの弱い魔獣ではない。

 自分が年を取ったことを、嫌というほど思い知らせた相手だった。

「足が動かなくなりかけた」

 源蔵さんは、自分の膝を軽く叩いた。

「また、腰を抜かすかと思った」

「それなのに、前へ出たんですか?」

「逃げたら、後ろにお前がおった」

 源蔵さんは、それだけ言った。

 特別な決意をしたわけではないらしい。

 怖くなくなったわけでもない。

 僕を守れる自信があったわけでもない。

 後ろに僕がいた。逃げれば僕が襲われると思い前へ出た。

 それだけだった。

「初めて会った日は、僕が助けました」

「そうだ」

「だからですか?」

「今日は、わしの番だ」

 当然のように言われ、胸の奥が苦しくなった。お父さんとお母さんが亡くなってから、僕を守るために魔獣の前へ立つ人はいなかった。いなくて当然だった。僕には、もう両親がいない。自分の身は自分で守るしかないとずっとそう思ってやってきた。


 でも、今日は源蔵さんが僕の前へ立った。

 本当のおじいちゃんではないけれど、血もつながっていないし、一緒に暮らし始めたばかりの、勝手で、口が悪くて、ときどき耳が都合よく遠くなる老人だ。

 だけど‥‥‥僕を守っってくれた。

「ありがとうございます」

 やっと言えた。声にした瞬間、胸の奥につかえていたものが少しだけ軽くなった。源蔵さんは返事をしなかった。ただ、僕から顔をそらし、荷車の傷を指でなぞった。

 白い髪の間から見える耳が、少し赤かった。

「聞こえましたか?」

「聞こえておる」

「なら、返事をしてくださいよ」

「礼を言われるためにしたんじゃない」

「でも、僕、言いたかったので‥‥‥」

 源蔵さんの耳が、さらに赤くなった。

 照れているらしい。

 僕は少しだけ笑いそうになった。

「今度は、腰が抜けませんでしたね」

「なぜ最後にそれを付け足す!」

「大きな成長です」

「もっと格好よく褒められんのか!」

「荷車の使い方もよかったです」

「わし自身を褒めろ!」

 いつもの調子で言い合える。それだけで、無事だったのだと実感できた。

 そのとき‥‥‥

 荷車の傷へ触れていた源蔵さんの動きが止まった。

「どうしました?」

「声が聞こえた」

「経験値ですか?」

 源蔵さんが目を閉じ、頭の中へ響いた言葉を確かめる。


 《仲間を守りました》

 《経験値を0.5獲得しました》


 僕は驚いた。

 採取籠を作ったときは0.1。

 採取鍬を直したときは0.05。

 それらより、ずっと多かった。源蔵さんは牙鼠を倒していないし、短剣も抜かなかった。

 荷車で突進を防ぎ、僕を守っただけだ。

 それでも経験値を得た。

「魔獣を倒さなくても、経験値が入るんですね」

 経験値は、魔獣を倒した者へ与えられる。それが、この世界の常識だった。

 けれど、僕は植物を採ることで経験値を得た。

 源蔵さんは道具を直して得た。

 千代さんは洗って得た。

 棟吉さんは木の杖を直して得た。

 芳江さんは料理で得た。

 そして今、源蔵さんは僕を守って得た。

 経験値は、何かを倒した証ではないのかもしれない。

 誰かの役に立った証。

 自分の仕事を果たした証。

 ダンジョンは、人間が考えているより、ずっと多くの行動を見ているのかもしれない‥‥‥

「まだ続きがある」

 源蔵さんが言った。


 《必要な経験値に達しました》

 《高倉源蔵のレベルが上がりました》

 源蔵さんは、自分の両手を見つめた。

 大岩を動かした手。

 牙鼠の突進を受け止めた手。

 見た目は何も変わっていない。

 節が太く、細かい傷の残る、68歳相応の手だ。

「若返っておらんか?」

 源蔵さんが期待した顔を僕へ向けた。僕は源蔵さんの顔をよく確かめた。

 白い髪。

 額のしわ。

 目尻のしわ。

 少し垂れた頬。

「残念ながら、かわりませんね」

「しわが1本くらい減っておらんか?」

「今、顔をしかめたので増えたかもしれません」

 源蔵さんは慌てて眉間を指で伸ばした。レベルが上がっても、年齢は下がらないらしい‥‥‥

 けれど、変わったものは確かにある。

 初めて会った日、牙鼠から逃げていた源蔵さんが、今日は僕を守った。強くなるということは、魔獣を倒せるようになることだけではない。

 怖くても、足が震えていても誰かのために前へ出られるようになった。それも、強くなったということなのだと思う。

 僕は荷車の銀筋草を並べ直した。

 29本とも無事だ。

 隣では源蔵さんが、まだ自分の両腕を眺めている。

 僕たちは大岩を動かしたときより、少しだけ変わっていた。

 その変化が何なのか?このときは、まだ分かっていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ