3-2 岩の向こうの銀筋草
第一採取区へ入ってすぐ、僕は違和感に気づいた。なんか、草が少ない気がするし‥‥‥
まったく生えていないわけではないんだけれど‥‥‥
壁際には小さな葉が顔を出し、岩の割れ目にも細い茎が伸びている。だけど、買い取り対象になる大きさまで育った植物が、ほとんど見つからなかった。
理由は、地面を見れば分かる。
土の表面に、採取鍬を差し込んだ跡がいくつも残っていたんだ。
「先に採られていますね」
「まだ、朝だぞ」
源蔵さんが不満そうに周囲を見回した。
「再開を待っていた採取者は、僕たちだけではありませんからね」
第一採取区は、戦えない採取者や新人でも入れる場所だ。再開初日となれば、普段より多くの人間が集まっていた。入り口に近く、見つけやすい植物から採られてしまうのは当然だった。僕は地面へしゃがみ、土の状態を確かめた。
掘り返された土は、まだ湿っている。採取されてから、それほど時間はたっていないようだ。その周りには、銀筋草の小さな芽が何本か残されていた。
「これは採らないのか?」
源蔵さんが指をさす。
「まだ小さすぎます」
「小さくても、銀筋草なんだろう?」
「今採っても、買い取り価格はほとんど付きませんし、それに全部なくなったら次に来たとき採れなくなります」
採取者の仕事は、見つけた植物をすべて持ち帰ることではない。育ちきった物を選び、根や周りの芽を傷つけないように次に生える分を残す。
それを守らなければ、一時的に稼げても、いずれ採取できる場所そのものがなくなってしまうんだ。お父さんとお母さんの図鑑にも、植物の効能より先に書いてある言葉があった。
『採りすぎないこと』
両親が何度も書き直したのか、その部分だけ文字が濃くなっている。
「草にも、採り時があるんだな」
「ありますよ。人間だって、子どものうちから働かせすぎたら大きくなれないでしょう?」
源蔵さんが僕を見る。頭の先から足元まで、ゆっくりと‥‥‥
「お前は働きすぎたから小さいんだな」
「違います」
「なら、もっと飯を食え」
「今は草の話をしています」
源蔵さんは納得していない顔をしていた。入口近くで粘っても、籠はいっぱいにならないので、僕たちは、人の少ない脇道へ進むことにした。
通路の壁には、閉鎖中の調査で付けられた白い印が残っている。安全を確認した場所は丸。崩落のおそれがある場所には三角。立ち入り禁止の道には、大きな赤い線だ。
僕は印を1つずつ確認しながら歩いた。
以前なら通れた道にも、縄が張られている場所がある。奥から逃げてきた鎧穴熊が暴れ、壁や地面を傷つけたらしい。
「ずいぶん荒れておるようだな」
源蔵さんの声が、少し低くなる。荷車の車輪が、小さな石を踏んだ。
ごとり、と音が洞窟の奥へ響く。
僕は足を止め、耳を澄ませた。
水の落ちる音。
遠くで何かが土を引っかく音。
人間の話し声は聞こえない。
危険な魔獣の気配も、今のところ感じなかった。
「ゆっくり進んでみましょう」
「何かおるのか?」
「分かりません。分からないときは、急がない方がいいです」
源蔵さんも足音を小さくした。牙鼠から逃げていたころなら、こうはならなかったと思う。
今の源蔵さんは、僕の話を全部理解しているわけではないけど、分からないときには勝手に進まず、僕を見るようになった。少しだけ、採取者らしくなっている。
脇道を曲がったところで、壊れた木箱を見つけた。
蓋が外れ、中には泥の付いた布が入っていて、金具の一部には、まだ新しい傷が残っていた。
源蔵さんが荷車を止める。
「直せそうだな」
「触らないでください」
「拾わん。見るだけだ」
源蔵さんは両手を背中へ回し、木箱をのぞき込んだ。ダンジョン内に落ちている物が、すべてゴミとは限らないんだ。
持ち主が魔獣から逃げる途中で、仕方なく置いていった可能性もあるし‥‥‥
所有者が分からない物は、出口の遺失物受付へ届ける決まりになっている。一定期間を過ぎても持ち主が現れなければ、そこで初めて廃棄物として扱われるんだ。
「札を付けておきます」
僕は回収地点を書いた札を、木箱の取っ手へ結んだ。帰りに荷車へ載せ、受付へ届けるつもりだ。
「捨てた物だったら、もらえるのか?」
「持ち主が放棄して、安全確認が終わればね」
「直せば使えそうなんだがな」
「だからこそ、勝手に持っていったら駄目なんです」
源蔵さんは名残惜しそうに木箱を見たあと、荷車を動かした。さらに奥へ進むと、道の真ん中を大きな岩が塞いでいた。
僕の胸くらいまでの高さがあった。閉鎖前にはなかった岩だ。天井から落ちたらしく、周囲には砕けた石が散らばっていた。
荷車が通れる隙間はない。
「引き返しますか?」
「待て」
源蔵さんが岩の前へ出た。
「動かすつもりですか?」
「少し横へずらせば、荷車が通れる」
「無理ですよ。こんなに大きいのに‥‥‥」
僕が両手で押してみても、岩は少しも動かなかった。表面に付いた砂が落ちただけだ。
源蔵さんは腰を落とし、岩の下側へ手をかけた。
「腰を痛めますよ」
「持ち上げるんじゃない。転がすんだ」
工場では、重い機械や材料を動かすことがあったらしい。力任せに持ち上げず、重さのかかる場所を見つける。
岩と地面の隙間へ小石を挟み、動きやすい方向へ少しずつ押す。源蔵さんは岩の形を確かめながら、足の位置を変えた。
「樹。危ないから下がっておれ」
「本当にやるんですか?」
「荷車を置いていく方が面倒だからな」
源蔵さんが、岩へ肩を当てた。
腕だけではなく、曲げた足を伸ばす力まで使って押す。
最初は何も起きなかった。
源蔵さんの靴が土へ沈み、額に太い血管が浮かぶ。
やっぱり無理だよ‥‥‥そう思った直後。
ごりっ。
岩の下から、低い音がした。
「動きました?」
「まだだ」
「今、動きましたよ」
「まだ、ほんの少しだけだ!」
源蔵さんが、もう一度力を込める。
岩が傾いた。
下に挟まっていた石が割れ、巨大な岩が半回転する。僕は慌てて、さらに後ろへ下がった。
岩は道の端まで転がり、壁へぶつかって止まった。
荷車1台が、どうにか通れる幅ができていた。
源蔵さんは岩から手を離し、ゆっくりと腰を伸ばした。
「ほら、通れるぞ」
「どうやったんですか?」
「普通に押した」
「それは見ていましたけど‥‥‥」
「なら、聞くな」
源蔵さんは平然と答えたけれど、僕には妙な感じが残った。確かに、岩は丸みを帯びていた。下に小石を挟み、動きやすい方向へ押してもいた。
それでも、68歳の老人が1人で動かせる大きさには見えない。
「腰は痛くありませんか?」
「大丈夫だ」
「腕は?」
「なんともない」
源蔵さんは、むしろ自分の手を不思議そうに眺めていた。
道具を直す。
籠を作る。
荷車を修理する。
そうした仕事をするたび、源蔵さんは少しずつ経験値を得ていた。その積み重ねが、体へ何か変化を与えているのかもしれない。だけど今は、確かめる方法がない。
僕たちは岩の横を通り、道の先へ進んだ。
そこだけ空気が少し湿っていた。
落ちた岩が壁から流れる水をせき止め、土に水分が残っていたらしい。
薄暗い地面に、細長い葉が何本も伸びている。
葉の中央を走る、銀色の筋。
「銀筋草です」
僕は思わず、声を小さくした。数えてみると、全部で38本あった。
大きく育った物が29本で、残りは、まだ採るには早い。
僕は採取鍬を取り出し、最初の1本の周りから慎重に土を崩した。
根を切らないように指を入れ、そっと引き抜く。
《銀筋草を採取しました》
《経験値を0.01獲得しました》
久しぶりに聞く声だった。手の中の銀筋草は、傷1つなく、まっすぐに伸びていた。
「源蔵さん」
「なんだ?」
「29本、採れます」
「全部、わしが運んでやる」
「残りの9本は採りませんよ」
「分かっておる。次の分だろう?」
源蔵さんはそう言って、荷車の上へ布を広げた。
僕が見つけ、僕が採る。源蔵さんが、傷つかないように並べて運ぶ。
閉鎖される前にはなかった、僕たちの仕事の形だった。
岩の向こう側で、銀筋草の葉が静かに揺れている。
僕は次の1本へ採取鍬を入れた。
その間も、道の端へ転がされた大岩のことが、ずっと頭から離れなかった。
あとで受付の職員に聞いたところ。
あの岩は、調査員の大人4人でも動かせなかった物らしいんだ‥‥‥




