3-1 92点の探索者
第一採取区の再開が決まった翌朝。
僕たちは、いつもより早く共同住宅を出た。今日は、僕と源蔵さんだけではなかった。
千代さんと棟吉さんも一緒だった。4人分の足音が、まだ人通りの少ない道に響く。
空は薄い灰色で、山の上には朝霧が残っていた。高尾山ダンジョンへ近づくにつれて、閉鎖中には見なかった荷車や探索者の姿が増えていった。
武器を確かめる人。
仲間と地図を広げる人。
買い取り所の前で、空の木箱を積み上げる商人。
入り口の周りには、ようやく元の活気が戻り始めていた。ただし、再開したのは第一採取区だけだ。
鎧穴熊が逃げてきた奥の区画は、まだ調査が続いている。新しく見つかった通路も封鎖されたままだった。立ち入りが許されているのは、入り口に近い安全確認済みの範囲だけ。
それでも、僕にとっては久しぶりの仕事場だ。
「やっと草を取りに行けます」
僕が入り口を見上げると、源蔵さんが隣で大きくうなずいた。
「今日はたっぷり稼ぐぞ!」
「源蔵さんは、採るより運ぶ係です」
「分かっておる。たっぷり運ぶぞ」
源蔵さんは、僕たちで直した小さな荷車の持ち手を握り直した。壊れた車輪を交換し、緩んでいた板を打ち直した荷車だ。検査にも合格しているので、ダンジョン内へ持ち込める。
新品ではないし、傷も残っている。それでも、捨てられていたときよりずっと立派になった。その後ろでは、千代さんが大きな布袋を背負い、棟吉さんが工具箱を持っている。
「では、行きましょうか」
千代さんが言う。
「待ってください」
僕は足を止めた。
入り口の受付へ続く列は、探索者用と作業者用に分かれている。植物を採取する僕は、見習い採取者証がある。源蔵さんも、以前に探索者証を作っていた。だけど、千代さんと棟吉さんが同じように入れるとは限らない。
「2人とも、ダンジョンへ入る資格は持っていますか?」
千代さんが布袋を下ろした。
「昔、取ったはずだけどねぇ?」
財布の中から出てきた探索者証は、角が擦れて白くなっていた。写真に写っている千代さんも、今より少しだけ若い。
有効期限を見る。
9年前に切れている。
「これは使えません」
「あら‥‥‥」
千代さんは目を細めて、探索者証を遠ざけた。
「字が小さくて見えなかったわ」
「字の大きさの問題ではありません」
一方、棟吉さんが出したのは、探索者証ではなかった。
『ダンジョン周辺施設・建築作業技能証』
ダンジョンから出た木材や石材を、建物の修繕に使うための資格らしい。
「これなら入れるだろう?」
「入れませんよ」
「同じダンジョンの証明書だぞ」
「これは外の建物を直す資格です」
棟吉さんは技能証を裏返した。
裏を見ても、探索区域へ入れるとは書いていない。
「昔は、これで入れたんだが‥‥‥」
「昔というのは何年前ですか?」
「25年ほど前だ」
「今は、安全のため規則が変わっていますから」
受付の前まで来たところで、職員のお姉さんにも確認してもらった。結果は、予想どおりだった。
千代さんは健康診断と再講習が必要で棟吉さんは、作業者として入るための同行許可が必要だった。
2人とも、今日はダンジョンへ入れない?
「せっかく早起きしたのにねぇ」
千代さんは残念そうだったけれど、無理に受付を通ろうとはしなかった。ダンジョンでは、ちょっとした見落としが怪我につながる。
年齢が高ければ、転んだだけでも大きな怪我になることがあるし、手続きが面倒なのは、入る人間を困らせるためではない。無事に帰ってくるために必要なことなんだ。
「なら、わしらは外の廃棄物置き場を見てくる」
棟吉さんが言った。
ダンジョンの外には、回収された不要品を一時的に集める場所がある。持ち主が所有権を放棄し、安全確認を終えた物だけが置かれている。そこなら探索者証がなくても、許可を取れば仕分けを手伝える。
「何か直せそうな物があれば、取っておいてください」
僕が頼むと、千代さんが笑った。
「任せて。洗えば使えそうな物は、私が見つけておくよ」
「木なら、わしが見る」
「怪しいものは素手で、触らないようにしてくださいね。あと、勝手に持ち帰らないでくださいね」
「分かっておる」
棟吉さんは、源蔵さんと同じ返事をした。
少し不安だ‥‥‥
2人と別れ、僕と源蔵さんは探索者用の受付へ並んだ。僕の手続きは、すぐに終わった。
問題は源蔵さんだった。
受付のお姉さんが探索者証を機械へ通すと、画面に黄色い文字が表示された。
「高倉さん。再開後の入場には、安全確認講習の修了が必要です」
「受けたぞ」
「確認試験の点数が足りていません」
「そんなはずはない。ほとんど正解したはずだぞ」
「85点です。合格は90点以上になります」
源蔵さんの眉間に、深いしわが寄った。
「5点くらい、おまけできんのか?」
「ダンジョンの安全規則に、おまけはありません」
源蔵さんは、受付横の講習室へ連れていかれた。僕は荷車と一緒に、外の長椅子で待つことになった。
講習室の扉越しに、係員の声がかすかに聞こえる。
再開した区画から出ないことや新しい亀裂や通路を見つけても、勝手に入らないこと。見慣れない魔獣や植物を見つけた場合は、距離を取って職員へ知らせること、などだ。
どれも、一度聞けば当たり前に思えるがダンジョンでは「少しくらいなら大丈夫」という考えが一番危険だ。両親も、戦おうとしたわけではなかった。逃げる判断もしていたはずだ。
それでも、無事には帰れなかったんだ。だから僕は、決まりを窮屈だとは思わない。
守れる決まりがあるなら、守った方がいい。30分ほどして、講習室の扉が開いた。源蔵さんが紙を握って出てきた。
「どうでした?」
「当然、合格だ」
紙を見せてもらう。
92点。合格点より、2点高かった。
「危なかったですね」
「余裕だ」
「2点しか余っていませんけどね‥‥‥」
「2点も余っておる」
源蔵さんは胸を張り、荷車の持ち手を握った。受付のお姉さんが、僕たちへ通行札を渡す。
「第一採取区から先へは行かないでください。異変を感じた場合は、必ずすぐに引き返してください」
「はい」
「分かった」
ようやく、入り口の扉が開いた。冷たい空気が、洞窟の奥から流れてくる。
湿った土。
岩に染み込んだ水。
どこか青臭い植物の匂い。
閉鎖されていたのは数日だけなのに、ずいぶん長く離れていたように感じた。僕は荷車を引く源蔵さんと並び、薄暗い道へ足を踏み入れた。久しぶりのダンジョンは、以前と同じように見えた。
だけど、草の生える場所も魔獣の通る道も落ちている物の意味も閉鎖される前と、全部同じとは限らない‥‥‥
「源蔵さん」
「なんだ?」
「今日は、いつもより慎重に行きますよ」
「分かっておる」
「僕より先に行かないでください」
「分かっておる」
「知らない物を勝手に拾わないでください」
「分かっておる」
同じ返事を3回聞くと、余計に不安になってきた。僕は両親の植物図鑑が入った袋を確かめ、第一採取区へ続く道を進んだ。今日の目的は、草を採ること。
そしてもう1つ‥‥‥
閉鎖されていた間に、ダンジョンがどう変わったのかを確かめることだった。




