2-4 ゴミに値段がついた日
翌朝。
僕たちは、修理した荷車を押して高尾山ダンジョンへ向かった。荷台には、芳江さんが縫った防水袋を載せている。
行きは荷車が使えるから、昨日よりずっと楽だった。
「やっぱり、楽ですね」
「当たり前だ。わしが直したんだからな」
「昨日は、僕たちが担いで帰ったんですよ」
「あれは必要な苦労だったんだ」
「持ち帰る前に直せばよかったのでは?」
「工具がなかったからな」
「運ぶ方法は考えていませんでしたよね?」
「朝から細かいことを言うな!」
ダンジョンは、今日も閉鎖されていた。門の前には、昨日より多くの職員が集まっている。第3区画で見つかった亀裂の調査がまだ、続いているらしい。
再生品の検査所は、買い取り所の隣にあった。中へ入ると、壁際に修理された武器や防具が色々と並んでいる。
受付にいたのは、白髪を短く刈った男性だった。
年齢は源蔵さんと同じくらいかな‥‥‥
分厚い眼鏡をかけ、片方の手には革の手袋を着けている。
名札には『検査員 柴崎宗一』と書かれていた。
「検査をお願いします」
僕が言うと、柴崎さんは荷車を見た。
「誰が直した?」
「わしだ」
源蔵さんが胸を張る。
「素人か」
「工場で40年以上、機械を組み立てておった」
「荷車の修理経験は?」
「ないが‥‥‥」
「なら、素人と一緒だ」
源蔵さんの眉が動いた。
「見れば分かる。車軸は曲がっておらん。車輪も固定した」
「それを決めるのは、あんたじゃない。検査する俺だ」
2人の間の空気が、急に悪くなった。
「源蔵さん。検査してもらいましょう」
「最初から、そのつもりだ」
「なら、にらまないでください」
「にらんでおらん」
十分にらんでいるように見える。
柴崎さんは、荷車を検査台へ載せた。車輪を回し、軸の音を聞き、荷台を裏返し、当て板やねじの位置を確認する。
源蔵さんが短剣の留め具から作った金具を見て、片方の眉を上げた。
「この金具は?」
「短剣の部品を削った」
「用途外の部品だな」
「強度は足りておるよ」
「それは測ってから決める」
柴崎さんが、荷台へ重りを載せ始めた。
10キロ。
20キロ。
30キロ。
荷車は壊れない。
50キロを超えると、車輪から小さな音が鳴った。
「ほら、音がしたぞ」
柴崎さんが言う。
「車輪は回っておる」
「今はな」
さらに重りが載せられる。
合計80キロ。
荷台は壊れなかった。
だけど、片方の車輪がわずかに傾いていた。
柴崎さんは車軸を測り、検査表へ何かを書き込む。
「不合格だ」
源蔵さんの顔が固まった。
「なぜだ?」
「荷重をかけると、右の車輪が外側へ3ミリ傾く。このまま長く使えば、固定金具が削れて外れる」
「3ミリ‥‥‥」
「荷車を押しているときに車輪が外れれば、積み荷が崩れる。坂道なら人を巻き込む」
源蔵さんは黙った。
高尾山の周辺には坂道が多い。
採取物を満載した荷車が途中で壊れれば、大きな事故になる。
「直せますか?」
僕が聞く。
「車軸と車輪の間に、薄い座金を入れれば傾きは抑えられる。ただし、普通の鉄ではすぐに削れる」
「何を使えばいい?」
源蔵さんが聞く。
柴崎さんは、少し考えてから答えた。
「角岩蜥蜴の薄鱗だ。硬くて摩擦に強い。大きな物は防具に使われるが、小さな欠片なら廃棄物置き場にある」
「ゴミで直せるんですね」
「そのための再利用制度だ」
源蔵さんは、不合格の札が付けられた荷車を押して、検査所を出た。
さっきまでの勢いがない。
「落ち込みましたか?」
「落ち込んでおらん」
「声が小さいですよ」
「腹が減っただけだ」
「朝ご飯を3杯食べましたよね?」
「検査で頭を使ったからな」
検査をしたのは、柴崎さんだ。
僕たちは、そのまま廃棄物置き場へ向かった。
角岩蜥蜴の素材が捨てられているのは、魔獣素材の箱だった。大きな鱗は買い取ってもらえる。
でも、割れたり小さすぎたりした物は値段が付かず、捨てられていた。箱の中を探すと、薄い灰色の欠片がいくつも見つかった。
どれも爪ほどの大きさしかない。
「これで足りる」
源蔵さんが3枚を選んだ。
「すぐ直しますか?」
「作業室へ戻ってからだ」
そのとき、僕は素材箱の隅に白い物が挟まっているのを見つけた。
細長い葉。
先端だけが赤い。
根の付いた、小さな草だった。
鱗へ絡みつき、そのまま一緒に回収されたらしい。
どこかで見た形だったけど‥‥‥
僕は持ってきていた植物図鑑を開く。後ろの方のページに‥‥‥
お父さんが描いた絵と、目の前の草を見比べた。
『裂道草』
『ダンジョンの壁に新しい亀裂が生じたとき、その周辺に発生する』
『根は魔力の濃い方角へ伸びる』
そして、その下には、お母さんの赤い文字。
『裂道草を見つけても、根の伸びる先へ進んではいけない』
『そこは、昨日まで存在しなかった道かもしれない』
「源蔵さん」
「今度はなんだ?」
「これを拾った場所が知りたいです」
裂道草を見せると、源蔵さんの顔から落ち込んだ様子が消えた。僕たちは受付のお姉さんを呼んだ。
お姉さんは草を見ると、すぐに回収記録を確認してくれた。
「この箱に入っている素材は、今朝、第3区画から運ばれたものですね」
「角岩蜥蜴は、どこで倒されたんですか?」
「第3区画西側。新しく見つかった亀裂の近くです」
「なら、亀裂の向こうに道があります」
「間違いありませんか?」
「図鑑には、そう書かれています」
僕は、お父さんとお母さんの記録を見せた。お姉さんは図鑑を読み、すぐに通信機を取り出す。
「管理局へ連絡します。第3区画西側の壁を再調査。壁を壊さず、魔力測定を優先してください」
連絡を終えたお姉さんが、僕を見る。
「小森君。この草を預かってもいいですか?」
「はい。でも、図鑑は渡せませんよ」
「必要なページだけ、ここで写させてください」
それならいいや‥‥‥
図鑑は、僕に残された大切な物だから。
その日の午後。
僕たちは共同住宅へ戻り、荷車の修理をやり直した。角岩蜥蜴の薄鱗を丸く削り、車軸と車輪の間へ挟んだ 車輪の傾きがなくなるまで、何度も厚さを調整した。
「これでどうですか?」
僕が荷台を押す。
前よりも車輪の音が静かになっていた。
「明日、もう1度検査だ」
源蔵さんは、それ以上何も言わなかった。
翌朝。
再び検査所へ荷車を持ち込んだ。柴崎さんは、前回と同じように荷台へ重りを載せた。
30キロ。
50キロ。
80キロ。
右の車輪は傾かない。
荷車を坂のある検査路で何度も往復させても、金具は削れなかった。柴崎さんが、検査表へ印を押す。
『再生品・安全確認済み』
「合格だ」
源蔵さんの顔が、少しだけ緩んだ。
「当然だ」
「昨日は不合格だった」
「昨日は昨日だ」
「昨日から1日しかたっていないぞ」
「昔のことを、いつまでも言うな」
同居申請でも、同じようなことを言っていた。
荷車の再生品価格は、2200円。
防水袋は、300円。
手数料を引き、僕たちが受け取ったのは合計2000円だった。
源蔵さんが1000円。
僕が700円。
芳江さんが300円。
「僕は700円も受け取れませんよ」
「危険物と植物を見分けただろう」
「荷車を直したのは、ほとんど源蔵さんです」
「ねじを3本選んだ」
「1本は間違えました」
「なら、その分は引いてある」
本当に引いたのだろうか。
芳江さんも、自分の300円を見ていた。
「布を縫っただけで、こんなに?」
「それを買う人がいたからです」
僕が答えると、芳江さんは少し黙った。
「次に拾ってきたら、また縫ってやるよ」
「飯を作る時間はあるのか?」
源蔵さんが聞く。
「私が決めることだよ」
「無理はするな」
「源蔵にだけは言われたくないね」
僕たちは、売店で米と卵、それから少しだけ肉を買った。
2000円のほとんどは、3日分の食材でなくなった。
魔獣を倒して稼ぐ探索者と比べれば、わずかなお金だ。
それでも‥‥‥
捨てられていた荷車が、米になった。
破れていた布が、卵になった。
使えないと思われた物が、僕たちの夕食になった。
共同住宅へ戻る途中、受付のお姉さんが、僕たちを追いかけてきた。
「小森君!」
その顔は、いつもより険しかった。
「第3区画西側の壁の向こうに、大きな空洞が見つかりました」
「新しい道ですか?」
「はい。それと、内側の壁に爪痕がありました」
お姉さんは、調査隊が撮影した写真を見せる。
岩壁に刻まれた、深く大きな傷。
鎧穴熊の背中にあった傷と、ほとんど同じ幅だった。
「鎧穴熊は、ここから逃げてきたようです」
写真の奥には、黒い通路が続いている。
そこに何がいるのかは、まだ分からないがダンジョンの閉鎖しばらく続きそうだ。
だけど、僕たちは今日、閉じたダンジョンの外でもお金を稼げた。
源蔵さんが直す。
芳江さんが縫う。
僕が見分ける。
誰かが捨てた物でも、僕たちなら、もう1度使える物にできる。
その日。
共同住宅の元技術室に、小さな板が取りつけられた。
源蔵さんが、廃材を削って作った看板だった。
『修理します』
文字は少し曲がっている。
その下には、もっと小さな文字で書かれていた。
『ダンジョンのゴミ、歓迎』
「この書き方では、お客さんがゴミを持ってきますよ」
「それが目的だ」
「本当にゴミしか来なかったら?」
「直せる物を探す」
「全部、直せなかったら?」
「直せる人間を探す」
このときの僕は、まだ知らなかった。
この小さな看板を見て、共同住宅に暮らす変わり者の老人たちが、1人ずつ集まってくることを‥‥‥
そして、捨てられた道具を直すたび、本人たちまで、少しずつ強くなっていくことを‥‥‥




