2-3 ゴミは洗ってもゴミなのか
壊れた荷車を共同住宅へ持ち帰ると、管理人に止められた。
「それを、どこへ置くつもりですか?」
「とりあえず、空いている部屋に‥‥‥」
源蔵さんが答える。
「空室は物置ではありませんよ」
「なら、廊下で直す」
「邪魔です」
「食堂は?」
「食事をする場所です」
「では、どこで直せばいい?」
「持ち帰る前に考えてくださいよ!」
昨日も同じようなことで怒られていた気がする‥‥‥
管理人と話し合った結果、僕たちは元技術室だった部屋を借りることになった。共同住宅になる前は、学校の授業で木材や金属を加工していた場所らしい。
古い作業台と万力が残っていて、工具はほとんどないけれど、修理をするには十分な広さがあった。
ただし、使用料として、共同住宅の壊れた椅子を直すという条件が付いた。
「これなら、家賃を取られるより安いだろう」
源蔵さんが満足そうに言う。
「椅子は何脚あるんですか?」
「17脚だそうだ」
「結構、多くないですか?」
「また、仕事が増えたな!」
なぜ、うれしそうなのだろう‥‥‥
僕たちは、持ち帰った物を作業台の上へ並べた。
壊れた荷車。
折れた短剣の柄。
穴の開いた鍋。
破れた防水布。
錆びたねじや金具。
そのほかにも、使えそうな木材を何本か持ち帰っていた。
「まずは荷車を洗うぞ」
源蔵さんが水の入った桶を用意する。僕は荷台を確認したが土や泥が付いている。
隅には、枯れた草が挟まっていたけど、危険な魔獣の体液は見当たらなかった。
ただ、荷台の裏側に薄い緑色の染みがある。
指で触れず、匂いだけを確認すると少し甘い匂いがした。
「これは、魔力草の汁ですね」
「危険か?」
「毒はありません。でも、そのままだと虫が寄ってきますよ」
「洗えばいいか?」
「普通の水では落ちにくいです。灰を少し混ぜてください」
源蔵さんは、僕の言ったとおり水へ灰を混ぜた。
布へ染み込ませ、緑色の汚れをこすった。何度か繰り返すと、染みはかなり薄くなった。
《ダンジョン由来の汚れを除去しました》
《経験値を0.01獲得しました》
また、声が聞こえた。
僕が植物の種類を見分け、源蔵さんが汚れを落とす。
2人で作業をしたから、どちらにも経験値が入ったらしい‥‥‥
「これなら、修理だけでも強くなれるかもしれんな」
「0.01ですよ」
「毎日100回やれば1だ」
「毎日100台も拾ってこないでくださいね」
「部屋が足りんな」
「置くつもりなんですか?」
本気で考えていたらしい。荷車を洗い終えると、源蔵さんは外れた車輪を取りつけ始めた。
車軸は無事だったけれど、車輪を固定する金具が割れている。
新品の部品を買えば直せる。
でも、それではお金がかかる。
源蔵さんは持ち帰った折れた短剣を分解した。刃と柄をつないでいた金属の留め具を取り出す。
「これを削れば使えるぞ」
「短剣の部品を、荷車へ付けるんですか?」
「金具は金具だ」
「戦うために作られたものですよ」
「今日から車輪を守る仕事に変わる」
金具にも仕事を選ぶ権利はないらしい。
源蔵さんは留め具の形を整え、車軸の先へ取りつけた。
外れていた車輪が、今度はきちんと固定される。回すと、少し音はするけれど滑らかに動いた。
「直りましたね」
「まだだ。荷台と持ち手が残っておる」
荷台のひびには、廃材から切り出した薄い板を当てる。錆びたねじの中から、使える物を選ぶのは僕の仕事になった。
植物の葉を見分けるより難しい。
長さは同じでも太さが違うし、太さが同じでも、ねじ山がつぶれている。
「これは?」
「短い」
「こっちは?」
「細い」
「これは?」
「錆びすぎだ」
「全部駄目じゃないですか」
「使える物を見つけるのが仕事だ」
「植物なら、もう10本は見つけています」
「ねじは歩いて逃げん。落ち着いて探せ」
草も歩いて逃げないけどな‥‥‥
それでも、少し悔しかった。
僕はねじを1本ずつ並べ、太さと長さを比べた。
その中から、使えそうな4本を選ぶ。
「これなら、どうですか?」
源蔵さんは、僕の選んだねじを見る。
「悪くない」
「使えますか?」
「3本はな」
「1本は?」
「ねじ山が少し欠けておる」
見落としていた。でも、最初は全部同じに見えたねじから、3本は使える物を見つけられた。
植物の見分け方を覚えたときと同じだ。
知らない物は、どれも同じに見える。
違いを覚えれば、少しずつ使える物が分かってくる。
そのとき、作業室の扉が開いた。
芳江さんが、白いエプロン姿で立っていた。
「昼だよ。いつまでやっているんだい?」
「もう、お昼ですか?」
窓を見ると、太陽が高いところまで昇っていた。作業を始めてから、3時間近くたっている。
「手を洗っておいで。今日は麺だよ」
「肉は入っておるか?」
源蔵さんが聞く。
「入っているよ。小さいのが‥‥‥」
「わしの分は?」
「全員で3切れだ」
「少ないな!」
「肉が食べたいなら、稼いできな!」
芳江さんは作業台の上にある破れた防水布を見つけた。
「それもゴミかい?」
「端が破れているだけです。真ん中は使えます」
僕が答えると、芳江さんは防水布を広げた。
厚手の布が2枚重ねられ、間に水を通さない魔獣素材の薄皮が挟まっている。
「縫えば使えそうだね」
「縫えるんですか?」
「食堂をやっていたころは、前掛けも袋も自分で直していたよ」
芳江さんは布を持っていこうとする。
「待て。それは、わしらが拾ってきた物だ」
源蔵さんが止めた。
「分かっているよ。縫ってやろうと言っているんだ」
「昼飯のあとでいい」
「頼み方というものがあるだろう?」
「頼んだつもりだ」
「どの言葉が?」
「昼飯のあとでいい」
「それは許可だよ!」
2人が言い争いながら、食堂へ向かっていく。
僕は作業台に残された防水布を見た。
源蔵さんは金属や木を直せる。
芳江さんは布を縫える。
僕は付着している植物や魔獣の痕跡を見分けられる。捨てられた物によって、必要な技術は違う。
もしかすると、この共同住宅には、まだ僕の知らない技術を持つ人がいるのかもしれない。
昼食後。
芳江さんは、本当に防水布を縫ってくれた。破れた部分を切りそろえ、端を内側へ折り込む。
その上から、太い糸で細かく縫っていく。
「縫い目が細かいですね」
「水を通さないようにするなら、隙間を作らないことだよ」
芳江さんの指は、驚くほど速く動いた。
あっという間に、破れていた布が小さな防水袋へ変わっていった。最後の糸を切ったとき、芳江さんが目を丸くした。
「また、聞こえたよ」
「経験値ですか?」
「ああ。防水袋を再生しました。0.05だとさ」
「わしの荷車より先に完成させるな!」
「競争じゃないだろうが‥‥‥」
芳江さんは完成した袋を裏返し、縫い目を確認する。
「これ、売れるのかい?」
「検査に通れば売れるそうです」
「いくらで?」
「分かりません」
「値段も知らずに拾ってきたのかい?」
「源蔵さんが、直せる物を持ってきたので」
「直せることと、売れることは別だよ」
昨日、芳江さんが言っていた。食べられると、おいしいは別‥‥‥
それと同じなのかもしれない。
使える道具を作っても、買う人がいなければお金にはならない。
「まず、完成させるよう」
源蔵さんは、荷車の新しい持ち手を取りつけた。
最後のねじを締めると荷台を手で押し、車輪を回す。
さっきまでゴミだった荷車が、きちんと立っていた。
《廃棄された荷車を再生しました》
《経験値を0.30獲得しました》
源蔵さんが、ゆっくりと立ち上がる。
「0.30だ」
「僕にも0.05入りました」
ねじを選び、荷台を洗った分らしい。源蔵さんは荷車の持ち手を握り、作業室の中を歩いた。
車輪から小さな音がする。
でも、ぐらつきはない。
「これなら、きっと売れるぞ」
「いくらで?」
芳江さんが聞く。
「それは‥‥‥」
源蔵さんが黙る。
「検査に通るかも、まだ分かりません」
僕が付け足す。
源蔵さんの肩が少し下がった。
3人で完成した荷車を見る。
見た目は、古いし荷台には傷が残り、左右の金具は色が違う。
新品には到底、見えない‥‥‥
それでも、これはもうゴミではなかった。
「明日、検査へ持って行ってみましょう」
僕が言う。
「落ちたら?」
芳江さんが聞いた。
「また直します」
源蔵さんが答えた。
ゴミは、洗っただけではゴミのままかもしれない。
直しただけでも、売り物にはならないかもしれない。
それでも、使えるようになるまで何度でも直せばいい。
それは、物だけではなく。
仕事を失った人間にも、同じことが言えるような気がした。




