2-2 じぃちゃん、ゴミを拾いに行く
共同住宅で暮らし始めて、2日目の朝。
僕が食堂へ行くと、もう源蔵さんはすでに朝ご飯を食べ終えていた。机の上には空になった器が置いてあった。足元には、大きな籠が2つ並んでいた。
「どこかへ採取に行くんですか?」
「今日は、ゴミを拾いに行もうと思ってな」
「ゴミ?」
「そうだ」
「どうしてですか?」
「金がないからだ」
胸を張って言うことではないと思う‥‥‥
僕は席へ座り、芳江さんから朝ご飯を受け取った。
麦の入ったお粥と、少しだけ漬物。昨日より漬物が1枚多い。
「僕の分、多くないですか?」
「源蔵が自分のを1枚よこしたんだよ」
「余計なことを言うな!」
源蔵さんが、芳江さんへ怒る。
「嫌いなんですか?」
「違う。育ち盛りに食わせただけだ」
「僕は漬物では育たないと思います」
「なら、返せ」
「もう食べちゃいました」
「早いな!」
漬物を飲み込んでから、源蔵さんの籠を見る。
何かを拾いに行くのなら、軍手や袋も必要になる。
「町のゴミ拾いですか?」
「ダンジョンのゴミだ」
僕は持っていた箸を止めた。
「ダンジョンは閉鎖中ですよ」
「中へ入るとは言っておらん」
「でも、ダンジョンのゴミですよね?」
「話を最後まで聞け!」
源蔵さんの説明によると、ダンジョンの出口側には大きな廃棄物置き場があるらしい。
壊れた武器。
破れた防具。
穴の開いた鞄。
探索中に使えなくなり、持ち帰るだけ邪魔になる道具。そういったものを、探索者は回収箱へ捨てていく。
ダンジョンの中へ置いていけば、魔獣が巣の材料にしたり、通路をふさいだりする。だから、持ち帰った者には少額の回収報酬が支払われるんだ。
集められたゴミは、管理局の職員が危険物を取り除いたあと、廃棄物置き場へ運ぶ。ほとんどは業者が処分するけれど、その前に再利用できる物を持ち帰れる制度があるらしい。
「そんな制度、初めて聞きました」
「受付に貼ってあったぞ」
「どこに?」
「初心者講習の案内の下だ」
「源蔵さん、初心者講習の案内は読んだんですか?」
「その下は読んだ」
「上も読んでください」
牙鼠から逃げたことを、もう忘れているらしい。
朝ご飯を食べ終え、僕たちは高尾山ダンジョンへ向かった。
ダンジョンは今日も閉鎖されていた。
普段は探索者で混雑している入口に、人影はほとんどなかった。大きな鉄製の門には、赤い文字の札が取りつけられている。
『安全確認が終了するまで、全面閉鎖』
門の前には、鎧を着た管理局の職員が立っていた。その奥から、回収作業を終えた人たちが大きな袋を運び出してくる。
閉鎖直前に置き去りにされた道具を、職員が回収しているらしい。僕たちは建物の裏側へ回った。
高い金網で囲まれた敷地に、いくつもの箱が並んでいた。
木材。
金属。
布。
革。
危険物。
それぞれ分別されていた。
山積みになった壊れた道具を見て、源蔵さんの目が輝いた。植物の群生地を見つけた僕も、こんな顔をしているのかもしれない。
「お宝の山だ」
「ゴミの山です」
「同じようなものだ」
「全然違いますよ」
入口の小屋で、受付のお姉さんが待っていた。
「小森君。今日は採取ではありませんよね?」
「源蔵さんに、ゴミを拾いに行くと言われました」
「再利用品の回収ですね」
「ほら、ゴミ拾いで合っておる」
「言い方‥‥‥」
お姉さんから、利用方法の説明を受けた。持ち帰れるのは、管理局が所有権放棄の札を付けた物だけ。
危険物へは絶対に触れない。持ち帰った物をそのまま売ってはいけない。
修理して売る場合は、必ず再生品検査を受けなければならない。
そして、持ち帰れる量は1日1人につき籠1つ分。
「なぜ、売るのに検査が必要なんだ?」
源蔵さんが聞く。
「修理した剣が戦闘中に折れたら、人が死ぬからです」
「当たり前だな」
「当たり前のことを守らない人がいるので、規則があるんです」
お姉さんは、源蔵さんの新品の短剣を見る。
「高倉さんは、武器を修理して売らないでください」
「まだ、何もしておらん!」
「先に注意してみました」
僕たちは貸し出された厚い手袋を着け、廃棄物置き場へ入った。金属の箱には、曲がった短剣や折れた鍬が積まれている。
布の箱には、破れた袋や防水布。
木材の箱には、折れた杖や籠の枠。
「これは使えるな」
源蔵さんが、刃の折れた短剣を持ち上げる。
「刃が半分ありませんよ」
「柄と留め具は使えそうだ」
「何に使うんですか?」
「それは、持ち帰ってから考える」
何を作るかまでは、考えていなかったらしい‥‥‥
次に源蔵さんが拾ったのは、底に穴の開いた鍋だった。
「穴をふさげば使えるぞ」
「縁も曲がっています」
「叩けば戻る」
「取っ手もありませんよ」
「付ければいい」
「ふたもありません」
「ふたは、なくても煮えるぞ!」
使えるというより、無理やり使うつもりらしい。
僕は布の箱を調べた。
破れた袋の中に、まだ使えそうな防水布がある。
端を切りそろえれば、採取籠へかぶせる布として使えるかもしれない。
それを取ろうとしたとき、隣で、源蔵さんが黒い染みの付いた革袋を持ち上げた。
「待ってください」
「なんだ?」
「それには、触らない方がいいです」
「少し汚れているだけだろう?」
「赤舌蛙の粘液なんです。それ‥‥‥」
袋の表面には、黒っぽい赤色の染みが広がっている。乾いているように見えるけれど、粘液は革の中まで染み込んでいるはずだ。
「洗えば落ちるのか?」
「水をかけると膨らみます」
「革が?」
「粘液が」
「膨らむと、どうなる?」
「大きな泡になります」
「泡なら、つぶせばいい」
「つぶすと破裂します」
「先に言え!」
源蔵さんが慌てて革袋を戻す。
「まだ触っていませんよね?」
「少しだけ触った」
「手袋を洗ってください」
「厚い手袋をしておるぞ」
「粘液が付いたまま、ほかの物へ触らないでください」
「分かっておる!」
源蔵さんは、洗浄場所へ向かった。
しかし、その途中で近くの箱へ手を置きそうになり、職員から怒られていた。
僕はため息をつき、革袋の横へ危険を示す赤い札を置く。
そのとき。
頭の中に声が響いた。
《危険物を判別しました》
《経験値を0.02獲得しました》
植物を採っていないのに、経験値が入った。
赤舌蛙の粘液は植物ではない。
それでも、知識を使って誰かの危険を防いだから、経験値を得られた‥‥‥のか?
「どうした、樹?」
手袋を洗い終えた源蔵さんが戻ってきた。
「危険物を見分けて、経験値が入りました」
「いくつだ?」
「0.02です」
「草2本分か」
「そう、ですね」
「わしの手を止めただけで、草2本分か‥‥‥」
源蔵さんが少し不満そうな顔をする。
「破裂していたら、手袋を洗うだけでは済みませんでしたよ」
「分かっておる。とりあえず礼は言っておく」
「素直ですね」
「わしは、いつも素直だ」
それは違うと思う。
廃棄物置き場の奥まで進むと、大きな車輪が見えた。
壊れた木材の下に、荷車が埋もれている。
採取物や魔獣の素材を運ぶための、小型荷車だった。
片方の車輪が外れ、持ち手も折れている。
荷台には大きなひびがあり、金具は赤く錆びていた。
どう見ても、でかいゴミだった。
ところが、源蔵さんは荷車の前にしゃがみ込んだ。
車輪を回し、軸をのぞき込み、荷台を裏返す。
「これにするぞ」
「籠に入りませんよ」
「大型品は、1人1つまで持ち帰れるんだ」
規則だけは、よく読んでいる。
「直せるんですか?」
「車軸は曲がっておらん。外れた車輪も割れていない。持ち手と荷台を直せば、まだ使える」
「新品はいくらですか?」
「知らん」
「売れるんですか?」
「知らん」
「何も知らんじゃないですか」
「だが、直せることは分かる。最近、新しいものも中々手に入らない時代だから、絶対売れる」
源蔵さんは、壊れた荷車の持ち手を握った。
「使える物を、壊れたというだけで捨てるのはもったいないだろう」
どこかで聞いた言葉だった。
僕が、少し傷んだ植物を見つけたときにも同じことを考える。
葉が虫に食われていても、根まで傷んでいなければ売れることがある。
売れなくても、薬や食事に使えることもある。
大切なのは、見た目ではなく、本当に使えないのかを見分けることだ。
「分かりました。持って帰ってみましょう」
「最初から、そのつもりだ」
「でも、どうやって運ぶんですか?」
源蔵さんが動きを止めた。
車輪は片方しか付いていない。
持ち手も折れているし、押すことも、引くこともできない。
「樹」
「嫌です」
「まだ何も言っておらん」
「2人で担ぐつもりですよね?」
「息が合うな」
「合っていません!」
結局。
僕たちは壊れた荷車を担ぎ、共同住宅まで歩いて帰った。
途中で何度も休み、源蔵さんは腰を押さえ、僕は腕が上がらなくなった。使えるようになれば荷物を運べる道具なのに直すまでは、僕たちが運ばなければならない。
宝の山から持ち帰った最初のお宝は、とても重たいゴミだった。




