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戦えない僕は植物図鑑で生き延びる  ~じぃちゃん、いつの間にか最強になってた~  作者: とも


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10/25

1-9 今日の収入は0円

 翌朝。

 僕と源蔵さんは、いつもと同じ時間に高尾山ダンジョンへ向かった。

 昨日の鎧穴熊の件もある。

 第一採取区に入れるかどうかは分からなかったけれど、調査が終わっている可能性もあった。

 もし入れるなら、昨日採れなかった分まで植物を採らなければならない。


 昨日の収入は0円だったからだ。


 だけど、ダンジョンの入口へ着いた瞬間、僕たちは足を止めた。

 入口の前には、黄色と黒の規制柵が並べられており、大きな赤い文字で立入禁止と表示されていた。


『高尾山ダンジョン・緊急閉鎖』

『安全確認が終了するまで、すべての探索者および採取者の入場を禁止します』

 入口の周囲には、大勢の探索者が集まっていた。

「全部閉鎖って、どういうことだよ!」

「せめて第一採取区だけでも開けろ!」

「今日の稼ぎはどうなるんだよ!」

 職員へ詰め寄る人もいた。

 けれど、入口を守る警備員は誰も中へ通さなかった。

 僕は、人混みの後ろから規制柵を見つめた。

 やっぱり、入れない。

「小森君」

 昨日の受付のお姉さんが、僕たちに気づいて近づいてきた。

「おはようございます」

「おはようございます。わざわざ来てくれたところ申し訳ありませんが、今日から高尾山ダンジョンは全面閉鎖です」

「第一採取区もですか?」

「はい。鎧穴熊が上層へ移動した原因が、まだ判明していませんから」

 源蔵さんが腕を組んだ。

「いつまで閉めるんだ?」

「現時点では、最低でも3日間です。調査の結果によっては、さらに延びる可能性もあります」

「3日か‥‥‥」

 源蔵さんは、たいしたことではないように言った。

「3日くらいなら、なんとかなるだろう」

 受付のお姉さんが、少し困った顔をする。

「閉鎖中に別のダンジョンを利用する場合は、受付で紹介状を発行します。ただし、移動費や現地での宿泊費は自己負担です」

 周囲にいた探索者たちは、次々に紹介状を受け取っていた。

 戦える探索者なら、山梨や長野のダンジョンへ移動できる。

 高ランク探索者なら、数日分の交通費や宿泊費くらい持っているはずだ。

 だけど、僕たちは違う‥‥‥

 ほかのダンジョンに生えている植物の種類を知らない。

 この図鑑に書かれているのは、高尾山ダンジョンで見つけた植物だけだ。

 それ以前に、移動するためのお金がなかった。

「僕たちは、再開するまで待ちます」

「そうですか」‥‥‥

 お姉さんは僕と源蔵さんを見た。

「生活に困る場合は、探索者生活相談窓口を利用してください。ただ、今は閉鎖の影響で混み合っています。支援金が支給されるまで、10日ほどかかると思います」

「10日‥‥‥」

 ダンジョンが閉鎖されるのは、最低でも3日はかかる。生活支援金が出るのは、およそ10日後だった。

 今日食べるものにも困っている人間にとって、10日はあまりにも長い。

 お姉さんに礼を言い、僕たちは入口を離れた。


 今日の収入は、0円。

 昨日も0円。

 明日も、おそらく0円だ。


「仕方ない。今日は道具の手入れでもするか」

 源蔵さんが歩きながら言った。

「籠の金具も、少し調整したかったところだ」

「そうですね」

「とりあえず3日くらいなら、手持ちの金でどうにかなる」

「そうですね」

「閉鎖が延びたら、そのとき考えればいい」

「そうですね」

 源蔵さんが足を止めた。

「お前、さっきからそれしか言っておらんぞ」

「ほかに言うことがないので」

「財布を見せろ」

「嫌です」

「なぜだ?」

「財布の中身を人に見せるものじゃありません」

「いいから見せろ」

「嫌です」

 僕は財布を入れている上着のポケットを押さえた。

 源蔵さんの目が細くなる。

「坊主」

「なんですか?」

「今、いくら持っている?」

「少しです」

「少しとは、いくらだ?」

「3日くらいなら、なんとかなります」

「わしの言葉をそのまま使うな」

 源蔵さんが手を差し出した。

 僕が財布を渡さずにいると、その手がさらに近づいてくる。

「嫌です」

「見せろ」

「嫌です」

「なら、口で言え」

「‥‥‥430円です」

「なんだと?」

 源蔵さんの手が止まった。

「聞こえませんでしたか?」

「聞こえた。聞こえたから驚いておる!」

 周りの探索者たちが僕たちを見た。

 源蔵さんは僕の腕をつかみ、人の少ない場所まで連れていった。

「430円しかないのか?」

「しか、ではありません。430円もあります」

「パンが2個しか買えんだろう!」

「1番安いパンなら2個買って、70円残ります」

「そういう話をしておるんじゃない!」

「大きな声を出さないでくださいよ」

「お前が、わしに大声を出させておるんだ!」

 源蔵さんは頭を抱えた。

「両親が残した貯金は、どうした?」

「生活費に使いました」

 僕が1人で暮らすようになってから、もう3年になるし、両親が残してくれた貯金は、それほど多くなかった。


 家賃。

 食費。

 服や生活用品。

 採取道具。

 ダンジョンへ入るための登録料。

 少しずつ減り、今ではほとんど残っていない‥‥‥

「雨の日や怪我をした日のために、少しは貯めていたんです。でも、去年、熱を出して何日もダンジョンへ入れなかったので、あと貯めてたお金はこの間、家賃を払ったから‥‥‥」

「それで残りが430円か?」

「今日、植物を採れれば増える予定でした」

「ダンジョンは閉鎖されたぞ」

「知っています」

「なら、どうするつもりだ?」

「食べる量を減らします」

 源蔵さんが、何も言わなくなった。

 怒るかと思ったけれど、怒鳴らなかった。

 その代わり、僕の腕をつかんだ。

「来い」

「どこへ行くんですか?」

「お前の家だ」

「どうして?」

「確認する」

「何をですか?」

「全部だ」

 源蔵さんは僕の腕を離さず、そのまま歩き始めた。

 僕が暮らしているのは、高尾山ダンジョンから歩いて30分ほどの場所にある、探索者遺児用の簡易宿舎だ。

 もともとは企業の社員寮だった建物を、両親を亡くした探索者の子どもたちへ貸し出している。

 昔は食堂や管理人もいたらしい。

 でも、今は支援予算が減り、食堂は閉鎖されていた。

 管理人が来るのも、週に2回だけ。

 10歳以上なら、講習を受けることで1人部屋を使える。

 部屋と言っても、広くはない。

 小さな台所と、トイレと、古い浴室。

 寝る場所を含めても、源蔵さんの暮らす教室の半分もなかった。

「ここです」

 僕が扉を開けると、源蔵さんは無言で中へ入った。

 部屋の中を見回す。

 床に敷いた薄い布団。

 壁際に置いた小さな机。

 採取道具。

 数枚の服。

 小さな鍋が1つ。

 窓際には、お父さんとお母さんの写真を置いている。

 その横にあるのは、植物図鑑だ。

「冷蔵庫を開けるぞ」

「勝手に開けないでくださいよ」

「開けられて困るものがあるのか?」

「ありませんけど‥‥‥」

 源蔵さんが、小さな冷蔵庫を開けた。

 中に入っているのは、水を入れた容器。

 売店で買ったパンの残り。

 それから、少ししなびた食用草が3本。

 源蔵さんが、ゆっくりと冷蔵庫の扉を閉めた。

「肉は?」

「ある訳ないじゃないですか!そんなもの‥‥‥」

「卵は?」

「この前、源蔵さんと食べました」

「野菜は?」

「その草です」

「これだけか?」

「塩を入れて煮れば、スープになります」

 源蔵さんは台所の棚も確認した。


 塩。

 少し残った乾燥麺。

 それだけだった。


「お前、普段は何を食っている?」

「パンとか、安い保存食です」

「1日に何回だ?」

「日によりますけど‥‥‥」

「何回だ?」

「朝と夜です」

 本当は、稼ぎが少ない日は1回だけのこともある。

 でも、それを言ったら、また怒られそうだった。

 源蔵さんは、僕の顔をじっと見た。

「嘘をついておるな」

「ついていませんよ」

「お前は嘘をつくと、図鑑を見る」

 言われてから、自分が植物図鑑へ顔を向けていたことに気づいた。

 そんな癖があるなんて、僕自身も知らなかった。

「最後に肉を食べたのは、いつだ?」

「この前、売店のパンに少し入っていました」

「あれは肉とは言わん。肉に似た何かだ」

「おいしかったですよ」

「そういう問題ではない!」

 結局、源蔵さんは怒鳴った。

 狭い部屋の壁が、少し震えたような気がした。

「13歳の子どもが、なんで1人でこんな暮らしをしておる!」

「生活できています」

「できておらん!」

「誰にも迷惑をかけていません」

 僕がそう言うと、源蔵さんの動きが止まった。

「自分のお金で家賃を払っています。食べるものも自分で買っています。だから、誰にも迷惑をかけていません」

「‥‥‥樹」

「なんですか?」

「子どもは、少しくらい人に迷惑をかけてもいいんだ」

「どうしてですか?」

「どうしてって‥‥‥」

 源蔵さんは口を開いたまま、困った顔をした。

 きっと、うまく説明する言葉が見つからなかったんだと思う。

 しばらくして、僕の頭へ手を置いた。

 大きくて、硬い手だった。

「助けてほしいときに、助けてくれと言ってもいいんだ‥‥‥」

「でも、助けてもらったら返さないといけません」

「返さなくてもいいものもある」

「そんなもの、あるんですか?」

「ある。わしが決めた!」

 ずいぶん勝手な話だった。

 源蔵さんは、僕の布団を持ち上げた。

「何をしているんですか?」

「持っていく」

「どこへ?」

「わしのところだ」

「共同住宅へ?」

「そうだ」

「高齢者しか住めないんじゃないですか?」

「高齢者を中心に受け入れているだけだ。部屋なら余っておる」

「僕は入居者ではありません」

「今日は、客だ」

「勝手に泊めていいんですか?」

「管理人には、わしから話す」

 源蔵さんは布団を丸め始めた。

「待ってください。僕は行くなんて言っていませんよ」

「閉鎖が終わるまでだ」

「3日間ですよね?」

「今のところはな」

「食費もかかりますし」

「2人分を別々に作るより、一緒に作った方が安い」

「迷惑になりますし‥‥‥」

「ならん」

「なります」

「わしは今まで1人分の飯を作ろうとして、いつも2人分くらい作っておった」

「料理が下手なだけじゃないですか?」

「そこは今、関係ない!」

 源蔵さんは僕の服を、小さな袋へ入れた。

 残った乾燥麺も入れる。

 食用草も入れる。

 塩まで持っていこうとしたので、それは止めた。

「泥棒みたいです」

「お前の荷物だ!」

「僕の部屋から、勝手に運び出しています」

「本人がいるんだから、泥棒ではない」

「本人は許可していません」

「うるさい。手を動かせ」

 僕は止めようとした。

 だけど源蔵さんは、本気だった。

 最終的に、僕の荷物は大きな箱1つに収まった。

 

 服。

 採取道具。

 鍋。

 両親の写真。

 植物図鑑。


 必要なものをすべて入れても、箱には少し余裕があった。

 源蔵さんが、その箱を見下ろした。

「荷物は、これだけか?」

「はい」

「13年生きて、荷物が箱1つか」

「必要なものは入っています」

 源蔵さんは何も言わず、箱を持ち上げた。

「布団は僕が持ちます」

「お前は図鑑を持て」

「箱くらい持てます」

「いいから、図鑑を持て」

 僕は仕方なく、植物図鑑だけを胸へ抱えた。

 宿舎を出る前に、両親の写真を確認する。

 2人とも、籠いっぱいの植物を抱えて笑っている。

「行ってきます」

 写真へ向かって、小さく言った。

 閉鎖が終われば戻ってくる。

 たった3日間だけだ。

 その時は、そう思っていた。

 

 源蔵さんの共同住宅は、閉校した小学校を改装した建物だ。

 昔の教室が、それぞれの部屋になっている。

 住んでいるのは高齢者が中心だけれど、空いている部屋はまだ多い。

 僕たちが玄関へ入ると、受付に座っていた女性の管理人が源蔵さんの持つ箱を見た。

 それから、僕の顔を見る。

「高倉さん。その荷物はどうしたんですか?」

「今日から、この坊主を泊めたい」

「今日から?」

「ダンジョンが閉鎖された。こいつを1人にしておけん」

 管理人は、僕と源蔵さんを交互に見た。

「ご親族ですか?」

 源蔵さんが、一瞬だけ黙った。

「親族ではない」

「では、どういうご関係ですか?」

「‥‥‥孫みたいなもんだ」

 その言葉を聞いたとき、胸の奥が少しだけ変な感じになった。

 僕には、もう家族はいない。

 源蔵さんとも、血はつながっていない。

 出会ってから、それほど長い時間がたったわけでもない。

 それなのに、源蔵さんは僕を孫みたいだと言った。

「本当のお孫さんではないんですね?」


「ああ‥‥‥でも、わしには子どもがおらんから、本当の孫もおらん」

「でしたら、通常は宿泊できません」

「部屋なら余っておるだろう」

「規則の問題です」


「今日から樹は、わしの孫になるからいいんだ」

「高倉さんだけで決められることではありません」

 源蔵さんは、箱を床へ置いた。

 そして管理人へ、深く頭を下げた。


「頼む」

 さっきまでの勢いが嘘のようだった。

「この子は、3年間も1人で暮らしておった。冷蔵庫には水とパンしかない。それでも誰にも迷惑をかけていないと言うんだ」

 管理人が、僕を見た。

「こいつをわしの近くへ置いてやってくれ。頼む!」

「高倉さん‥‥‥」

「親族ではない。だが、腹を空かせた子どもを放っておけるほど、他人でもないんだよ」

 管理人は、しばらく黙っていた。

 やがて、受付の奥から書類を取り出した。

「緊急時の一時滞在制度を利用します」

 源蔵さんが、顔を上げる。

「その先は?」

「正式な同居を希望する場合は、遺児宿舎の担当者と行政へ確認が必要です。小森君本人の意思も聞きます」

「分かった」

「それから、高倉さん」

「なんだ?」

「勝手に荷物を全部運んでくる前に、先に相談してくださいよ」

「時間がなかったんだよ」

「ダンジョンが閉鎖されたのは、今朝ですよね?」

「十分、緊急だ」

 管理人は大きなため息をついた。

 僕は、今日から共同住宅へ泊まることになったんだ。

 源蔵さんの隣には、使われていない教室がある。

 机や椅子は片づけられ、古いベッドと小さな棚が置かれていた。

 窓は大きく、僕の部屋よりずっと明るい。

 源蔵さんが、持ってきた箱を床へ置いた。

「今日から、ここがお前の部屋だぞ」

「3日間だけですよね?」

「今のところはな」

「閉鎖が終わったら戻りますから‥‥‥」

「その話は、閉鎖が終わってからだ」

「戻りますからね」

「分かった、分かった」

 分かっていない返事だった。

 そのとき、廊下の奥からいい匂いが漂ってきた。

 肉と野菜を煮込んだような、温かい匂い。

 僕のお腹が、大きな音を立てた。


 ぐうぅぅぅーーー。


 源蔵さんが、僕を見る。

「腹が減ったか?」

「これは‥‥‥屁」

「ぷぷっ‥‥‥」

「返事をしただけです」

「誰にだ?」

「‥‥‥」

「腹が減ったということだろ」

 廊下から、白いエプロンを着けたおばあさんが顔を出した。

「源蔵。いつまで廊下で騒いでいるんだい?」

「芳江さん。ちょうどいいところへ来た」

「嫌な予感しかしないね」

 源蔵さんは僕の肩へ手を置いた。

「今日から、こいつの飯も頼む」

「「勝手に決めないでください!」」

 僕とおばあさんの声が、きれいに重なった。


 こうして僕は、閉鎖が終わるまでの3日間だけ、源蔵さんの隣で暮らすことになった。


 そのときの僕は、本当に3日で元の部屋へ戻るつもりだったんだ。


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