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龍之介の怪談  作者: 橋平 礼
招かざるログイン

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第1節 招かざる交信 ―硝子板の向こう側―

或る秋の日の、夕暮れ時である。私は美大に通う学生であった頃、木造の湿り気を帯びたサークル棟の一室で、形容し難い「不吉」が産声を上げる瞬間に立ち会った。その部屋は、腐れかけた木の匂いと、現像液のえた臭気が混じり合い、常に薄暗い。放課後ともなれば、若者たちの無責任な哄笑が壁を叩くが、 その日はどうも、空気の密度が違っていた。


部屋の隅で、女子学生の三人が、一台のスマートフォンの発する青白い光に顔を照らし出し、身を寄せ合っていた。


「ねえ、これを知ってる? 『降霊術・実況ライブ』という、最近流行りのからくりよ」  


一人が差し出したのは、かつての「コックリさん」を電子の回路に閉じ込めたような、不気味な遊戯であった。画面には、古びた羊皮紙を模した文字盤が映し出され、其処に指を置けば、目に見えぬ磁場や空間のノイズを拾い、指先が勝手に動き出すという。


本来、こうした「招き」の儀式を、玩弄物おもちゃのように扱うべきではない。何も起きぬうちは単なる暇潰しに過ぎぬが、もし、万が一――其処に「飢えた何か」が潜んでいた場合、我々は自らの手で、彼岸への扉を、それも内側から解き放つことになるからだ。


「さあ、誰かいるなら返事をして。私たちの前に現れて」


 三人は面白半分に、細い指を硝子の盤面スクリーンに重ねた。


 すると、それまで凝固していた画面上のカーソルが、まるで夜の闇を這う百足むかでのように、ヌルリと、そして粘り気を伴って動き始めたのである。


「うわっ、動いたわ! 誰か押してる? 私じゃないわよ!」  二人は興奮に頬を紅潮させていたが、リーダー格の「美咲みさき」という娘だけは、石像のように静まり返っていた。彼女の指先は、極寒に曝されたかのように小刻みに震え、透き通るような肌は、一瞬にして土気色に変わっていた。


針は、迷いのない、冷徹な意志を持って文字を拾い上げる。

『タ・ス・ケ・テ』

「やだ、何これ! 出来過ぎだわ、気味が悪いほどリアルじゃない!」


友人たちが騒ぎ立てるのを他所に、美咲は、今にも消え入りそうな、湿った声で呟いた。


「……私の指、自分のものではないみたい。何かに、無理やり、引き摺られているの……」

挿絵(By みてみん)

友人が茶化し、美咲の芝居が上手すぎると笑ったが、美咲の表情は、もはや生きた人間のそれではなく、死の恐怖に 直面した小動物のように強張っていた。


私は少し離れた寝椅子ソファで、その様子を横目で眺めていたのだが、その時、見てはならぬものを、はっきりと視界の端に捉えてしまった。


美咲の背後、ちょうど彼女の肩越しに画面を覗き込むようにして、一体の「影」が立っていた。それは、泥にまみれた、ひどく薄汚れた合羽レインコートを纏った、顔の判別がつかぬほど小さな子供であった。


その子供の、ふやけた死人のような指が、美咲の指の上に重なり、あたかも操り人形の糸を引くようにして、硝子の盤面を執拗になぞり続けていたのだ。


心臓が凍りつき、私が声を上げようとした刹那、恐怖に耐えかねた三人は「もう止めよう!」と叫んで、乱暴に機械を閉じ、蜘蛛の子を散らすように部屋を飛び出して行った。湿った足音だけが、廊下にいつまでも響いていた。

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