継がれる輪郭
これは、ITコンサルタントとして働く加藤さん(仮名)から聞いた話です。
加藤さんには、学生時代に心から尊敬していた三上教授という恩師がいました。三上教授は当時まだ四十代で、学識も深く、何より家族思いなことで有名でした。特に、年の離れた妹の「真希さん」のことを、親代わりとなって溺愛していました。
真希さんは少し情緒不安定なところがあり、兄である教授に異常なほど執着していたそうです。加藤さんも何度か研究室で彼女に会いましたが、教授が女子学生と親しく話すだけで、真希さんが背後で凍り付くような視線を向けていたのを覚えています。
その後、加藤さんは卒業し、仕事に追われる中で教授とは疎遠になりました。しかし数年前、SNSを通じて久しぶりに連絡を取り合ったのです。教授はすでに大学を辞め、地方で悠々自適に暮らしているとのことでした。
「実は、結婚して子供も産まれるんだ。一度、遊びに来ないか」
そう誘われ、加藤さんはお祝いを持って教授の邸宅を訪ねました。
しかし、通されたリビングで再会した教授は、かつての快活さを失い、ひどく怯えた様子でこう切り出したのです。
「加藤くん……。実は、妻の相談に乗ってほしいんだ」
教授の話によれば、結婚してからというもの、妻の容姿や仕草が、あの妹の真希にどんどん似てきているというのです。
真希さんは数年前、教授が今の妻と婚約した直後、「お兄ちゃんと一生一緒にいられる方法を見つけた」という不気味な電話を残して失踪し、今も行方が分かっていませんでした。
「最初は気のせいだと思った。でも、喋り方、食べ物の好み、怒った時の癖……すべてが真希なんだ。あまりに怖くなって一度離婚したんだが、次に付き合った女性も、数ヶ月すると真希に似てくる。そして今の妻も……」
教授は震える手で、スマートフォンの写真を見せてきました。
「見てくれ。これ、真希に見えるか? 君は真希を知っている数少ない人間だ。教えてくれ」
画面に映る奥さんは、確かに真希さんの面影があるような気がしましたが、加藤さんは教授の精神状態を案じ、「いえ、全然違いますよ。考えすぎです」と嘘をつきました。
教授は「そうか……君が言うなら……」と安堵した表情を見せ、「飲み物を持ってくるよ」とキッチンへ向かいました。
リビングに一人残された加藤さんは、ふと、ソファの背後にある飾り棚の鏡を見て、心臓が止まりそうになりました。
そこには、お腹の大きな女性が立って、加藤さんをじっと見つめていたのです。
教授は「妻は外出している」と言っていたはずです。しかし、そこには確かに、失踪した当時の真希さんにそっくりの女が立っていました。教授は、すぐ後ろに立つ妻の存在に、全く気づいていないようでした。
女は音もなく歩み寄り、加藤さんの隣に座ると、真希さんそのものの声で囁きました。
「……さっきは『似てない』って言ってくれてありがとう、加藤さん」
加藤さんが声も出せずに固まっていると、女は冷ややかな笑みを浮かべて続けました。
「私ね、やっと分かったんです。他人の女の体を借りるだけじゃ、いつか飽きられる。だから、私、この女(妻)にはもう興味ないの。これから産まれてくるこの子に、私をそのまま移すことにしたんです。」
女は自分のお腹を愛おしそうに撫でながら、加藤さんの耳元に口を寄せました。
「お兄ちゃんは一生、私を育て続ける。これで、ずっと一緒でしょ?……今の話、お兄ちゃんに余計なこと言ったら、あなたを殺しますからね」
そこへ、教授がグラスを持って戻ってきました。
すると女は、何事もなかったかのように立ち上がり、再び教授の視界に入らない「死角」へと移動しました。教授は相変わらず、すぐそばにいる妻に気づかず、加藤さんにビールを注いでいます。
加藤さんは恐怖のあまり、ビールを一気に飲み干すと、逃げるようにその家を去りました。
それ以来、二度と連絡は取っていません。
後で風の便りに聞いた話では、奥さんは無事に女の子を出産しましたが、その半年後、急な病で亡くなったそうです。
今は、独り身に戻った教授が、その愛娘を「真希」と名付け、片時も離さず、狂おしいほどの愛情を注いで育てているといいます。




