第一節 魔所の誘い、あるいは虚無の遊戯
およそ五年前のことである。大学生であった新木は、その若さゆえの放埒さと、未知なるものへの無遠慮な好奇心とに身を任せていた。彼には二人の学友があった。一人は、何事にも冷笑的な態度を崩さぬ佐伯、もう一人は、卑俗な陽気さを看板にした猪瀬である。彼らは夜ごと、鉄の獣のごとき自動車を駆って、死の臭いの漂う場所――いわゆる「心霊スポット」を巡ることを唯一の慰安としていた。
ある土曜の夜、彼らが目指したのは、県境の峻険な山々に囲まれた「無明大橋」であった。そこは、この世に絶望した者たちが、最後の一歩を踏み出す場所として知られていた。橋の下は、底知れぬ深淵を抱えた峡谷であり、暗緑色の水面は常に死者の沈黙を強いている。かつては可憐な吊り橋であったというが、百人を超える投身者の怨念が積み重なるにつれ、橋は醜悪な「檻」へと変貌を遂げていた。
新木がハンドルを握る車が現地に辿り着いたとき、周囲はただ、耳を刺すような秋虫の鳴き声に支配されていた。街灯の光さえ届かぬその場所で、橋の欄干に張り巡らされた有刺鉄線が、月光を浴びて銀色の毒牙のように光っている。
「新木、ここだ。この空気を吸ってみろ。肺の腑まで腐れそうだ」
助手席の猪瀬が、不吉な予兆を振り払うかのように、あえて下卑た笑い声を上げた。しかし、新木の掌は、冷たい汗でハンドルを滑らせていた。彼らは車を降りると、文明の利器であるスマートフォンの三脚を立て、橋の向こう側の、濃密な闇へとそのレンズを向けた。それは、不可視の恐怖を「記録」するという、不遜な試みであった。
「もし、この鏡の中に冥府の使いでも映ったなら、明日は大学を休みにして、朝まで祝杯を挙げようじゃないか」
佐伯が皮肉な笑みを浮かべて言った。三人は、録画を開始した機械をその場に残し、安全な車内へと逃げ込んだ。車の中は冷房が効き、菓子を食む音や、意味のない冗談が飛び交った。それは、外の静寂に対する必死の抵抗でもあった。一時間。彼らにとって、それは死者との境界を弄ぶ、甘美で空虚な時間であった。
やがて、何事も起こらぬことに安堵した彼らは、機材を回収し、新木の下宿へと引き上げることにした。新木の心には、どこか安堵と、それ以上に、期待外れに終わった事柄への軽い落胆が同居していた。しかし、この時の彼はまだ知らなかったのである。自らが回収したあの小さな機械の中に、既に「死の萌芽」が紛れ込んでいたことを。




