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63.歓楽街ゼメル①

「ふわぁ…!」


夢を見ることなくぐっすり寝れたおかげで寝起きはとても清々しかった。

それなのに唇がヒリヒリと痛み、鏡を取り出して確認したら少し腫れてるように見えた。

昨日の夜、風が強かったから乾燥したのかな?

解らないままとりあえずリップクリームも取り出して潤いをカバー。


「あれ? レグがいない…」


私が起きるまで絶対に横にいてくれるレグがいない。

独占欲つよつよなレグが私から離れるなんて…。もしかして何かあったのかな?

悪い想像をしつつゆっくりと外の様子を伺うと、四人揃って焚火を囲っていた。


「おはようございます」


何かを話していたけど風の音で聞こえず、とりあえず挨拶すると四人とも気づいて顔をこちらに向ける。

だけどセトさん、アルファさんはすぐに顔を背けて気まずそうにその場から立ち去った。


「おはよう、トワコ!」

「おはようございます、シャルルさん。二人はどこに?」

「さぁ? それより身体は大丈夫? だるいとか、気持ち悪いとかない?」

「え? いや、何もないけど…。昨日なにかあったんですか?」

「何もないよー。風が強かったからどうかなぁって思っただけ。問題ないなら朝ご飯食べようか。って言ってももうお昼前だけどね」

「お昼前!? え、私そんなに寝てたんですか!?」

「疲れてたのに気づかなくてごめんね。トワコも準備してきな。手伝いが欲しかったら呼んで」


挨拶と同時に抱き着いて、頬を擦り寄せて頭を撫でるシャルルさん。

されるがままに受け入れて、衝撃の言葉に思わず大きな声が出てしまった。

大げさに驚く私を見たシャルルさんは笑って鼻歌交じりにご飯の準備に取り掛かる。

昨日そんなに疲れてたかな…。いや、疲れてたことは疲れてたんだけどこんなに爆睡するほどじゃなかったような…。

不思議に思いながらもテントに戻って収納玉から朝の身支度セットを取り出す。


「はー…スッキリした」

「終わったか?」

「レグ? あと服着替えるだけだから待ってください。今日は着物…じゃなくてオンゾを着ないといけないんですよね? ……え、なに?」

つがいの要望には応えてやらないとな」

「え?」


勝手にテントに入ってきて、意味の解らないことを言うレグ。

わざとらしく作ったような、何かを企んでいるかのような笑顔に後退りをするも逃げ場はない。

身構えていると顎を掴まれ、キスされた。


「え、ちょ…!? なんで!?」

「さぁな」


するだけしてすぐにテントから出て行くレグ。

な、何がしたかったんだ…? イヤじゃないけど今までこんなことしなかったのに何でいきなり…。

驚きと嬉しさで高鳴る胸を落ち着かせ、着物に着替える。

何度か浴衣を着たことがあるからすぐに着れると思ったけど、着物の下に胸を潰す黒い服、それから白いシャツを着ないといけないらしい。

まぁこの寒い時期に着物だけだったら風邪引いちゃうよね…。


「こんなもんかな? 書生さんスタイルで可愛い。……成人式に振袖着る予定だったんだけどなぁ…」


見慣れた服に日本が恋しくなる。

友達と成人式に着る着物について色々話したし、髪型もお揃いにしようってついこの間喋ったっけ…。

大学の卒業にはその着物と袴を買って女学生風コーデにしたいって…。


「トワコ、ご飯できたよ」

「…はーい、今行きます」


今は忘れておこう。新しい観光地を楽しまないとね!

寂しい気持ちに蓋をして、新しい街のことを考えながらテントから出た。

セトさんとアルファさんはまだ姿を消したまま。


「あの二人はご飯食べないの?」

「さっき食べたから大丈夫だよ。それよりトワコ、その服も似合ってるよ」

「ほんと? オスっぽく見えますかね?」

「他人からは小柄なオスの種族に見えるから大丈夫」

「シャルルさんたちももう着替えたんですね。よく似合ってます」

「ほんと? 格好いい?」

「え? あ、うん…。格好いいです」

「ありがとう!」


キラキラした目で聞かれたので素直に感想を伝えると、またハグされる。

ど、どうしたんだろう…。嬉しいんだけど昨日に比べて積極的じゃない?

混乱しつつ手渡されたスープを受け取り、昨日のことを思い出しながら食べていると、ようやくセトさんとアルファさんが戻って来た。

でもやっぱり視線が合わないし、距離をとられてる気がする…。


「あの…。セトさん?」

「な、なんでしょうか」

「私、何かしちゃいましたか?」

「いえっ! すみません、テント片付けますね」

「……。アルファさん」

「俺もセト手伝って来ます!」

「えー…」

「気にしないでいいよ。それよりヴェールつけたほうがいいんじゃない?」

「あ、そうですね。これつけて門まで行っても怪しまれませんかね?」

「トワコ以上に怪しい奴いっぱいいるから大丈夫」


疑問は解決されないままご飯を食べ、身支度を整え、ゼメルの街へと向かう。

花畑は相変わらず綺麗で気分は最高。

門に辿り着くまでにシャルルさんとレグから街での注意事項をたくさん聞いて、しっかり脳に刻む。

門番には私がメスであること。彼らはそのつがいであることはきちんと明かす。でも中に入ればシャルルさんの弟だと名乗ること。

たくさんの男娼がいて、声をかけてくるけどシャルルさんたちが守ってくれるからとにかく声を出さないよう気を付けてほしいと言われた。

見たことのない未知の世界。だからこそしっかり気を張って一人にならないようにしないと!

でもすっごく楽しみだ。

日本にも歌舞伎町とか新宿にそういうお店はあったけど、どんな場所なのか見たことない。

だってあそこは大人の世界だ。ドキドキする…。


「トワコ、もう喋っちゃダメだからね」

「はい、気を付けます」


花畑を歩き続け、ようやくゼメルの街に到着したのは夕方ギリギリだった。

本当だったら朝早く出発してお昼前には到着する予定だったのに…。何であんなにぐっすり寝ちゃったんだろう。

セトさんが代表して手続きをしてくれて、その間シャルルさんの後ろに隠れて様子を見る。

他の街同様、手続きは名前を書いてお金を払うだけでそう変わりはない。

でも五つの首輪を渡され一瞬首を傾げたが、前に聞いていた例の首輪を思い出した。

黒いチョーカーに白くて大きな宝石?石?がついてある首輪。

手渡されたセトさんは私たちにそれらを手渡し、全員が抵抗することなく首に巻いた。


「帰るときにこれがないと街から出られないから、大丈夫だと思うけど絶対になくさないようにね」


シャルルさんに巻いてもらいながら軽い説明を受ける。

それと白い布も手渡され、ヴェールの代わりにつけられた。これは外部の人間であることの証明。

顔を出していない=お客様。顔を出してる=男娼。

そういう認識らしい。

これも取らないようにと念押しされ、頷く。

白い布と言っても外側からは見れないけど、中からはしっかり周囲を見ることができる不思議な布。

相変わらず魔法みたいな道具がたくさんあるなぁ。


「では、つがい持ちである貴方達に忠告を。外部のもの同士による喧嘩は問題ありません、ご自由に。ですがそのせいで売り者を怪我させた場合、多額の支払いがありますのでお気をつけ下さい。それから、売り者をご購入の際は必ずその店の店主に声をおかけ下さい。無理に連れ出そうとしても首輪がなければ出れません」


売り者というのは男娼のこと。

この街にはこの国の法律というものがほとんど適応されていない。いわば治外法権。

その他にも細かなルールがあり、より重要そうなことだけを聞いてようやく中に入ることができた。


「(うわー…日本の家みたい…)」


ゼメルの街は山をくり抜いて作られた堅牢な街。

お昼であっても中は真っ暗で街頭やランプが点々とあるのみで疑似的に夜を作り出している。

怪しげな街。

見た瞬間そう思ったけど、それと同時にそんな街の雰囲気に圧倒され心が躍る。

それに日本風の建物ばかりで懐かしさも込み上げてくる。

あれだ。ドラマとかで見る遊郭みたいな感じ。


「噂で聞いてたけどすっげぇな。あと匂いもきつい」

「シャルルはまだマシだろ。俺なんて鼻が曲がりそうだ…。香水だけじゃなく、あの花も飾られてる…」

「レグルス、先に宿屋に向かいますか?」

「適当に見物しながら向かう。それでいいか」


チラリと私を見下ろすのでコクリと頷く。

先を歩くアルファさんに続いて、セトさん、シャルルさん、私、レグの順番で人が行き交う大通りを歩く。

仮面や白い布をつけていないのはこの街の住民。または男娼。

その中で女性っぽい着物、化粧、仕草をしているのが男娼らしい。

はぐれないように続きながら周囲を見渡すけど、どこを見てもメスにしか見えない男娼が白い布をした人たちに声をかけている。

可愛い子や綺麗な子が多いけど、いかにも男性って感じの人までいた。


「お兄さん達、よかったらうちのお店に寄ってってよ」

「初めての利用なら安くするよー」

「お、そこの兄さん達。強そうだねぇ。そういうのに耐えれる子いるけど、どうだい?」


進むたびに声をかけられる。

見るのは好きだけど声をかけると緊張するし、なんだか恥ずかしい…! これが大人の世界なのか…!

笑顔で声をかけてくる男性の後ろには小さくて白い可愛い男の子たちが手招きしていた。

子供なのかそういう種族なのか解らないけど、本当に可愛い…。可愛いオスが好きなメスなら喜んで買うんだろうなぁ。

なんてことを考えているとあっという間に宿屋に到着した。

受け付けをしているとメスなのか線が細いだけなのか解らない一人の男性と、それらを囲う集団と出くわす。

ついシャルルさんの服を引っ張って視線をそちらに向けると、「ああ」と頷いて小声で教えてくれた。


「メスはこの宿にしか泊まれないんだよ。だから多分あの団体の中にメスがいるんだろうね」


男娼を売りにしている街なだけあって、メスには行動制限がかかっている。

あのお花で発情したオスの中にメスがいると事件になるし、メスがいるなら男娼が見向きもされなくなる。逆に男娼がメスに惚れてしまったら損失になる。

だから宿屋も一か所に留めておけば、街の人はこの宿屋に近づかなくてすむ。

窮屈かと思ったけどこの宿屋の中であれば白い布をとってもいいし、ドレスを着てもいい。つまりメスを明かしても大丈夫だと言う。その代わり問題が起きても責任はとらないとハッキリと言われた。


「では、ごゆっくりお休み下さい。それとレグルス様、オヴェール様が明日にでもご挨拶したいと伝言を預かっております」

「ああ、解った」


受け付けも終わり、鍵を貰って部屋に向かおうとすると、受付の人がレグルスを呼び止めた。

その人の口から出た「オヴェール」という名前に一瞬首を傾げたが、すぐに思い出した。

温泉街で出会った鯱族の女性だ…。確かここの領主をしてるって言ってたよね。

メスが領主になるってよっぽど強いのかな?

どちらにせよあまりいい気はしない。会って挨拶するだけだと思うけど、あの人はレグを狙っていた。

大丈夫って信用しているけどモヤモヤが止まらない。


「なんか靴脱ぐって変な感じー」

「そうだな。だが汚れなくてすむのはいい」

「セトは綺麗好きだよな」

「お前達二人が雑すぎるんだ」

「うわー、畳だ!」

「おい、まだはしゃぐな」


案内された部屋は明らかに和室だった。

靴を脱ぐ場所もあるし、畳もある。その他装飾もどれも日本風なものばかり…。

感動して走り出そうとする私の首根っこを掴まれ、止められる。


「まだ喋らないほうがよかった?」

「いや、それはいい。何もないか調べるから待ってろ」

「了解です」


もしかして宿屋に来るたびに部屋をチェックしてたの?

先に入った三人を扉の前で待ちながらチラリとレグを見上げる。


「あのね、レグ。明日の挨拶、私も行っていい?」

「行かないほうがいいんじゃないか。また怒るだろ」

「お、怒ってないです…」

「すぐに戻るから問題ない。あまり滞在する気はないからゆっくり観光してこい」

「でも…。あの人レグのこと狙ってるし…あんまり二人っきりになってほしくない…」

「……。ああ、なるほど。あのメスに嫉妬してたのか」

「ちッ、違う!」


違わないけど指摘されると顔が熱くなって強く否定しまった。

少女漫画で見るようなヒロインの気持ちが解ったかもしれない。

何で本音と本心を素直に伝えられないんだろう。伝えれば愛情が深まるのに。

って思ってたけど、否定したくなる。

気持ちがバレて恥ずかしいのはもちろんだけど、「醜い感情を指摘される」のが何よりも恥ずかしい。

元々注意されることも、指摘されることも苦手だから余計に強く否定しまう。


「そうか、俺の勘違いか」

「そ、そうだよ!」

「なら明日は俺一人で行っていいよな」


この男は…!

わかってる。バレてる。なのにこんなことをニヤニヤしながら言うんだ…!


「いいから行くの! 聞きたいこともあるし絶対に行く!」

「聞きたいこと?」

「教えないっ。シャルルさん、もう入ってもいいですか?」

「いいよー!」


大人の禁断な世界に魅了されてたけど、その片隅でこの街は日本に関係していることがわかった。

だってこんな露骨に日本っぽいなんてありえないでしょ。

「男娼」なんて言い方も日本語っぽい言い方だし。

レグをとられないためってのもあるけど、日本を知ってるかもしれない…もしかしたら日本人がいるかもしれないと期待してしまう。

正直に教えてくれるか解らないけど、とにかく会って話を聞きたい。

名前を呼ぶレグを無視してシャルルさんがいるほうに向かうと、畳が敷き詰められた大きな部屋と街を見下ろせる大きな窓が目に入る。


「トワコ、床に布団引いて寝るんだけど身体大丈夫?」

「うん、大丈夫です」

「椅子がない代わりにこの布?に座るんだって」

「ああ、座布団ですね」

「もしかして知ってる?」

「はいっ。何故か私の国のものが再現されてるんです」

「そうなの?」


驚くシャルルさんに畳のことや和室での作法を軽く話すと楽しそうに「へー」と聞いてくれた。


「だから靴を脱ぐほうが自然なんです。汚れなくて済みますしね」

「そう? まぁ綺麗好きだもんね、トワコは。でも何かあったらすぐ逃げれないのがなぁ…」

「あー…そういう考えもあるんですね。家は無条件で安心安全な場所なので…」

「まぁ大体の奴はそう思ってるよ。それでも俺みたいな奴に侵入されて殺される場合もあるけど」

「う…」

「トワコ嬢、お疲れではありませんか? 楽な服に着替えましょう」

「あ、そうですね。観光は明日にして今日はもうゆっくりします」


窓の外を見るとたくさんの人が楽しそうに笑っていた。

明日は今日みたいに寝坊しないよう気を付けないと…。

早めに起きて街を見て回って、この街の領主さん…オヴェールさんに会いに行こう。

セトさんに渡された服を持って別室に向かおうとするとレグと視線が合った。

鼻で笑われた気がした「バカ」と言うと、さらに笑われたので無視して別室に入る。

いつか! 絶対に! レグをぎゃふんと言わせてやりたい!

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