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ダマスクローズ  作者: 木蓮


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13/15

戦後のダマス

シャムス国王の公開演説から、内戦は終戦へ向けて着々と進んだ。


政府軍と反対政府軍は和平条約を結び、武器も国連により回収している。


なにより、政権が大きく変わった。

国王が宣言したように、王政から共和制へと変わり少しずつ国民の意志が尊重されるようになった。


荒れ果てた街も、多くの支援者の方々により光が戻ってきた。

徐々にイスラーンへ帰還するものも増えてきた。


彼らは口をそろえてこう言う。


“元の生活に戻るには時間がかかるかもしれない”

“けれど、生まれ育った祖国へ戻れてとても嬉しい”


リリーたちも民間病院や避難所から、ダマスに移動した。


希望に満ちた想いで戻った街は、以前のような姿はなかった。

破壊された店や家、崩れ落ちた城や時計塔に涙を流した。まるでゴーストタウンのようだ。


人が集まっていた広場には、プレハブやテントが建てられ復旧作業が終わるまでここで生活をしている。


内戦が終わりやっと平和に…希望がみえたと思っていた。


けれど現実は悲惨だった。


失ったものの大きさ。

そして二度と帰ってこない命や元の生活。


その現実を受け入れられない人や前線で戦った兵士たちの精神疾患者が後を絶たなかった。


彼らは心に深い傷を背負い生きていくのだ。


リリーは引き続き、現地の大使館やNGOと協力し復興支援の一員として活動している。


あれからノアがどうなったのか分からない。

“きっとどこかで生きている” 

彼女はいつか彼に会えることを信じイスラーンにとどまった。


……………


ダマスでの活動は避難所での支援以上に、心に寄り添うことの難しさを痛感した。


「彼との出会いは、今でも覚えています。」

「なんで俺が死ななかったんだ…そう何度も言っていました。」


………


「はじめまして、リリーです。体調はいかがですか?」

ドアをノックする。

担当する患者さんの家を訪問し、生活や心のサポートをしている。


バン!!と勢いよくドアが開いた。


その患者さんは私の顔をみると暗い顔をした。

「なんだ。また君か…」


どうやら誰かを待っているようだ。


「またお酒飲まれましたね。」足元に転がる瓶や部屋中から酒の匂いがする。


「うるさい、君には関係ないことだ。」そう言いながらも私を招き入れてくれる。


患者さんの名前は、ジーク。

家族を守るために反政府軍として内戦に参加するも、目の前で死んでいく人たちを見て恐怖のあまりに逃げ出したと笑いながら話してくれた。


そして戦地から戻ると、住んでいた家は跡形もなくなっていた。

通りすがりの人にきくと爆弾が落ち、ここに住んでいた人は亡くなったと聞く。

彼は最愛の妻子を亡くした。


「うわああああああああ。嘘だ!!噓だ!!」

当時ジークは泣き叫んだ。


それからというものの自殺行為を何度も繰り返したが、周囲の人の助けもあり死ぬことができなかった。


はじめて訪問したとき、ジークは屍のようだった。

この世から絶望し、ただただ「死にたい」と言っていた。

焦点は合わず、憔悴しきっていた。


彼の瞳からは涙が流れていた。

「殺してくれ…」「一人にしないでくれ」そう何度も呟いていた。


それから医療従事者との懸命なサポートにより、命を取り留めたが…次はお酒におぼれるようになった。


ジークは自分のことを話してくれるとき、自分はダメな人間で生きている価値がないという。


「誰も助けられなかった。なんで俺なんかが生きているんだろうな。」


「それでも私はジークさんが今生きていてくれてよかったって思っています。」


「はは…これは神さまからの罰なのかもしれないな。」

「大切な家族を置いて戦地にいったはいいが、結局怖気づいて逃げたどうしようもないクズな男への罰…」


泣きながら自分を追い詰める。


私はジークの震える手を両手で包んだ。

「ジークさん、あなたは一人じゃありませんよ。」


少しずつ自分のことを話してくれるようになったが、生きることへの意味や希望を失っているようだった。


..........


あれから数週間がたった。

アルコール依存症が落ち着き、ジークは自分で外に出たいと言った。


「外に出るのは数か月ぶりだ。」

「こんなにも空気が澄んで、空は青いんだな。」

空を見上げながら言う彼の目には涙がたまっていた。


そしていつしかリリーと一緒に他の患者さんを訪問するようになった。


ジークと同じように家族を失った人や内戦で怪我をした人の話を隣で聞く。

はじめは、ジークを心配したが、隣でただただ真剣に話を聞いていた。


そして、ある患者さんが言った言葉にジークがはじめて口にしたことがあった。


「リリーさん。内戦のせいで彼は死んだ…内戦が憎くて仕方ない。」

「復讐したとしても、彼は帰ってこないって分かっているの。だけどこの怒りをどこにぶつければいいのかな?」

泣きながら話す彼女は、隣国へ避難する際に内戦に巻き込まれ彼を亡くした。


するといつもの通りに黙っているジークが話はじめたのであった。


「その怒りはずっと心に残って生きていくしかない…」

「私の場合は、その怒りは自分自身だった。自分が情けなくて許せないんだ。彼女に家族を守ると誓ったのに守れなかった。結局自分だけが生き残った。」


「あなたも大切な人を失ったのね…」ジークの言葉に彼女は返した。


そしてジークは言葉をつづけた。

「なんであのとき…っと過去の出来事を何度も後悔し、自殺を試みた。

だけど死ぬことができなかった。幸か不幸か助けてくれる人が周りにいてくれた。」


リリーはジークさんが彼女に何かを伝えたいと同時に自分自身が変わろうとしているのではないかと思った。


「自分のことは許せない。だけど助けてくれた命を、人のために生きたいと少しずつ思えるようになった。」


「それが償いかもしれない…善人な行動をして自分が許されたいだけかもしれない。

それでも、自分が生かされた意味を無駄にするべきじゃないと今は思えるんだ。」


話を終えたジークは、涙を流してた。

「ジークさん、ありがとう。」リリーは彼の背中を優しくなでた。


彼女自身も、ジークの言葉を受け入れるには時間がかかるかもしれない。

だけど少しずつでいい……心の傷を受け入れ、背負って生きていけるように。


「また来るわね。」そういいリリーとジークは彼女の家を出た。


帰り道、ジークは勝手に口出ししてしまったことを謝罪した。


「すみません。勝手に話して…自分と境遇が似ていたせいか口出ししてしまいました。」


「いいえ!きっといつか、ジークさんの話が彼女の心のどこかに光を灯す日がくると思います。」


「ジークさん。自分の経験が人に役立つとは限らないんですよ。

心の傷は人それぞれで…一人一人と向き合って信頼関係を築いていきます。

だけど今日のジークさんの言葉は彼女の心を動かしたと思います。

辛いのに話してくださりありがとうございました。」


「いえ、これまで親身になってくださりありがとうございました。

少しずつ私にできることをしていきたいなぁ…」


変わろうとしているジークさんに言っておくべき言葉があると思った。

急に足を止めるリリーに、ジークも足を止めた。


「ジークさん。いつか自分を許してあげてくださいね!!」


「はは、いつか来るといいな…」彼はこれまで見た中で一番の笑顔をみせてくれたのだ。


……………

ふとなぜジークがいつも勢いよくドアを開けるのは考えたことがあった。

ドアを開けるときの彼の顔は、いつも誰かを待ち望んでいるかのような必死な顔だった。


それはいつか“お父さん、ただいま!”と、妻と娘の元気いっぱいな声が聞けるのではないかと待っているようだった。


……………


「PTSD(心的外傷後ストレス障害」を知っているだろうか。

戦争や事故、災害などを体験した後に発症する病気。

強い恐怖感や無力感を感じたり、悪夢を見たりする症状が現れるのだ。


内戦で多くの人が、PTSDにかかっていた。

実はダマスに戻ってから、ある人物たちに遭遇したのだ。


フェリスさんとブラヒムさんだ。


無事でよかったという安堵ととも、彼の行動や様子みてPTSDを患っているようだった。

「人を殺した感触が忘れられない」「自分も死ねばよかった」「爆撃音がする」

急に震えて泣き叫んだりするとフェリスさんから相談を受けた。


私は医療従事者や専門医、カウンセラーと一緒に乗り越えていこうと提案。


戦前では優しいブラヒムさんが、内戦がはじまってから面影がなくなった。

献身なフェリスさんのサポートとなら大丈夫。

いつかご飯を囲んだ日のように、笑い会える日がくるといいな……



……………………………………


戦争で残された人たちは、辛く悲しく生きる希望を失う。

そして次第に後悔が積り、自分を責め立てる。


もっと会話をすればよかった。もっと話をきいてあげればよかった…

“愛してる” “大好きだよ” “ありがとう”当たり前のことをきちんと伝えればよかった。


何度でも伝えればよかった。

あなたの心に届くまで



ねぇ、ノア。あなたは今どこにいますか?





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