エピローグ
目覚まし時計のけたたましい音で目が覚めた。
いつかと同じように、わたしは無意識のうちに自分のパジャマに着替えさせられ、身体を丁寧に拭き清められ、自分のベッドにまで運ばれていた。わたしは懐かしく思い出す。以前とそっくり同じ状況。あれが、すべての始まりだった。
目覚まし時計のスイッチを切って、隣のカルケーに手を伸ばす。ずらりと並んだニュースの中、人口管理委員会の発表。杉並区、違反者4名。イズミキヨシ、オオヌキコウスケ、ヒロサキイズミ、ワタベキョウ。──大貫さんの名前が、そこに並んでいた。でも、なぜだろう。わたしはその名前を見ても、なにも思わなかった。その名前の羅列に、なにひとつ感じるところがなかった。
それよりも、わたしの視線は別のニュースに吸い寄せられていた。渋谷区で、深夜に通り魔が発生。都内に住む十七歳の男子高校生が重傷。出血多量で危なかったところを、通報で発見され、一命を取り留めた。──よかった、とわたしは思う。コウキ君は生きている。生かしてくれた。本当によかった。どうしよう、すごく、すごく嬉しい。
わたしはベッドから跳ね起きた。すると、喉がピリッと痛んだ。そういえば昨夜、わたしは怪我をしていたんだった。そっと指先で触れてみると、きちんとガーゼがあてられて、手当されているのがわかった。わたしはにっこりと笑った。それから、そうだ、と思った。今日はシャワーを浴びてから学校に行こう。なんとなく身体が砂まみれな気がする。一応身体まで拭き清めてくれたみたいだから、気のせいなのかもしれないけど。それでもシャワーを浴びて、頭も体もシャッキリさせたかった。
下着と、ソックスと、制服のスカートと、シャツを手にしてから、わたしは、はた、と手を止めた。つい習慣で手を伸ばしかけた、その先にあるのはペンダントだった。机の上のペンダント。美代さんにもらって有頂天になった写真。いろいろなお店を必死で探し回って、ようやく見つけたロケット。写真を切り抜いて貼りつけた時、あんなに嬉しかったペンダント。わたしのパパが、若い頃のパパが、笑っているペンダント。ママに嫌われていると思っていたときも、コウキ君と関係がぎくしゃくしていたときも、どんなときだってずっとわたしを支えてくれた、わたしのお守り。
わたしは机の一番下の引き出しをあけた。そうして、隙間にシャラリとペンダントを滑り込ませた、それから、きっちりと引き出しを閉めた。バイバイ、パパ。生真面目でも、誠実でも、優しくもおだやかでもなかった、わたしのパパ。行方不明ですらなくて、ただママに追い出されたっていうだけの、ダメ男の見本市だったというわたしのパパ。
着替えを手に、わたしは部屋のドアをあける。すると、昨日の有様が嘘のように、魔法みたいにきれいに片づいたリビングがあった。そして視線を動かすと、キッチンに立つ、ママの後ろ姿が見えた。後ろから見てもわかった。ママの顔には青あざがあった。腕まくりをしたパジャマからのぞく腕にも、あちこちに痣があった。
「おはよう、ママ」
わたしはママに声をかける。相変わらず返事はなにもなかった。
けれど、そんなことはもう、気にならなかった。
わたしは跳ねるような足取りで、お風呂場へと向かった。
よろしければ感想その他ダメ出しアドバイスなどいただければ幸いです。
2012.01.21:誤字脱字他修正