第7話:首の後ろの紋章と、黙っている理由
お疲れ様です、1日2回更新の3日目(夜の部)です!
翌朝、俺は早く目が覚めた。
布団の中で天井を見上げながら、昨夜聞いた会話を頭の中で何度も反芻していた。
首の後ろ。王家の紋。魔族の王家の血を引く者に、生まれつき刻まれている。
確認するのは、簡単だ。
エリスの髪をどければいい。それだけだ。
でも——それをするということは、俺の仮説が確定するということだ。確定したら、向き合わなければならない。エリスに言うかどうかを、決めなければならない。
俺はまだ、その答えを持っていなかった。
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朝食の時間、リアの家の台所でリアが粥を作っていた。
エリスは物置小屋から出てきて、台所の入り口に立っている。帽子を被って、少し眠そうな顔をしていた。
「手伝う?」
「いい。座ってて」
「でも——」
「座ってて」
リアがぶっきらぼうに繰り返すと、エリスは少ししゅんとして、土間の椅子に腰を下ろした。
俺はそれを外から見ていた。
二人の関係は、少しずつ変わってきていた。リアがエリスを完全に信用しているわけじゃない。でも邪険にもしていない。距離感を測りながら、少しずつ近づいている感じだ。
粥が出来上がり、三人で並んで食べた。
エリスが「美味しい」と言い、リアが「当たり前でしょ」と返しすと、クスッとエリスが笑った。
俺はそれを横目で見ながら、粥を食べ続ける。
「ケンジ、どうしたの」
リアが言った。
「何が」
「朝からずっと考え事してる顔してる」
「してない」
「してる。眉間にシワ寄ってる」
俺は意識して眉間を緩めた。
エリスも俺を見ていた。不思議そうな目で。
「なんでもない。食え」
二人が顔を見合わせ、俺は粥の続きを食べた。
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午前中の訓練が終わった後、俺はエリスに声をかけた。
「少し来い」
「え、どこ?」
「廃屋だ。二人で話がある」
リアが視線を向けてきた。俺は「お前は先に帰っていろ」と言うと、リアが少し不満そうな顔をしたが、頷いた。
廃屋に向かう俺とエリスの背中を、リアはしばらく見ていた。
俺にはわかる。振り返らなかったが、気配でわかった。
リアは「何を確認するのか」が気になっている。でも聞かなかった。聞かないことが、リアなりの信頼の示し方だと、五年一緒にいればわかる。
ただ——帰ってきたとき、絶対に聞かれる。
俺はそれを覚悟しながら、廃屋の扉を開けた。
エリスが俺の正面に座った。帽子の鍔を両手で押さえながら、少し緊張した顔をしていた。
「怒ってる?」
「なんで怒る」
「なんか、雰囲気が……」
「確認したいことがある」
俺は真っ直ぐエリスを見た。
「お前の首の後ろを見せてくれ」
エリスの目が、大きくなった。
「……首の後ろ?」
「ああ」
「なんで」
「確認したいものがある。見ればわかる」
エリスはしばらく俺を見ていた。それから、静かに帽子を外す。黒い髪が広がり、エリスはゆっくりと後ろを向いて、自分で髪をかき上げた。
俺は息を止めた。
あった。
首の付け根、髪の生え際のすぐ下。小さく、でも精緻に刻まれた紋様が、皮膚の上に浮き出ていた。
翼を広げた魔族の紋章。その中心に、一本の角。
魔族の王家の紋だ。本で読んだ図版と、寸分違わない。
「……何かあった?」
エリスが振り返った。
俺は一秒だけ間を置いた。
「何もない。確認できた」
「それだけ?」
「それだけだ」
エリスが首を傾けた。「なんか、変なの」
「変じゃない。帽子を被れ」
エリスは不思議そうな顔をしながらも、帽子を被り直した。
俺は廃屋の壁に背をもたれた。
確定した。
エリスは、魔族の王家の血を引く存在だ。本で読んだ通りの紋章が、確かにそこにあった。魔力量の異常な多さも、全部説明がつく。
ただ——王家の血筋といっても、どの位置に当たるのかはまだわからない。直系なのか、傍系なのか。そして誰の子なのか。紋章だけでは、そこまではわからない。
問題は——これをエリスに言うかどうかだ。
「ねえ、ケンジ」
エリスが言った。
「なんだ」
「私って、何者なんだろうって思うことがある」
俺は動かなかった。
「魔族の村で生まれて、でも村のみんなとは何か違くて。魔力が多すぎるって言われて、制御できなくて。逃げてきて——今ここにいる。自分でも、自分がよくわからない」
エリスが膝の上で手を握りしめていた。
「ケンジは、私のことをどう思ってる?」
俺は少し考えた。
正直に言えばいい。感情を排して、事実だけを言えばいい。お前は王家の血を引いている。紋章がある。それが今わかった。そういうことだ。
でも。
俺の口は、開かなかった。
なぜだ。
俺はこいつを「駒」として見ている。情報価値のある存在として、保護している。感情で動いているわけじゃない。
なのに——今、エリスの顔を見て、言えなかった。
「お前は」
俺はゆっくりと言った。
「自分が何者かより、これから何をするかの方が重要だ」
エリスが俺を見た。
「……それって、答えになってる?」
「なってない」
「正直だね」
「答えになってないことは事実だ」
エリスが小さく笑った。
「でも、なんか——ケンジらしい」
俺は返事をしなかった。
エリスの出自を言わない理由を、俺はまだ自分で説明できなかった。合理的な理由を探せば、いくらでもある。今は時期じゃない。本人が混乱する。まだ情報が足りない部分がある。
でも本当のところは——わからなかった。
廃屋の外で、風が吹いた。
木の葉が揺れる音がした。
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廃屋を出て、リアの家に戻ると、リアが入り口の前に立って待っていた。
「……何を確認したの」
やはり聞いてきた。
「エリスの体に、特徴的なものがあるか確認した」
「特徴的なもの」
「首の後ろに紋章があった」
リアの目が、少し鋭くなった。「紋章って……何の」
「魔族の王家の紋だ」
沈黙が落ちた。
リアがゆっくりと息を吐いた。「……それって、エリスが普通の魔族じゃないってこと?」
「ああ」
「エリスは知ってるの」
「知らない」
「言わないの?」
「まだ言えない」
リアがしばらく俺を見る。それから、静かに言った。「……なんで」
「わからない」
正直な答えだった。
リアが俺の顔を覗き込むように、一歩踏み出した。そのまま、両手をそっとケンジの顔の両側に添えた。逃げられないように、でも力は入っていない。ただ、包むように。
「ケンジ、目を見せて」
俺は動かなかった。
リアが俺の目を、じっと見た。
何秒か、そのままだった。
それからリアは、ゆっくりと手を離した。
「……今は大丈夫」
「何が」
「呪印に引っ張られてる目じゃない。ちゃんとケンジの目だった」
俺は少し黙った。
「そんなに変わるか、目が」
「変わる。あの夜、木を爆砕したときのケンジの目、覚えてる。全然違う目をしてた」
五年前のことを、リアはまだ覚えていた。
「……エリスのことは、ちゃんと考えてから決めて。一人で抱えないで」
「抱えてない」
「抱えてる。顔に出てる」
「出てない」
「出てる」
俺は言い返せなかった。
リアが小さく笑って、家の中に入っていった。
俺は入り口の前に一人で立ったまま、夕方の空を見上げた。
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その夜。
俺は一人で昨夜の拠点跡に向かった。
二人組が去った後の林。テントはもう撤去されていた。地面に靴跡が残っているだけだ。
跡を追った。
足跡は南に向かっていた。王都の方角だ。
二人組は引き上げたみたいだ。
理由は二つ考えられる。エリスを見つけられなかったので一度報告に戻った。あるいは——別の指示があった。
どちらにしても、次の手は来る。時間の問題だ。
俺は足跡を踏みながら、頭の中で計算した。
このまま村にいることの限界が、近づいている。翼と爪の組織が本格的に動き始めたなら、次に来る人間は今回の二人組より格が上になる可能性が高い。村ごと調べられれば、エリスは見つかる。
村を出るタイミングを、そろそろ決めなければならない。
でもその前に。
俺には確認しておきたいことがある。
翼と爪の紋章。あの組織の規模と、依頼主の正体。
二人組から直接聞けなかった。でも足跡が示す方向と、これまで集めた情報を組み合わせれば——次の一手が見えてくるはずだ。
俺は林を出て、村への道を歩いた。
夜空に、見知らぬ星座が広がっていた。
この世界に来て、もう十年が経つ。
異世界に転生した実感が薄れてきたのはいつ頃からだろう。今の俺にとって、この世界はもう「異世界」じゃなく、単純に「俺が生きている場所」になっていた。
母親がいる。リアがいる。エリスがいる。
守るべきものが、増えた。
前世の俺なら、それを「弱点が増えた」と感じていたかもしれない。
今の俺は——よくわからなかった。
弱点なのか、それとも別の何かなのか。
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翌朝、異変があった。
リアが青い顔で走ってきた。
「ケンジ、まずい。また来てる」
「何人だ」
「……今回は、四人」
俺は即座に立ち上がった。
「装備は」
「全員剣。動きが——前の二人よりずっと速い。村の入り口で、もう聞き込みを始めてる」
四人。格上。
前回の二人組が帰って報告した。次の手が来るとは思っていたが、思ったより早かった。
「エリスは」
「物置。でも、村人の噂が広がってるから……時間がない」
そうだ。昨夜、二人組の会話で聞いた。「子供が一人増えた」という噂が村人の間で出ている。
四人が本格的に聞き込みをすれば、すぐに辿り着く。
「わかった」
俺は呪印を静かに解放した。
氷の下で、炎が燃える。
「リア、エリスを連れて廃屋に隠れろ。俺が対処する」
「一人で四人は——」
「今回は前と違う」
リアが俺の顔を見た。俺の目が、どういう状態かを確認するように。
「……わかった。でも、無理だったら逃げて」
「逃げない」
「ケンジ」
「大丈夫だ」
根拠はなかった。
でも——呪印が、今日は妙にクリアに感じられた。
昨日、エリスの首の後ろの紋章を確認したとき。あの瞬間に何かが変わった気がした。守るべきものの輪郭が、はっきりした気がした。
俺は村の入り口に向かって歩き出した。
四人。
前回より格が上。
それでも——通す気はない。
呪印が、胸の奥で静かに、でも確かに燃えていた。
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