第6話:三人の秘密と、村に忍び込む影
お早うございます!1日2回更新の3日目(朝の部)です。
休日のお供に、ぜひお楽しみください。
翌日から、三人の生活が始まった。
朝、俺とリアが森で訓練する。エリスは物置小屋で待機。昼、俺が雑貨屋で本を読む。夕方、三人で廃屋の裏手に集まって情報を共有する。夜、解散。
シンプルなルーティンだった。
問題は、エリスが思いのほか退屈に強くないことだ。
「……ねえ、ケンジ」
三日目の夕方、エリスが言った。
「なんだ」
「私も訓練したい」
俺はエリスを見た。
「怪我が治ってない」
「もうほとんど痛くない」
「ほとんど、は治ってないということだ」
エリスが唇を尖らせた。「ケンジって、融通が利かないよね」
「リスク管理だ」
「同じ歳なのに、なんでそんなおじさんみたいなこと言うの」
リアが隣で噴き出した。
「笑うな」と俺が言うと、リアが「だって」と肩を震わせた。「エリスの言う通りだもん」
俺は二人を交互に見た。
この組み合わせが連携し始めると、なんとなく俺が損をする構図になる気がした。前世でも、職場の女性社員二人に挟まれると大体そうなっていた。
「……一週間待て。それから始める」
エリスの顔が、ぱっと明るくなった。
「本当に?」
「約束は守る」
エリスがにこりと笑った。
俺は視線を逸らした。
その笑顔が、少しだけ——見ていられなかった。理由はわからない。いや、わかりたくなかった。
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一週間後、エリスの足は完全に治った。
訓練を始めた。
場所は村外れの森の中、廃屋のさらに奥。人が来ない場所だ。
まず基礎から見た。走らせて、跳ばせて、体の動かし方を確認する。
……驚いた。
「お前、戦ったことあるか」
「ない。でも村で魔法の練習はしてた」
「魔法だけか?体術は」
「習ってない。でも体は動くよ」
体は動く、というのは正確じゃなかった。エリスの動きは、素人にしては明らかに洗練されていた。重心の位置、足の運び方、反射の速さ。教わっていないのに、基本的な動作のセンスが高い。
血筋か。
魔族の王家の血なら、身体能力が高くても不思議じゃない。
「魔法は使えるか」
「……使える。でも制御がうまくできなくて」
「どんな感じで暴走する」
「力の加減がわからなくて、思ったより大きく出ちゃう。小さく出そうとすると逆に出なくなるし」
俺は少し考えた。
それは俺の呪印と似た問題だった。出力の加減が難しい。多すぎるか少なすぎるかの二択になる。
「やってみろ。小さく、木の葉一枚を浮かせるつもりで」
エリスが地面の枯れ葉に手を向けた。
紫の魔力が滲んだ。
次の瞬間、周囲十枚の枯れ葉が一斉に吹き飛んだ。
「……ごめん」
「謝らなくていい。傾向はわかった」
リアが吹き飛んだ葉を見て「すごい魔力量だね」と呟いた。
「制御できれば武器になる」と俺は言った。「当面の訓練方針は、出力を絞る練習だ。大きく出すのは後でいい」
エリスが真剣な顔で頷いた。
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それから二週間が経った。
三人の訓練は、少しずつ形になってきた。
リアは弓の精度が上がっていた。もともと上手かったが、俺が「動く標的への対応」を意識させてから、射角の読みが鋭くなった。
エリスは魔力の制御が、ほんの少しだけ改善していた。十枚吹き飛んでいたのが、三枚になった。まだ全然足りないが、方向性は見えてきた。
俺は呪印の身体強化と、黒炎の制御を並行して練習していた。黒炎はまだ周囲を焦がすが、焦げる範囲が少しずつ狭まってきている。
三人がそれぞれ成長している実感があった。
問題が起きたのは、そんなある夜のことだった。
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「ケンジ」
リアが駆け込んできた。夜の九時を過ぎていた。俺はちょうど布団に入るところだった。
「どうした」
「村の東側に、見知らぬ人影があった。二人組。こっちには気づいてないと思うけど、明らかに村を観察してた」
俺は即座に起き上がった。
「装備は」
「暗くてよく見えなかった。でも体格は大人の男。動きが……なんか、普通の人と違う感じがした」
「違う感じ、というのは」
「静かすぎる。足音がほぼ聞こえなかった」
訓練された動き、ということだ。
前回の三人組とは違う。素人の賞金稼ぎじゃない。
「エリスは」
「物置で寝てる。気づいてない」
俺は考えた。
二人組。無音の動き。村の観察。
同じ依頼主が、今度は質の高い人間を送り込んできた可能性がある。前回の三人が帰ってこなかったから、依頼主は何かを察して次の手を打った。
「今夜は動くな」
「え?」
「向こうもまだ様子見の段階だ。こちらが動けば存在を知らせることになる。今夜は監視だけして、相手の動きを把握する」
リアが頷いた。「……わかった。どこで見張る?」
「お前は家にいろ。俺が一人で確認する」
「一人で?」
「二人で動けば気づかれやすい。それに——」
俺は窓の外の暗闇を見た。
「お前が見て違和感を感じた相手だ。慎重に動く」
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夜の村は静かだった。
俺は家を出て、影に沿うように東側へ向かった。呪印を薄く解放して、感覚を研ぎ澄ませた。前回の森での戦闘でわかったことがある。呪印を使うと、通常より気配の感知範囲が広くなる。
東側の外れ、納屋の裏手に近づいた。
いた。
二人組。リアの言う通り、動きが静かだった。気配を殺す訓練を積んでいる。でも呪印で感覚を広げた俺には、微かに体温の気配が感じられた。
俺は物陰から二人を観察した。
一人が村の地図らしきものを広げていた。もう一人が村の家々を指差しながら、何かを囁いている。
声が聞こえなかった。口の動きだけで会話しているようだった。
装備を確認した。剣を二本ずつ、短剣も見える。動きやすい黒い服。顔を布で半分隠している。
前回とは明らかに格が違う。
俺は動かなかった。
今夜は情報収集だけだ。感情を抑える。氷の下で、怒りを燃やす。
二人は十分ほど観察してから、静かに村を離れた。
俺は二人が完全に見えなくなるまで追跡した。村から二キロほど離れた林の中に、小さなテントが張られていた。拠点だ。二人は中に入って、明かりが消えた。
俺は引き返した。
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翌朝、三人で集まった。
「昨夜の二人組は、村の外に拠点を張ってる」と俺は言った。「本格的な監視だ。前回の賞金稼ぎとは違う。訓練された人間だと思う」
エリスの顔が曇った。「……私のせいで」
「原因分析は後でいい。今は対策を考える」
「どうするの?」と リアが聞いた。
「三つの選択肢がある」
俺は指を折った。
「一つ、今すぐ排除する。ただし相手の格が上がっている。リスクが前回より高い。二つ、このまま放置して様子を見る。ただし相手の目的がわかるまで時間がかかるし、その間にエリスが見つかる可能性がある。三つ、村を出る」
沈黙が落ちた。
「……村を出る?」とリアが繰り返した。
「遅かれ早かれ、ここにいる限り追跡者は来続ける。根本的な解決にはならない。依頼主を潰さない限り」
「依頼主を潰すって——どうやって」
「まず依頼主の正体を突き止める。そのためには情報が要る。この村では手に入らない。街に出る必要がある」
リアが黙って俺を見ていた。それから、静かに言った。
「……ケンジは最初から、そのつもりだったんじゃない?」
俺は少し間を置いた。
「可能性として考えていた」
「いつから」
「エリスが来た日から」
リアがため息をついた。長い息だった。でも怒っていなかった。
「……わかった。でも今すぐじゃないでしょ」
「ああ。今夜はまず、あの二人の目的を確認する。それから判断する」
エリスがずっと黙っていた。俺は視線を向けた。
「何か言いたいことがあるなら言え」
「……私のために、二人は村を出なきゃいけなくなるの?」
「まだそうと決まってない」
「でも、そうなるかもしれない」
「そうなったとき考える。今は目の前のことだ」
エリスが俺を見た。大きな目に、複雑な感情が浮かんでいた。
「ケンジって、怖いくらい冷静なのに——なんで私を助けたの」
俺は少し考えた。
合理的な計算だ、と言うつもりだった。
でも——昨夜、拠点を確認して引き返すとき、俺が一番最初に考えたことを思い出した。
エリスに気づかれる前に潰せるか、という計算より先に——気づかれたら怖い思いをさせる、という考えが来ていた。
……順番が、おかしかった。
「合理的な判断だ」
俺はそう答えた。
エリスが「そっか」と静かに言った。
信じていない顔だった。
リアが小さく笑うのが見えた。俺は視線を逸らした。
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その夜。
俺は再び二人組の拠点に近づいた。
テントの中から、声が漏れていた。昨夜より油断しているのか、会話が聞こえた。
「……もう少し様子を見ろとのことだ」
「角の子供の痕跡はあったか」
「まだない。だが村人の話では、最近子供が一人増えたという噂がある」
俺の体が、微かに固まった。
噂になっていた。
帽子で隠してはいるが、エリスが完全に人目に触れないわけじゃない。リアが食料を取りに行くとき、遠目に見た村人がいたのかもしれない。
「もし見つかったら」
「依頼通りだ。殺して証拠を消せ。今度は目撃者も含めて徹底的に」
目撃者も含めて。
俺とリアも、殺す気だということだ。
俺は感情を抑えた。氷の下で、燃やす。
もう一人が続けた。「ただし——依頼主は言っていた。もし子供に王家の紋が刻まれているなら、殺すな。生け捕りにして連れてこいと」
王家の紋。
エリスの体に、そんなものがあるのか。俺は知らなかった。
「どこに紋があるんだ」
「首の後ろだそうだ。魔族の王家の血を引く者には、生まれつき刻まれているらしい」
俺は静かに引き返した。
情報は十分だ。
歩きながら、頭の中で整理した。
エリスの首の後ろ。確認していなかった。でも——もし本当に紋があるなら、俺の仮説が確定する。
そして依頼主は、エリスを「殺す」から「生け捕り」に切り替えた。つまりエリスの価値を改めて認識したということだ。
状況が、変わってきた。
家に戻って、布団に入った。
眠れなかった。
天井を見上げながら、俺は考え続けた。
エリスの首の後ろ。王家の紋。生け捕りの命令。翼と爪の封蝋。
全部が繋がっていく。
まだ確定じゃない。でも明日、確認する必要がある。
呪印が、暗闇の中で静かに脈打っていた。
いつもより、少しだけ——速く。
第6話をお読みいただきありがとうございました。
ついに見つかってしまったかのような、いやな緊張感……。ですが、今のケンジはただ怯えて待つだけの子供ではありません。
次回の更新は、本日【夜18:00】です!




