第5話:魔力ゼロの子供が、賞金稼ぎを殺した夜
お疲れ様です、1日2回更新の2日目(夜の部)です!
週末の夜のひとときに、ケンジの容赦のない無双劇をお楽しみください。
翌朝、俺は村の雑貨屋に行った。
目的は本だ。
ランテ村の雑貨屋は品揃えが壊滅的で、本の棚なんてものはないが、行商人が置いていった古い冊子が埃をかぶって隅に積んである。俺はこの村に来てから、そこにある本を片っ端から読んでいた。魔法の基礎知識、この大陸の地理、種族の生態、冒険者ギルドの仕組み——何でもいい。この世界のことを、俺は知らなすぎる。
前世のサラリーマン時代の癖だ。新しい環境に放り込まれたら、まず情報を集める。使えるかどうかは後で判断する。とにかく集める。
今日の目的は魔力に関する本だった。
棚の奥を漁ると、薄い冊子が一冊出てきた。『魔力色彩と属性の基礎』。表紙が破れかけていて、ページが黄ばんでいる。でも内容は読める。
俺は立ち読みしながら、昨夜の紫の魔力のことを頭の中で照合した。
魔力の色は属性に対応している。緑が風、赤が火、青が水、黄が土、白が光、黒が闇。そして紫は——
ページを繰った。
該当箇所を見つけた。
紫の魔力を持つ者は極めて稀であり、歴史的に記録されているのは魔族の王家の血を引く者のみである。通常の魔力とは異質な性質を持ち、複数属性を内包する可能性が示唆されている。
俺は冊子を閉じた。
魔族の王家の血。
エリスの紫の魔力。制御できないほどの量。
点と点が、静かに繋がっていく。
まだ確定じゃない。でも可能性として、頭に入れておく必要がある。
俺は冊子を閉じて棚に戻した。
「また来たのかい、ケンジ」
カウンターの奥から、店主のおじいさんが顔を上げた。七十近い、白髪の痩せた男だ。この村で数少ない、俺に対してほとんど警戒心を持っていない大人だった。
「ああ」
「今日は何を読んでたんだい」
「魔力の色と属性の話」
店主がほっほっと笑った。「またずいぶん渋いのを選ぶねえ。あんた、本当に本が好きだ。この村じゃそんなに本を読む子は珍しいよ。大人でも読まない人の方が多いのに」
「必要だから読む」
「必要?十歳の子供が魔力の本を?」
「知らないことは弱点になる」
店主がしばらく俺を見ていた。それから静かに笑った。「……そうかい。大した子だ」
俺は店主に軽く頭を下げて、雑貨屋を出た。
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問題が起きたのは、その午後だった。
リアが青い顔で走ってきた。
「ケンジ、まずい」
「何だ」
「村の入り口に男たちが来てる。三人組。村人に聞き込みしてる」
俺の頭が、即座に動いた。
エリスを追っていた連中だ。撒いたと思っていたが、村の近くまで追跡してきたか。聞き込みをしているということは、まだエリスの行方を掴めていない。でも時間の問題だ。
「エリスは」
「物置にいる。気づいてない」
「このまま気づかせるな。俺が対処する」
「対処って——どうやって」
俺はリアの目を見た。
「村の外に誘い出す。森の中で終わらせる」
リアが息を飲んだ。「……終わらせるって」
「向こうがどういう目的で来てるか、まだわからない。でも」
俺は村の入り口の方をちらりと見た。
「殺しに来てるなら、容赦しない」
リアが黙った。俺の顔を見て、何か言いたそうにして——やめた。
「……わかった。私はどうすればいい」
「森の東側の大木に登って待機しろ。俺が連中を引き込んだら、牽制で矢を撃て。当てなくていい。動きを乱すだけでいい」
「わかった」
リアが弓を手に取って、森の方へ走っていった。
俺は村の入り口に向かった。
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三人組は、村の広場で村人に話しかけていた。
全員男。一番大きい奴が二メートル近い体格で、剣を腰に下げている。残り二人は小柄で、弓と短剣を持っていた。装備はそれなりだが、動きを見る限り連携が取れていない。昨日の追跡のときと同じ印象だ。
村人への聞き込みの内容が、風に乗って断片的に聞こえてくる。「角の生えた子供」「この辺りで見なかったか」。
俺は少し離れた場所から観察した。
三人の目つきを確認する。
獲物を探す目だった。金のためなら何でもやる、という目だった。依頼内容がどんなものであれ、実行するだけの連中。
俺は広場に歩み出た。
「お前たちが探してる子供、知ってるぞ」
三人がこちらを向いた。
十歳の子供が突然現れたので、明らかに警戒が緩んだ。大男が俺を見下ろして、口の端を緩めた。
「ほう。どこにいる」
「森の中だ。俺が案内できる」
「……なんでお前が教える」
「礼金が欲しい。それだけだ」
三人が顔を見合わせた。それから、大男が笑った。
「ガキのくせに現金なやつだ。いいだろう、案内しろ」
俺は踵を返して、森へ向かって歩き出した。
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森に入って五分歩いたところで、俺は立ち止まった。
木々が密集していて、視界が悪い。逃げ場が限られる。事前に選んでおいた場所だ。
「この辺りに隠れてる」
俺が言った瞬間、三人が動いた。包囲しようとする動き。やはり連携は雑だ。
「なあ、ガキ」
大男が剣の柄に手をかけながら言った。にやにやと笑いながら、じりじりと間合いを詰めてくる。
「依頼主から聞いてるんだよ。あのガキを見つけたら、関わった人間も片付けろってな。目撃者は消せ、ってことだ」
殺害依頼。
やはりそういうことか。
俺は表情を変えなかった。
「そうか」
呪印を、足に流した。
脚全体に熱が満ちる。次いで全身に細く広げる。昨日の感覚より精度が上がっている。
大男が剣を抜いた瞬間——俺は動いた。
地面を蹴る感触が、消えた。
速い。視界が流れる。大男の懐に潜り込む距離が一瞬だった。剣を振り下ろす動作が、スローモーションに見えた。
俺は大男の剣を持つ手首を両手で掴んで、体重を使って捻り上げた。関節が限界まで歪む感触。大男が「がっ」と短く呻いて、剣が地面に落ちた。
そのまま、首筋に呪印を集中させた右手を叩き込んだ。
黒い光が、一瞬だけ走った。
大男が、音もなく崩れ落ちた。
「なっ——」
残り二人が反応するより先に、俺は次の一人に向かっていた。
短剣使いが剣を構えようとした——その手首を掴んで、逆方向に折った。
ぼきっ、と骨が折れる音がした。
男が絶叫した。その声が終わる前に、俺は男の後頭部に手刀を叩き込んだ。男が倒れた。
最後の一人——弓使いが矢をつがえようとした瞬間。
ヒュッ、と矢が飛んできた。
男の弓を持つ手のすぐ横に突き刺さった。リアの矢だ。男がびくっと動きを止めた。
その一瞬で俺が詰めた。
男の首元を、呪印を纏った手で掴んだ。
「待って——待ってくれ、俺はただ依頼を——」
「依頼主は誰だ」
男の顔が歪んだ。「知、知らねえ。名前は教えてもらえなかった。ただ裏のルートで流れてきた依頼で——」
「どんな依頼だった」
「……角の生えた子供を見つけたら、殺せ。生け捕り不要。証拠も残すなって」
殺せ。
俺は男の顔を見た。男は震えていた。命乞いをしようとして、でも俺の目を見て——やめた。
俺の目が、どういう目をしているか。
自分ではわからない。でも男が黙ったのは確かだった。
「依頼主の特徴は」
「会ってない。文書だけだった。でも……封蝋に、魔族の紋章みたいなのが入ってた。翼と、爪の……」
必要な情報は、全部吐いた。
俺は男の首元を掴んだまま、静かに考えた。
この男はエリスを殺しに来た。依頼だから、金のために。エリスが十歳の子供であることを知っていて、それでも来た。そして俺も「片付けろ」と言われていた。
逃がせば、依頼主に報告する。失敗したこと、村の場所、俺の存在。全部筒抜けになる。
計算は、一秒で終わった。
「助、助けて——俺はただ依頼を受けただけで——」
「知ってる」
俺は男の首筋に、呪印を集中させた。
黒い光が、指先から流れ込んだ。
男の言葉が、途中で止まった。
静かだった。
俺は男をゆっくりと地面に横たえた。
三人が、森の中に横たわっていた。
このまま放置はできない。遺体が見つかれば村に飛び火する。
俺は三人から少し距離を取って、右手を前に伸ばした。
呪印を、手のひらに集める。
いつもの黒い光じゃない。もっと深く。もっと熱く。
指先から、黒い炎が生まれた。
普通の炎とは違う。オレンジじゃなく、深い黒の中に紫がちらつくような色だ。熱さより先に、ぞわりとした感覚が空気を震わせた。
俺はその炎を、三人の体に向けて解き放った。
黒炎が、遺体を包んだ。
音もなく燃え広がる——はずだった。
「っ」
炎が、制御から外れた。
遺体だけを焼くつもりが、周囲の草と、根元の木の幹まで黒く焦げ始めた。じわじわと広がる黒い炎。消そうとして意識を絞ると、今度は出力が落ちすぎて炎が細くなる。
どちらかに振れすぎる。
加減がわからない。
俺は奥歯を噛んで、集中した。炎を絞る。広がりを抑える。遺体の輪郭に沿わせるイメージで——
三十秒ほどかけて、ようやく炎が遺体だけを焼くようになった。
周囲の草が、直径二メートルほど黒く焦げていた。木の幹にも、黒い焦げ跡が残った。
遺体は、数分で灰になった。
風が吹いて、灰が散った。
跡に残ったのは、黒く焦げた地面と、焦げた木の幹だけだった。
俺は右手を下ろした。
まだ制御できていない。遺体だけを綺麗に焼けるようになるには、もっと練度が要る。
でも——使える。
木の上からリアが降りてきた。
焦げた地面と、消えた三人の痕跡を見渡して、一瞬だけ息を飲んだ。それから俺を見た。
「……ケンジ」
「情報は全部吐いた。逃がせば筒抜けになる」
「……うん」
「合理的な判断だ」
リアが何も言わなかった。
俺はリアの顔を見た。青ざめていた。でも責めていなかった。
「大丈夫か」
「……私は大丈夫。ケンジは?」
俺は少し考えた。
大丈夫かどうか。正直に言えば——大丈夫だった。
それが、少し怖かった。
人を三人殺して、黒炎で焼いて、何も感じていない。前世の俺なら、膝から崩れ落ちていたはずだ。でも今の俺は、炎の制御精度の話をしていた。次はもっと綺麗に焼けるようにしなければ、と。
感情が、動かなかった。
「……普通だ」
俺が答えると、リアが複雑な顔をした。
「それが怖い」
「知ってる」
二人で森を抜けながら、俺は聞き出した情報を整理した。
翼と爪の紋章。魔族の紋章。裏ルートの依頼。
エリスを消そうとしている魔族の誰かが、確実にいる。
「リア」
「なに」
「エリスの周りが、思ったより複雑だ」
リアが俺の横顔を見た。
「……どういうこと」
「まだわからない。でも一つだけ確かなことがある」
俺は前を向いたまま言った。
「この子を、うかつに外に出せなくなった」
リアが黙った。
物置の方から、エリスが鼻歌を歌っている声が微かに聞こえてきた。何も知らないまま、のどかな夕方を過ごしている。
俺はその声を聞きながら、翼と爪の紋章を頭の中に刻んだ。
魔族の紋章。裏ルートの殺害依頼。エリスの特異な魔力を知っている何者か。
魔族の中の誰かが、エリスを消そうとしている。でも誰が、なぜかはまだわからない。
まだ見えていないものが、たくさんある。
でも一つだけ——一つだけ、はっきりしていることがある。
俺がこいつらを全員潰すより先に、エリスが殺されることは、させない。
それが計算なのか、それ以外の何かなのか。
俺には、まだわからなかった。
夕暮れの光が、木々の間から差し込んできた。
呪印が、胸の奥で静かに、確かに脈打っていた。
第5話をお読みいただきありがとうございました!
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次回は明日、日曜日【朝07:00】に第6話を投稿します。




