第45話:古竜との決戦
古竜が前足で地面を叩いた。
土の槍が一斉に四方向から伸びた。
「散開——!」
全員が別々に飛んだ。
俺は土の槍を黒炎で焼きながら走った。
三本を焼いた。四本目が脇腹をかすめた。
「——ッ」
痛い。鱗の先端が皮膚を切った。浅い。でも血が出た。
止まらない。
「エリス——!」
「やる——!」
エリスが両手に火と土の魔力を同時に集めた。
今日まで試してきた複合魔法。
土塊を作った。それを火で包んだ。
溶けていく。岩が熱を帯びて、オレンジ色に光り始めた。
「——《溶岩弾》!!」
溶けた岩の塊が、古竜の首の傷口に向かって飛んだ。
ドシュッ——。
傷口に当たった。
溶岩が傷口に流れ込んだ。
古竜が高く吼えた。
今まで聞いたことのない声だった。
痛みだ。
「もう一発——!!」
エリスが続けた。
二発目の《溶岩弾》が同じ場所に当たった。
古竜の動きが大きく乱れた。
「ケンジ——!!」
リアが叫んだ。
「わかった——!!」
俺は古竜に向かって走った。
呪印を全身に解放し身体強化をする。
黒炎が全身を包んだ。
古竜の首の傷口——ドラの双剣が作り、エリスの溶岩弾が広げた場所——に向かって、両腕を叩き込んだ。
黒炎が傷口に食い込んだ。
内部から燃え広がる感触があった。
古竜の動きが止まった。
四肢が震えた。
巨体が——ゆっくりと、倒れ始めた。
地響きがした。
白い天井の光が、その巨体を照らし続けていた。
静寂。
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誰も動かなかった。
しばらく、全員が息を整えた。
俺は右手を見た。
人差し指の先端が、いつもより黒ずんでいた。《黒炎弾・旋》を放った跡だ。回転をかけるために、今まで以上の圧力を指先にかけた。
でも——届いた。
二十メートル先の古竜の目に、ぶれずに直撃した。
「……ケンジ」
エリスが近づいてきた。
「何だ」
「最後の黒炎弾、いつもと違った。螺旋みたいに飛んだ」
「回転をかけた。初めて使った」
「《黒炎弾・旋》?」
「そうだ」
「……すごい。見てて、綺麗だった」
「綺麗かどうかはわからない」
「綺麗だったよ。黒い螺旋が飛んでいくの——ちゃんと目で見えた」
リアが「私も見えた」と言った。「あれが目に当たった瞬間、古竜の動きが止まった」
「それが《黒炎弾・旋》の効果だ。回転による貫通力が上がる。ただし今日は一発しか撃てなかった。練習が必要だ」
「《溶岩弾》も——初めて実戦で使えた」
エリスが自分の手を見た。
「中継点での練習より、ずっと大きく出てしまった。コントロールがまだ甘い」
「今日のは十分使えた。精度はこれから上げればいい」
「うん。でも——当たった時の感触、すごかった。溶岩が傷口に入っていく感じが、手に伝わってきた」
「気分が悪くなったか」
「……少し。でも——倒れた。それが答えだって思った」
エリスが少し顔を上げた。
「ケンジが全員で帰るって約束したから、信じてた。だから最後まで撃てた」
「俺も全員無事だから守れた」
「……うん」
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ドラが古竜の傍に立っていた。
「でかかった。今まで戦った中で一番でかい」
「古竜という括りでは弱い方だ。これより強い竜が深層にいる」
「……そうか」ドラが少し間を置いた。「でも——俺の剣が深く入った。《鱗走竜》の時は弾かれた。今日は入った」
「身体強化の精度が上がったからだ」
「土属性を脚だけでなく、腕にも集中させるのが少しできてきた。跳躍しながら、着地の瞬間に腕に切り替えた」
「それができればもっと使いやすくなる」
「練習する」
リアが「ドラの跳躍、今日最高だったね」と言った。
「リアの矢が傷口に入った。あれがなければ倒せなかった」
「連携だ」
「そうだな」
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素材を回収し始めた時、ドラが「ケンジ」と言った。
「何だ」
「右腕——血が出てる」
俺は右腕を見た。
土の槍に掠められた傷が、まだ滲んでいた。二十層の腐敗毒の時より深くはない。でも血は出ている。
「問題ない」
「リア、見てやれ」とドラが言った。
リアが寄ってきた。
「見せて」
「自分で——」
「見せて」
有無を言わせない声だった。
俺は腕を差し出した。
リアが傷を確認した。「……浅い。でも砂を噛んでるかも。洗わないと」
水場で洗ってから布を巻いてくれた。
「ありがとう」
「お互い様」
「二十層の時、お前の手の甲に巻いたのを返してくれているのか」
「そういうわけじゃないけど——でも、そうかもしれない」
リアが少し笑った。
「ケンジが怪我してるの、慣れない」
「俺も慣れていない。深層になるほど増える」
「わかってる。でも慣れない」
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古竜の素材を収納袋に押し込んだ。鱗が大きくて重い。でも袋は問題なく受け入れた。
頭部の傍に、何かが落ちていた。
ドラが拾い上げた。
「石か?」
丸い石だった。白い。握り拳ほどの大きさ。でも——表面が滑らかすぎた。自然にできた石じゃない。内側から微かに光っていた。
「魔道具か」
俺が受け取った。
持った瞬間、左手首の腕輪が反応した。
じくり——と、呪印の熱が動いた。
「……また反応している」
「腕輪が?」とエリスが言った。
「ああ。この石が——呪印と同じ系統かもしれない」
「どんな感じがする?」
「熱い。腕輪の時と似ているが、少し違う。こちらは——外に向かって広がろうとする感触がある」
「外に向かって?」
「腕輪は内側に向かっていた。俺の中の呪印の熱を感知する方向だった。この石は逆だ。外に何かを放出しようとしている」
「怖くない?」とリアが言った。
「怖くはない。ただ、まだわからない」
「持っていく?」
「ああ。腕輪と同じように、使い方を探っていく」
収納袋に石を入れた。
エリスが「二つも不思議なものが手に入ったね」と言った。
「深い層ほど出やすくなるとジンが言っていた。この先もっと出るかもしれない」
「楽しみ。怖いけど、楽しみ」
「怖いのと楽しみは両立する」
「ケンジに言われると、なんか許可が下りた気がする」
「許可が必要だったのか」
「……なんとなく。ここで楽しいって思っていいのかなって、たまに思う。ヴォルテクスに追われてるのに、ダンジョンが楽しくなってきてるの、変かなって」
俺は少し考えた。
「変じゃない。強くなることを楽しんでいる。それは間違いじゃない」
「……うん」エリスが頷いた。「ありがとう」
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二十五層の中継点に入った。
全員が座り込んだ。
しばらく、誰も喋らなかった。
古竜の咆哮が、まだ耳の奥に残っていた。
「……勝ったな」
リアが呟いた。
「ああ」
「古竜に、四人で勝った」
「ああ」
「……なんか実感ない」
「後から来る。いつもそうだ」
リアが「そうだね」と言った。
ドラが「次は三十層だ」と言った。「確認されている最深層のボスがいる」
「《溶岩守護者》だ。灼熱地帯の入口に立っている」
「環境がまた変わるな」
「ああ。山林が終わって——溶岩になる」
「大変そう……」とエリスが言った。「でも行く」
「行く」とリアが言った。
「行く」とドラが言った。
俺は焚き火に火をつけた。
白い天井の光が、中継点を柔らかく照らしていた。
ダンジョンに入って、もうすぐ一年が経つ。
全員が十二歳になっていた。
でも——確かに、変わっていた。
技が増えた。強くなった。
外の世界で、ヴォルテクスが動いている。
でも今は——まだここにいる。
もっと深く。
もっと強く。
それだけだ。




