第44話:黒炎弾・旋
二十五層の空間は、今まで見た中で最も広かった。
天井が見えない。白い光が遠く上方で滲んでいた。木が巨大だった。幹が二十メートルを超えるものが何本も立っていた。根が地面に深く食い込んで、地形そのものを作っていた。
そして——いた。
木々の奥。開けた場所。
《山林の古竜》。
大きい。
全長は十五メートルを超えていた。体型は四足歩行だが、後ろ足の方が太くて長い。翼が折り畳まれていた。全身が深緑の鱗に覆われており、鱗の一枚一枚が大きい。腹の部分は土色に変化していた。
頭が大きい。顎が発達している。でも——目が違った。
今まで倒してきた魔物の目とは違う。
知性があった。
俺たちを見た。観察していた。
「……」
誰も喋らなかった。
古竜が、低く唸った。
その唸り声で、空気が動いた。
風だ。
「風属性の魔力を持っている」とリアが小声で言った。「今の唸り声——風が来た」
「そうだ。風と土の複合属性だ。どちらも使ってくる。エリス」
「うん」
「風と土どちらの攻撃も来る。光の障壁は対応できるか」
「風には……どうだろう。試したことがない。火や毒は防げたけど」
「わからないなら頼るな。物理的な攻撃に備えろ。障壁は最後の手段として温存しておけ」
「わかった」
「リア、風感知で動きを追えるか」
「……さっきの唸り声の後、空気がずっと揺れてる。追えると思う。でも——私と同じ属性を持ってるってことは、私の感知を攪乱できるかもしれない」
「可能性がある。感知を使いながら、同時に目でも追え。両方で確認しろ」
「わかった」
「ドラ、匂いは」
「古い。今まで嗅いだことのない古さだ。強い。たぶん竜型の急所の位置は《鱗走竜》《溶鉄竜》と変わらないはずだ。首の付け根と目」
「頼む」
俺は古竜を見た。
どこから仕掛けるか。
正面は危険だ。口から何を吐くかわからない。側面を取りたいが、あの体の大きさで振り返られたら追えない。
まず——動きを見る。
「俺が先に仕掛ける。全員、俺の動きに合わせろ。指示は出す」
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俺は古竜に向かって走った。
古竜が動いた。
速い。巨体のくせに、地面を蹴る力が桁違いだった。
前足が振り下ろされた。
俺は左に飛んだ。
地面が砕けた。石畳が抉れた。
古竜の前足の爪が地面に刺さっていた。
その瞬間——地面が動いた。
前足の爪から、土属性の魔力が地面を伝わってきた。
「地面が——!」
俺の足元の地面が隆起した。
上に跳んで回避した。
隆起した地面が、槍のように尖って突き出した。土の槍だ。複数。一瞬で四本が俺のいた場所に立った。
「土魔法を地面を通じて使う」と俺は叫んだ。「足元から来る。常に動いていろ!」
「——わかった!」とリアが叫び返した。
古竜が今度は頭を振った。
風が来た。
ただの風ではない。刃だった。
圧縮された風が、刃の形で飛んできた。
目に見えない。
「リア——!」
「感じてる——!」
リアがすでに動いていた。
目を閉じていた。風感知で風刃の軌道を読んでいた。
右に飛んで躱した。
風刃が壁の岩を切り裂いた。深く抉れた。
「あれを躱したのか」とドラが言った。
「風で来る向きがわかった。でも速い。何本も来たら全部は躱せない」
「エリス、風刃を受け止められるか」
「……試してみる!」
エリスが右手を前に向けた。
光の障壁ではなく——土属性の魔力を前方に集めた。
岩の薄い壁を、瞬時に展開した。
古竜が二本目の風刃を放った。
岩壁に当たった。
岩壁が砕けた。でも——風刃は止まった。
「岩で止まった!」
「岩盾として使え。完全には止まらないかもしれないが、衝撃を殺せる」
「わかった——!」
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ドラが古竜の左側に回り込んでいた。
隙を見て踏み込んだ。双剣で前足の付け根——鱗の継ぎ目——に叩き込んだ。
ガンッ。
弾かれた。
「硬い!《鱗走竜》より全然硬い!」
「刃が通らないか」
「通らない。継ぎ目でも弾かれた」
俺は古竜の鱗を見た。
一枚一枚が分厚い。継ぎ目も深くない。洞窟系の魔物とは桁が違う。
「正面突破は難しい。削るしかない。俺の黒炎弾を継ぎ目に集中させる。焼けた場所を繰り返し狙え」
「わかった」
俺は右手の形を作った。
親指を立て、人差し指を伸ばした。
《黒炎弾》。
古竜の前足の継ぎ目に向けて放った。
ズドッ——。
鱗が焦げた。継ぎ目が少し開いた。
二発目。同じ場所に。
ズドッ——。
開いた。
「ドラ!今そこを——!」
「行く——!!」
ドラが前足の継ぎ目——黒炎弾が焼いた部分——に向かって双剣を叩き込んだ。
今度は入った。
「入った!」
古竜が前足を引いた。ドラが弾き飛ばされた。
回転して受け身を取った。
「問題ない!」
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古竜が大きく後退した。
体勢を立て直すためだ。俺たちとの距離を開けた。
そして——頭を持ち上げた。
喉が膨らんだ。
「口から何か来る!」
俺は跳んだ。
古竜の口から——吐き出されたのは、風と土が混じった何かだった。
砂嵐だった。
岩混じりの圧縮された砂嵐が、扇状に広がった。
当たったら全身の皮膚が削れる。
「散開——!!」
四人が別々の方向に飛んだ。
砂嵐が通過した。
俺の腕に細かい傷がついた。皮膚が削れた。深くはない。でも広範囲だ。
「全員無事か」
「無事!」とリアが言った。
「大丈夫」とエリスが言った。
「問題ない」とドラが言った。
「エリス、あの砂嵐を止められるか」
「……難しい。広すぎる。でも——」
エリスが少し考えた。
「岩盾を前じゃなくて、横に並べて通路を作ったら。私たちが砂嵐から隠れる場所を作れるかもしれない」
「岩盾を複数展開できるか」
「今の精度なら三枚くらい。薄いけど——やってみる」
「試す価値がある。次の砂嵐が来る前に準備しろ」
「わかった——やってみる!」
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古竜が再び頭を持ち上げた。
喉が膨らんだ。
「来る!エリス!」
「展開する——!」
エリスの両手から紫の魔力が広がった。
左右と正面に、薄い岩盤が立ち上がった。
三枚の岩盾が、四人を囲む形で展開された。
砂嵐が来た。
三方から岩盾が受け止めた。
岩が削れる音がした。細かい岩の破片が飛んできたが、直撃は避けられた。
「……防いだ」
エリスの声が少し震えていた。
「持ったか」
「なんとか。でも岩が削れてる。何度もは無理かも」
「一回でいい。この隙に決める」
古竜が砂嵐を止めた。岩盾の効果を確認するように、俺たちを見た。
その一瞬の静止——。
俺は右手の形を変えた。
今まで試したことのない動きをした。
親指を立て、人差し指と中指を伸ばした。
黒炎を指先に凝縮させた。
弾丸の形を作った。そこから——回転を加えた。
ライフリング。
前世の記憶の中にある銃の仕組み。弾丸を回転させることで安定させ、より遠く、より真っ直ぐ飛ばす。
黒炎が指先で螺旋を描いていた。
古竜の目——正面、二十メートル先。
「……《黒炎弾・旋》」
放った。
今まで撃った黒炎弾と、軌道が違った。
ぶれなかった。
真っ直ぐ、螺旋を描きながら飛んだ。
古竜の右目に——直撃した。
ズドォッ——。
今まで聞いたことのない音がした。
古竜が大きく頭を振った。
動きが乱れた。
「——今だ!!」
ドラが叫んでいた。
俺が叫ぶより先にドラが動いていた。
地面を蹴った。今まで見た中で最高の跳躍——土属性の身体強化を全力で脚に集めた跳び方だった。
古竜の首の付け根——右目に当たった衝撃で頭が下がった瞬間——に向かって、双剣を両方同時に叩き込んだ。
ガガッ——。
一本が弾かれた。
でも——もう一本が、深く入った。
「入った——!!」
「リア!!」
「——撃ってる!!」
ウィンドアローが飛んだ。
ドラの剣が作った傷口に向かって、矢が一直線に向かった。
刺さった。
深く。
古竜の動きが、大きく乱れた。




