表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
骨まで喰われた俺が、世界ごと灰にするまで  作者: 灰原 健(はいばら けん)@『骨灰』金曜夕方から開幕!


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/48

第38話:毒霧の王と黒炎弾

 霧の向こうで、二つの目が光っていた。


 黄色い。縦に細長い瞳孔。


 動いていなかった。


 俺たちを見ていた。


 品定めするように。


「でかい……」


 リアが小声で言った。


 声を出すなと言いたかったが——実際に見えてからわかることがある。声が出るのは仕方ない。


《ヴァイパーキング》。


 霧の中で、その全体像がゆっくりと見えてきた。


 全長十メートルを超える。体の太さが俺の胴回りの三倍はある。全身が青黒い鱗で覆われていた。頭部だけが異様に大きい。顎が広い。牙が見えた。


 そして——喉元が、膨らんでいた。


「霧を出す。エリス、障壁を厚くしろ」


「今から——!」


 白い光が強くなった。


 次の瞬間——《ヴァイパーキング》の顎が大きく開いた。


 黄色い霧が、爆発するように広がった。


 エリスの障壁に触れた瞬間、シュウウ——という音がして、霧が消えていった。


 でも量が多かった。


 障壁の端から、わずかに霧が滲んでいた。


「エリス、右端が薄い!」


「わかった——!」


 エリスが右手を向けて魔力を補強した。


 滲みが止まった。


「いける?」


「……いける。でも消耗が思ったより速い。長くは張れない」


「どのくらいだ」


「……十分か、十五分。それ以上は魔力が切れる」


「十分で終わらせる」


-----


 《ヴァイパーキング》が動いた。


 素早かった。


 全長十メートルの巨体が、音もなく滑るように接近してきた。


 頭を振った。


 俺は右に跳んだ。地面を削る牙の音が耳のすぐそばで聞こえた。


 速い。


 近づきすぎると死ぬ。でも遠すぎると有効打が出せない。


 距離の判断が難しい。


「ドラ!側面を!」


「行く——!」


 ドラが《ヴァイパーキング》の右側面に回り込んだ。鱗の継ぎ目を双剣で叩く。


 ガンッ。


 火花が散った。弾かれた。


「硬い!継ぎ目も硬い!」


「腹か喉を狙え。鱗が薄い部分を探せ」


「腹は地面についてる。喉は——頭が高すぎて届かない」


 《ヴァイパーキング》が頭を持ち上げた。俺たちを見下ろす形になった。


 喉が晒された。


 でも高さが三メートル以上ある。ドラの跳躍でギリギリ届くかどうかだ。


「リア、喉を狙えるか」


「霧で見にくい……でも——」


 リアが目を閉じた。


 障壁の中でも空気は動いている。《ヴァイパーキング》の巨体が動くたびに、空気が押される。その流れが——喉の位置を教えていた。


「見えてる。風で感じてる」


「射て」


「ウィンドアロー——!」


 矢が飛んだ。


 霧の中を、風に乗って加速した矢が進んだ。


 《ヴァイパーキング》の喉に——刺さった。


 深くはない。鱗が薄いとはいえ、矢一本では届かない。


 でも——《ヴァイパーキング》の動きが一瞬止まった。


 そこだ。


 俺は右手の形を作った。


 親指を立てた。人差し指を前に伸ばした。


 黒炎を指先に集めた。


 弾丸の形に凝縮させた。


 昨日の練習の中で一番絞り込んだ形を思い出した。密度を上げる。押し込む。


 放った——《黒炎弾》。


 黒い弾が飛んだ。


 リアの矢が作った傷口——喉の薄い鱗——に向かって。


 ズドッ。


 《ヴァイパーキング》の喉に穴が開いた。


 傷口から黒い炎が滲み出た。


 《ヴァイパーキング》が頭を下げた。


 痛みだ。


「ドラ!今!」


「——ッ、行く!!」


 ドラが地面を蹴った。


 土属性の身体強化を脚に集中させた。跳躍が今まで見た中で一番高かった。


 《ヴァイパーキング》の喉——俺の黒炎弾が作った傷口——に向かって双剣を叩き込んだ。


 ザシュッ。


 今度は弾かれなかった。


 一本が、深く入った。


「もう一本——!」


 ドラが引き直して同じ場所に叩き込んだ。


 ズガッ。


 さらに深く入った。


 《ヴァイパーキング》が大きく頭を振った。ドラが振り落とされた。


「ドラ!」


 ドラが宙を回転して受け身を取った。泥に着地。問題ない。


「エリス、障壁はどうだ!」


「……あと五分くらい!」


「わかった。リア、傷口をもう一度狙え。《ヴァイパーキング》が体勢を立て直す前に!」


「狙ってる——!」


 《ヴァイパーキング》が再び霧を吐いた。


 障壁に当たった。シュウウ——。


 でも障壁は保っていた。


 その隙間に——リアが射た。


 風魔法で加速した矢が、傷口に向かって飛んだ。


 刺さった。


 深く。


 《ヴァイパーキング》が動きを止めた。


 俺はもう一度、右手の形を作った。


 今度はもっと絞る。昨日練習した中で最も密度が高い形。


「……《黒炎弾》」


 放った。


 黒い弾が傷口に向かって飛んだ。


 ズドォッ——。


 《ヴァイパーキング》の喉の奥まで、黒炎が食い込んだ。


 内部から燃え広がる感触があった。


 《ヴァイパーキング》の動きが、完全に止まった。


 頭が——ゆっくりと、地面に落ちた。


 巨体が、ゆっくりと横倒しになった。


 地響きがした。


 霧が散った。


 静寂。


-----


 エリスが障壁を解いた。


 どっ、と疲れが出た顔をしていた。膝をついた。


「エリス!」


 リアが駆け寄った。


「平気……ちょっと魔力が空になっただけ。倒れてない」


「十分ちょうどだったな」と俺は言った。


「むしろ少し余ったよ……気合で持たせた」


「無理をさせた。次からは事前に余裕を多く見る」


「ケンジのせいじゃない。私が練習不足だっただけ」


「両方だ」


 エリスが少し笑った。「……折半ね」


 ドラが《ヴァイパーキング》の傍に立っていた。「……でかかった。今まで戦った中で一番でかい」


「ああ」


「ケンジの黒炎弾、あれが決め手になった。二発目で喉の奥まで届いた」


「練習の成果だ」


「名前は決めたのか。さっき呟いてた」


「《黒炎弾》だ」


「黒炎弾……」


 ドラが繰り返した。


「いい名前だ。シンプルで、わかりやすい」


「お前が言うなら悪くないんだろう」


「俺は名前の良し悪しはわからんが——お前が決めた名前なら合ってると思う」


-----


 素材の回収を始めた時、ドラが「これ」と言った。


 《ヴァイパーキング》の頭部——砕けた牙の根元に、何かが絡まっていた。


 取り出した。


 細い腕輪だった。


 金属ではない。何か硬い素材でできていたが、軽かった。黒みがかった色。表面に細かい紋様が刻まれていた。


 俺はその腕輪を手に取った。


 瞬間——呪印が反応した。


 じくり、と熱を持った。


 腕輪が、呪印に応えるような感触があった。


「これ……何?」とリアが言った。


「わからない。でも——呪印が反応している」


「危なくないの?」


「今すぐ何かが起きるわけじゃない。ただ、普通の魔道具じゃない。呪印と同じ系統の何かだ」


 エリスが「……呪印が反応してるって、どういうこと?」と言った。


「わからない。ただ——この感触は呪印と同じ系統の何かだ。喰う、という感覚に近い。腕輪が、俺の呪印の熱に応えている」


「危なくないの?」とリアが言った。


「今すぐ何かが起きるわけじゃない。でも捨てるのはもったいない。つけてみる」


 腕輪を左手首にはめた。


 じくり——と、呪印の熱が少し動いた。


 腕輪が体温を帯びた。


 それだけだった。今はまだ、それ以上の変化はない。


「何か変わった?」とエリスが言った。


「わからない。ただ——反応している。探っていく」


「名前は?」


 俺は腕輪を見た。


「……まだない。わかってからつける」


 腕輪を収納袋には入れず、そのまま左手首につけておくことにした。


「……なんか、どんどん面白いものが出てくるね、ダンジョンって」


「深くなるほど出やすくなる。《鋼牙》のガロもそう言っていた」


「じゃあもっと深い層には……」


「もっといいものがある可能性がある」


 リアが目を輝かせた。「頑張る理由が増えた」


「戦力強化が理由じゃないのか」


「そっちも理由だけど、ちょっとわくわくする気持ちもあっていいじゃない」


 俺は少し黙った。


「……悪くない」


-----


 十五層の中継点は、今まで見た中で一番広かった。


 天井が高く、水場も大きい。先人が置いていった道具も多かった。


 全員で中継点に腰を下ろした。


 エリスがゆっくりと魔力を回復させていた。目を閉じて、呼吸を整えていた。


 リアがドラの隣で新しい弓弦の張り替えをしていた。三本同時射で酷使したのか、弦が少し伸びていた。


「ドラ」と俺は言った。


「何だ」


「今日の跳躍。今まで見た中で一番高かった。脚に身体強化を集中させていたのか」


「ああ。爪の時と同じ要領でやってみた。意識して脚に集めたら——跳べた」


「届くかどうかギリギリだったが、届いた」


「お前の黒炎弾が先に傷口を作っていてくれたから、剣が入った。あれがなければ弾かれていた」


「連携だ」


「ああ」


 ドラが少し間を置いた。


「……ケンジ。黒炎弾、あれを撃つ時の顔が初めて見る顔だった」


「どんな顔だ」


「……楽しそうだった」


 俺は少し止まった。


「そうだったか」


「意識してなかったか」


「……してなかった」


「悪いことじゃない」とドラが言った。「戦い方が自分のものになってきた証拠だ」


 リアが「私も気づいてた」と言った。「黒炎弾を撃つ時、ケンジの目が少し違う。集中してる目だけど——少しだけ、楽しそう」


 エリスが目を開けずに「私も思ってた」と言った。


 三対一だ。


「……そうかもしれない」


 俺は右手を見た。


 人差し指の先端が、まだ少し黒ずんでいた。


 楽しい、というのが正しいかどうかわからない。


 でも——自分の手から生まれた技が、思い通りに飛んだ時の感触は、確かに何かが満たされる感じがあった。


 前世のサラリーマン時代には、なかった感覚だ。


「十六層は明日入る。今夜は休め」


「はーい」とリアが言った。


「うん」とエリスが言った。


「ああ」とドラが言った。


 焚き火が揺れた。


 十五層まで来た。


 まだ先は長い。


 でも——黒炎弾という名前がついた。


 俺自身の技に、初めて名前がついた。


 それだけで、今夜は少し、気分が違った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ