第30話:王都の底
第2部に入ります!
第2部記念として一週間は朝7時と18時に投稿します!
王都アルテアに来て、ひと月が経った。
街に慣れた。人の流れ、路地の抜け方、どの露店が安くてどの酒場に情報が集まるか。ひと月あれば、大抵のことはわかる。
ギルドの依頼も順調だった。
王都のギルドはカルタとも、フェンとも規模が違った。依頼の数が多い。種類も多い。Dランクで受けられる依頼だけでも、毎日選ぶのに困らないくらいある。
俺たちは一日二件のペースで依頼をこなした。
討伐、護衛、調査、荷物運び。内容は選ばなかった。数を積むことが目的だった。
ヴォルテクスの目立った動きはないが、気配は感じていた。
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ギルドに戻ると、受付でベルタという名の女性が俺たちに気づいて顔を上げた。
三十代前半。眼鏡をかけている。王都のギルドに来てから、ほぼ毎日この人に依頼を出してもらっていた。
「《灰燼》、今日も三件ですか」
「二件だ。午後は別の用がある」
「昨日までの達成で、Dランク依頼の累計は四十二件です」
俺は少し止まった。
「Cランクの昇格条件は」
「Dランク依頼四十件達成と、ギルドマスターの審査です。条件は昨日の時点で満たしています」
「今日審査を受けられるか」
「午後に枠を取ることができます」
「頼む」
リアが「え、もうCランク?」と言った。
「昨日の時点で条件を満たしていた。確認が遅かった」
「それ、昨日言ってくれれば——」
「昨日は別のことを考えていた」
「何を?」
「ダンジョンの装備のことだ」
リアが「……相変わらず先のことばかり考えてる」と言った。
「今のことも考えてる」
「どっちが多い?」
「今は半々だ」
エリスが小さく笑った。
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午後の審査は、カルタと同じくあっさり終わった。
王都のギルドマスターはアルダという名の女性だった。五十代。目が鋭い。
俺たちを見て、少し眉を上げた。
「子供のパーティが一ヶ月でDランク条件を全て満たした。記録を調べたが、《灰燼》の討伐報告に矛盾はない。実力も依頼書の内容と合致している」
「ありがとうございます」
「昇格を認める。ただし——」
アルダが俺を見た。
「一つ聞く。なぜそんなに急いでいる」
俺は少し考えた。
「ダンジョンに入りたいからです」
「理由は」
「強くなりたい。それだけです」
アルダが俺を見続けた。
値踏みするような目ではなかった。何かを確かめるような目だった。
「……《アルテア深層迷宮》は、Cランク以上が前提だ。ただし入れるのと、生きて戻れるのは別の話だ。今のランクが実力の全てだと思うな」
「思っていません」
「よし。昇格を認める」
銅タグが、四人の手に渡った。
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ギルドを出ると、ガロたちが外で待っていた。
「Cランクになったか」
「なった」
「早いな。一ヶ月とは」
「必要だったから急いだ」
ガロが少し笑った。「俺たちがCランクになったのは半年かかった。まあ、俺たちはもっと寄り道したが」
「寄り道は今はできない」
「わかってる。——それで、ダンジョンはいつ入る」
「準備が整えば明後日だ」
「俺たちも同じ日に入る。最初の数層は一緒に進んでもいいぞ。慣れないうちに深く行くと死ぬ」
俺はガロを見た。
「お前たちにメリットはあるか」
「ない」とガロが即答した。「ただ——子供が死ぬのを見たくないだけだ」
「俺たちは子供だが、戦える」
「それはわかってる。お前たちの戦いはカルタで見た。でもダンジョンは違う。地上とは別物だ。感覚を掴むまで、一緒にいた方がいい」
俺は少し考えた。
「……わかった。序盤は同行を受け入れる。ただし指示系統は別々だ。俺たちのことはこちらで判断する」
「当然だ」
ガロが手を差し出した。
俺はその手を握った。
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翌日、装備を整えた。
王都の武器屋は品揃えが違う。カルタやフェンの武器屋とは比べ物にならない。
俺たちは今まで稼いだ分の大半を装備に使った。
リアに新しい弓を買った。軽くて張力が強い。矢も百本。
「これ、いくらしたの」
「金貨二枚」
「高い……」
「腕に合う道具を使え。腕が良くても道具が悪ければ本来の実力が出ない」
リアが弓を抱えた。「……大事にする」
「使い倒せ。大事にするのは使った後だ」
エリスには魔力制御を補助する魔法石のブレスレットを買った。魔力の出力にリミッターをかけることができる道具だ。大きく出すのは最初からできている。小さく出す練習に使う。
「これ、どうやって使うの?」
「石に意識を向けると出力の上限が設定できる。上限を低くして、その中で制御する練習をしろ。そこで精度を上げてから上限を上げる」
「なるほど……試してみる」
ドラは新しい革鎧と、予備の剣を一本加えた。廃砦で手に入れた剣はまだ使えるが、予備があれば安心だ。
俺は何も買わなかった。
「ケンジは装備いらないのか」とリアが言った。
「今は要らない。終盤になれば変わるかもしれない。それにダンジョンで装備も手に入るかもしれないからな」
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出発前夜、四人で宿の部屋に集まった。
明日からのことを確認する。
「ダンジョンの基本情報をまとめる。《アルテア深層迷宮》は現在確認されているだけで三十層。入口は王都の南側、城壁の内側にある。ギルドを通じて潜行登録が必要だ。俺たちは今日、登録を済ませた」
「中の構造はどんな感じなの?」とエリスが聞いた。
「各層が広い空間になっている。層の端に下の層への階段がある。層の切れ目には《中継点》という安全地帯があって、そこだけ魔物が出ない。中継点には水場と、簡易な宿営設備がある」
「何層を目標にする」とドラが言った。
「最初は五層を目標にする。《鋼牙》と同行するのはそこまでだ。五層の中継点で一度態勢を整えて、それ以降は独自で進む」
「《鋼牙》は何層まで行くんだ」
「十五層が目標と言っていた。俺たちはもっと深く行く」
「どのくらい」
「決めていない。行けるところまで行く」
ドラが「……それでいい」と言った。
リアが「一つ聞いていい?」と言った。
「何だ」
「何年かかると思う。本当に」
俺は少し考えた。
「二年から三年。もっとかかるかもしれない」
「その間、ヴォルテクスは追ってくる?」
「来るかもしれない。でもダンジョン内は組織が大規模に動けない。個人で刺客を送ってくることはあっても、大きな動きはしにくい」
「刺客が来たら」
「倒す」
「……シンプルだな」とドラが言った。
「シンプルな方が動きやすい」
エリスが膝を抱えて、静かに言った。「ダンジョンから出る頃、私は何歳になってるんだろう」
「十四か十五だ」
「ケンジも?」
「ああ」
「……なんか、想像できない」
「今から想像する必要はない。目の前のことをやっていけば、気づいたら届いている」
「それって、前世のサラリーマン時代の話?」
「……そういう側面もある」
エリスが小さく笑った。
リアが「私はもう少し大きくなりたい」と言った。
「何が不満だ」
「背が低い。ドラくらいになりたい」
「ドラは獣人だ。基準が違う」
「じゃあミナくらい」
「ミナは人間にしては背が高い方だ」
「もう!」
ドラが「お前はお前の大きさになる。それでいい」と言った。
リアが「ドラは優しいな」と言った。
「事実を言っただけだ」
「それが優しいって言ってるんだけど」
ドラが少し黙った。
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夜が深くなってから、俺は一人で窓の外を見ていた。
王都の夜景は明るい。街灯の魔法石が通りを照らしている。遠くに白い塔の先端が見えた。
神殿。
ダンジョンから出た後、あそこと何かが起きる可能性がある。——呪印が、そう言っている気がした。
まだ先の話だ。
今は、下に向かう。
深く。
もっと深く。
強くなるために。
呪印が、静かに脈を打った。
怒りはまだある。
燃料は、尽きていない。
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翌朝。
《アルテア深層迷宮》の入口は、城壁の内側、南区画の端にあった。
地面に大きな石造りの構造物が埋まっていた。地下へと続く階段が、暗い穴の中に吸い込まれていた。
入口の脇に、ギルドの登録所がある。受付の冒険者が俺たちの銅タグを確認した。
「《灰燼》、四名。Cランク。初回潜行。——確認完了。どうぞ」
ガロたちがすでに準備を整えて待っていた。
「来たか」
「ああ」
ガロが穴を見た。「ダンジョンの中は、地上とは別の世界だ。常識が変わる。それだけ頭に入れておけ」
「わかった」
ガロが「行くか」と言った。
俺は頷いた。
四人で、階段を降り始めた。
光が薄くなっていく。
空気が変わる。
湿った、土と石の匂い。
地の底へ——。
呪印が、じくりと熱を持った。
獣の気配がする。
まだ遠い。
でも確かに、何かが待っている。
俺は足を止めなかった。




