間話:私だけが知っていたケンジ
今回の話はケンジ視点ではなく、リア視点になります。
ケンジのことを、初めて変だと思ったのは五歳の時だった。
村の子供たちは、よく笑って、よく泣いて、よくけんかした。
ケンジは違った。
泣かなかった。怒らなかった。笑う時も、口の端が少し上がるだけだった。怪我をしても「痛い」と言わなかった。村の大人に怒鳴られても、ただ黙って見ていた。
怖くないのかと聞いたら、「慣れてる」と言った。
五歳の子供が何に慣れているのか、その時の私にはわからなかった。
でも——なんとなく、ケンジの隣にいたかった。
理由はなかった。ただ、そこにいると落ち着いた。
それだけだった。
-----
ケンジが十歳の時、魔力がゼロだと判定された。
村の人たちがひそひそ話をした。かわいそうに、使えない子だ、冒険者にもなれない。
私は腹が立った。
ケンジは一番賢くて、一番落ち着いていて、一番しっかりしているのに——魔力の数字だけで全部決められるなんておかしい。
ケンジに「悔しくないの」と聞いたら、「別に」と言われた。
「でも、みんなに言われてるじゃない」
「言わせておけばいい。関係ない」
「関係あるよ!ケンジのことを馬鹿にしてるんだよ?」
ケンジが少し私を見た。
「お前が怒ってくれてるのはわかった。ありがとう」
「……っ、お礼を言う場面じゃないんだけど」
「そうか。じゃあどんな場面だ」
「もっと一緒に怒ってよ」
「怒るとどうなる」
「……気持ちがすっきりする」
「俺は怒っても気持ちがすっきりしない。だからしない」
それ以上言い返せなかった。
でもケンジが「でもお前は俺の代わりに怒ってくれる。それでいい」と言った。
私は何も言えなかった。
たぶん顔が赤かった。
-----
ケンジは、一人でいることが多かった。
私が行かなければ、ずっと一人だったと思う。
だから私は行った。毎日行った。
ケンジの家の前に行って声をかけると、だいたいケンジは本を読んでいた。
「また来た」と言った。
「また来た」と私は言った。
「なんで来るんだ」
「ケンジがいるから」
ケンジが少し黙った。
「……そうか」
それだけだった。嫌がらなかった。追い払わなかった。
私はそれでよかった。
ケンジの隣に座って、何もしなくても、それだけで十分だった。
変かもしれないと思った。でも変でもよかった。
-----
エリスが来たのは、ケンジが十歳の終わり頃だった。
最初に話を聞いた時、私は少し驚いた。
ケンジが誰かを連れてきた——それだけで驚いた。ケンジが自分から誰かに関わることは、ほとんどなかった。
エリスは白い角を持つ女の子だった。
帽子で隠していても、ケンジの隣で少し怯えながら立っているのを見て——ああ、この子はケンジに助けてもらったんだな、とわかった。
ケンジが「しばらく一緒にいてやれ」と言った。
私は「わかった」と言った。
エリスはおどおどしていて、でも魔法がすごくて、少しずつ笑顔になっていった。
私は——エリスのことが好きになった。本当に好きになった。
でも。
エリスがケンジを見る時の顔が、少し気になった。
信頼しているとか、頼っているとか、そういう目じゃなかった。
もっと——柔らかい目だった。
私はその時、初めて、何かがちりっとした。
小さな痛みだった。
名前のつけ方がわからなかった。
-----
ドラが仲間になったのは、グレナの街だった。
奴隷市場で、ケンジが助け出した。
ドラは最初、私たちを見下していた。子供だと思っていた。当然だ。向こうは十九歳で、私たちは十一歳だった。
でも——ケンジに「俺についてくるか」と言われて、ドラは「強い奴についていく」と言った。
その時のケンジの顔は、いつもより少し穏やかだった。
私は気づいた。
ケンジは、仲間が増えるのが嫌じゃないんだ。
むしろ——求めているのかもしれない。
そう思ったら、嬉しかった。ケンジがそういう人だとわかって、嬉しかった。
ドラも好きになった。乱暴で口が悪いけど、真剣で、不器用に優しくて、ケンジのことをちゃんと見ていた。
でも。
ドラとケンジが並んで前を歩く時——私はその後ろを歩いた。
ケンジが私より先にドラを見ている瞬間があった。
何かを確かめるような目で。信頼しているような目で。
またちりっとした。
また、名前がつかない痛みだった。
-----
カルタの倉庫で、私はケンジの背中に飛びついた。
黒炎が全身を包んでいた。腕が焼けるとわかっていた。
でも——離せなかった。
ケンジがどこかに行ってしまう気がした。私の知っているケンジじゃない何かになってしまう気がした。
だから、離さなかった。
腕が焼けて、痛かった。でもそれより——ケンジが少しずつ戻ってきた感覚の方が大きかった。
止まった。
ケンジが止まった。
その瞬間、私は泣きそうになった。
でも泣かなかった。泣いたらケンジが心配する。ケンジは自分を責める。そんなの嫌だった。
翌朝の道中で、ケンジが「焼けてほしくない」と言った。
小さな声だった。でも確かに聞こえた。
私は笑いそうになるのを、必死に抑えた。
-----
王都に来て、ひと月が経った。
ケンジは相変わらず、感情を出さない。
でも——私には少しわかるようになってきた。
ケンジが口の端を少し上げる時は、機嫌がいい。
ケンジが黙って先を歩く時は、何かを考えている。
ケンジがエリスに「続けろ」と言う時は、褒めている。
ケンジがドラと並んで歩く時は、信頼している。
言葉じゃないところを、五年間見てきた。
だから——わかる。
エリスもドラも、ケンジにとって大切な人だ。
それは嬉しい。本当に嬉しい。
ケンジがあんなふうに誰かを信頼するのを見るのは——良かったと思う。前世でも一度目の転生でも、ケンジはずっと一人だったと言っていた。だから今、誰かがそばにいるのは正しいことだ。
でも——。
たまに、思う。
私が一番最初にいた。
村を出る前も、出た後も、ずっとケンジの隣にいた。
それは——私だけが持っていることだ。
エリスもドラも、奪えない。
それだけが、私のものだ。
……だから、いいんだと思う。
エリスのことが好き。ドラのことも好き。三人と一緒にいるのが好き。
それは本当のことだ。
でも——ケンジの隣は、私が一番似合う。
それだけは、ずっとそう思っている。
-----
明日からダンジョンに入る。
腕の包帯を巻き直しながら、私は天井を見た。
数年かかると、ケンジは言った。
数年。
その間ずっと、四人で一緒にいる。
怖くない、と言ったら嘘になる。
でも——ケンジがそう決めたなら、私はついていく。
それだけは変わらない。
五歳の時から、ずっと変わらない。
私はケンジの隣にいたい。
それだけが、私の一番正直な気持ちだ。
そのために強くなる。ケンジの隣にいたいから。3人で一緒にいたいから。
明日——また、一緒に進もう。
あなたが向かう先に、私もいる。
ずっと、隣に。




