第29話:王都の影と、地の底の話
カルタを出て三日が経った。
道中は静かだった。
ヴォルテクスの気配は今のところない。ドラの嗅覚にも、俺の呪印の感知にも、何も引っかかっていない。
だからといって安心はできない。
気配を消すのが上手い奴は、俺の感知をすり抜けることもある。ヴァルトがそうだった。
俺はそれを常に頭の隅に置きながら歩いていた。
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昼の休憩で、《鋼牙》と同じ場所に陣を取った。
自然とそうなった。敵意のある相手と野営を共にするのは疲れる。今は、そうじゃない。
ガロが干し肉を齧りながら、俺の方を見た。
「Dランクになりたての子供パーティが王都に向かう。理由を聞いてもいいか」
「情報収集だ。それ以上は言わない」
「……まあいいか」
ガロが空を見上げた。
「俺たちも王都に用がある。ダンジョンだ」
「ダンジョン?」
リアが反応した。
「王都の地下に、でかいダンジョンがある。《アルテア深層迷宮》——通称《深層》だ。王都が管理していて、冒険者ギルドを通じて攻略が認可されている」
「初めて聞いた」
「田舎じゃ情報が来ないからな。ただ、Cランク以上じゃないと入れない」
俺は少し考えた。
「規模は」
「正式に確認されているだけで三十層。でも実際はもっと深いと言われてる。最深部に到達した冒険者はまだいない」
「三十層を超えたら?」
「誰も戻ってきていない。だから不明だ」
ミナが静かに続けた。
「ダンジョン内は魔物の密度が高い。浅い層でもDランク相当の魔物が出る。深層になるほど強くなる。ただし——」
ミナが俺を見た。
「素材の質も上がる。深層の魔物の素材は、地上では手に入らないものがある。高く売れるし、装備に使えばそれだけ強くなる。長期間潜れば、力も経験も大幅に積み上がる」
「何層まで攻略している」
「俺たちは今、十二層だ」とガロが言った。「今回はさらに深くに挑む。目標は十五層」
俺はしばらく黙っていた。
三十層以上。誰も最深部に到達したことがない。
長期間潜れば力が積み上がる。
「一層あたり、どのくらい時間がかかる」
「攻略速度によるが——真剣にやって、一層を抜けるのに一週間から二週間かかることもある。深くなるほど遅くなる。俺たちは今まで三ヶ月かけて十二層まで来た」
「ダンジョンの中に宿泊できる場所はあるのか」
ガロが少し目を細めた。
「なんで攻略前提で聞いてるんだ。お前たちはDランクだろ。入れない」
「今は、だ」
ガロが少し黙った。
「……ダンジョン内には、層の切れ目に《中継点》がある。魔物が出ない安全地帯だ。そこに一時的な宿営ができる。長期潜行者はそこで寝る」
「食料は」
「持ち込むか、ダンジョン内の素材から確保する。魔物の肉は食えるものが多い。水は中継点近くに湧き水が出ることが多い」
「わかった」
俺は前を向いた。
エリスが俺の隣で静かに聞いていた。
小声で言った。「……ダンジョン、考えてる?」
「ああ」
「王都に行く前から?」
「今考えた」
エリスが少し目を丸くした。
「早い」
「必要なことが見えたから判断した。それだけだ」
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その夜、四人だけになってから話した。
焚き火の前に四人が集まった。
「話がある」
三人が俺を見た。
「王都に着いたら、ダンジョンへの潜行を考えたい」
リアが「ダンジョン、でも私たちCランクじゃないと入れないって——」と言いかけた。
「王都でCランクに上がる。それから入る」
「どのくらいかかる?」
「DからCへの昇格は件数と審査だ。王都のギルドで依頼を重ねれば、早ければひと月かふた月で条件は満たせる」
「それからダンジョンに入って——」
「数年かかると思う」
三人が黙った。
俺は続けた。
「ヴォルテクスはカルタで俺たちの情報を掴んだ。呪印の存在も、ほぼ伝わっていると見ていい。今の俺たちの実力では、組織全体を相手にするには足りない」
「それは——わかってる」とドラが言った。
「ダンジョンには二つの意味がある。一つは実力を積むこと。深層に潜れば、地上では経験できない戦闘が積める。俺の呪印の制御も、そこで鍛える」
リアが「もう一つは」と聞いた。
「身を隠すことだ。ダンジョンの中はヴォルテクスも追いにくい。王都の管理下にある施設だから、組織が堂々と動ける場所じゃない」
ドラが腕を組んだ。「……合理的だな」
「俺たちには時間が必要だ。焦って動いて死ぬより、力をつけてから動く方がいい」
「集落を壊滅させた奴らへの報復は——」
「する。ただし今じゃない」
ドラが少し黙った。
それから、ゆっくりと頷いた。
「わかった。ケンジに従う」
「エリスは」
「……私も」エリスが静かに言った。「私も、もっと強くなりたい。ケンジの足を引っ張りたくない」
「足を引っ張ってない」
「でも——制御がまだ甘い。ダンジョンで鍛えられるなら、したい」
「リアは」
リアが少し考えてから言った。
「弓の腕も、近接も、まだ足りないと思ってた。ドラに習いながら戦えるなら——やりたい」
「決まりだ」
俺は焚き火を見た。
炎が揺れていた。
数年。
また長い話になる。でも——前世でも、今世でも、急いで動いていいことはなかった。
「一つだけ言っておく」
三人が俺を見た。
「ダンジョンから出る頃には、ヴォルテクスに対して動けるだけの力をつける。それが目標だ。そのために入る。観光じゃない」
「わかってる」とドラが言った。
「わかってる」とリアが言った。
「……うん」とエリスが言った。
炎が、一度大きく揺れた。
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王都まであと二日、というところで、街道の丘の上に出た。
遠くに、城壁が見えた。
でかい。
今まで見てきたどの街とも違う。城壁の高さが三倍はある。街の中心に、尖った塔が何本も空に向かって伸びていた。その中でも一際高い白い塔が、街の奥に見えた。
「でかい……」
リアが呟いた。
「神殿だ」とドラが言った。「あの白い塔。王都には神族が管理する神殿がある。街の中心じゃなくて、一番高い場所に建ってる」
「ケンジは行ったことあるのか」とエリスが聞いた。
「ない。ただ話は聞いた」
「怖い感じがする」
「神殿が怖いのは正しい」
エリスが少し俺を見た。
「なんで?」
「力を持っている場所は、常に何かを隠している。それが怖くない方がおかしい」
エリスが黙った。
俺は城壁を見た。
呪印が、じくりと反応した。
何かがある。
あの街の中に——俺が知らない何かが、確かにあった。
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王都の城門に着いたのは、翌々日の昼だった。
城門の前に列ができていた。衛兵が一人ずつ確認して通している。
俺たちの番になった。
衛兵が冒険者タグを確認して、顔を上げた。
「Dランク。《灰燼》パーティ、四名。問題ない。入れ」
城門が開いた。
石畳の道が、まっすぐ街の奥まで続いていた。
人が多い。馬車が行き交う。露店が連なる。騒音が重なる。
見上げると、あの白い塔がよく見えた。
遠い。でも確かにそこにある。
「入ったな」
リアが言った。
「ああ」
「なんか——実感ない」
「これからだ」
俺は城門を振り返らなかった。
カルタを出て九日。
ランテ村を出て、三ヶ月と少し。
前世のサラリーマン時代を入れれば、もう何十年も生きてきた気がする。
でも——今が、一番先が見えている気がした。
憎しみが燃料なら、まだしばらく燃え続ける。
ドラが隣を歩いていた。エリスが右斜め後ろ。リアが左。
四人で、王都の石畳を踏んだ。
呪印が、静かに脈打っていた。
まだ終わっていない。
でも——始まっている。
第1部が終わりです!ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第2部に進む前に間話を挟みます。間話は本日18時10分ごろに投稿します!
第2部記念として1週間は1日2投稿していこうと思います!
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