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骨まで喰われた俺が、世界ごと灰にするまで  作者: 灰原 健(はいばら けん)@『骨灰』金曜夕方から開幕!


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第27話:燃え上がる記憶

 木箱を蹴り飛ばして飛び出した。


 格子の前に立っていた構成員の一人が、俺を見て目を剥いた。「——子供ッ!?」


 その顔面に、黒炎を纏った拳を叩き込んだ。


 ドゴッ。


 男の体が弧を描いて吹き飛んだ。壁に背中から激突して、崩れ落ちた。動かない。


 もう一人の構成員が剣を抜いた。同時に「侵入者だ!」と叫ぶ。


 奥のテーブルにいた中間管理者たちが立ち上がった。


「魔法使えッ!」


 誰かが叫んだ。


 構成員の男が剣を構えながら左手を伸ばした。赤い魔力が手の平に集まる。


 火球。


 直径三十センチほどの炎の塊が、俺に向かって飛んできた。


 俺は右腕を前に出した。


 黒炎が、火球を包んだ。


 音もなく、消えた。


 喰った。


 男が「なんで——ッ」と言いかけた。


 俺はその男の胸ぐらを掴んで、床に叩きつけた。


 ドンッ。


 床板にひびが入った。


 男が呻いた。


 俺の手が、もう一度振り上がった。


 ——止まらなかった。


 拳を叩き込む。また叩き込む。


 黒炎が男を包んだ。革鎧が焦げて、歪んで、溶けた。


 男の悲鳴が上がった。でも聞こえていなかった。


 頭の中が、燃えていた。


 土の匂い。押さえつけられる感覚。体が少しずつ——。


「ケンジッ!」


 ドラの声が、遠かった。


 奥のテーブルから中間管理者の一人が震える手で魔力を練っていた。青白い光。水属性だ。


「く——っ、《アイスランス》ッ!」


 氷の槍が三本、俺に向かって飛んできた。


 俺は一歩も動かなかった。


 黒炎が体の表面に広がった。


 氷の槍が触れた瞬間、蒸発した。水滴すら残らなかった。


 中間管理者の男が白目を剥いた。「——何だ、こいつ……ッ」


 俺は男に向かって歩き始めた。


 一歩。


 また一歩。


 倉庫の木箱が燃え始めていた。


 黒炎が床に落ちるたびに、焦げ跡が広がっていく。天井近くに積まれた乾いた荷物が火を吸って、煙が上がり始めた。


 頭の中で声がする。


 骨まで。喰われた。骨まで——。


 人喰いの男が飛び出してきた。


 行商人の血が口元に滲んでいた。


「——殺せ!殺してしまえ!」


 男が魔力を叩きつけてくる。赤い光。火属性だ。


 炎が俺を包んだ。


 黒炎が、全部喰った。


 俺は男の喉元を掴んだ。


 一瞬だった。


 黒炎が男を包んだ。


 声が途切れた。


 男が動かなくなった。


 床に落とした。


 頭の中は、まだ燃えていた。


 残りの中間管理者二人が一斉に動いた。


 一人が俺に向かって土属性の壁を立ち上げる。


 黒炎が壁を包んだ。


 溶けた。


 一秒もかからなかった。


 その隙に——二人が倉庫の裏口に向かって走った。


「逃がすわけ——」


 俺が一歩踏み出した、その時だった。


 背後から、体ごと抱きすくめられた。


 両腕が、俺の胸の前でがっちりと交差した。


「止まれッ——ケンジッ!」


 リアだった。


 俺の背中に、リアの全体重がかかっていた。


 黒炎が——リアの腕を包んだ。


「——ッ」


 短い悲鳴が、耳のすぐそばで聞こえた。


 でもリアは離さなかった。


 両腕が焼けていた。袖が焦げて、皮膚が赤く爛れていた。それでも力が緩まなかった。


「止まれ!止まれ、ケンジ!私!リアだよ!聞こえてる!?」


 声が、近くに聞こえた。


 耳のすぐそばで、必死に叫んでいた。


 俺は——動きを止めた。


 ドラが正面に回り込んで、俺の両肩を掴んだ。「ケンジ。落ち着け。俺たちはここにいる」


 エリスが俺の目の前に飛び込んできた。真正面から、俺の目を覗き込んだ。


 黒い瞳。怖がっていない。


「ケンジ。私たちが見える?」


 俺は——止まった。


 頭の奥の炎が、少しずつ引いていく。


 倉庫の中が見えてきた。


 燃えている木箱。焦げた床。煙。


 格子の中の捕虜たちが、壁際に固まって俺を見ていた。


 恐怖の目だった。


 助けに来た側の俺を——怖がっていた。


 黒炎が、ゆっくりと薄くなっていった。


 背中のリアが、まだ俺を離さなかった。


「……リア」


「もう平気?」


 耳のそばで、声がした。


 震えていた。


「もう平気だ」


 俺はゆっくりと振り返った。


 リアの両腕が赤く腫れていた。袖が焼け落ちていた。右腕は一部、皮が剥けて滲んでいた。


 それでもリアは、俺の目を真っ直ぐ見ていた。


 目に、涙が滲んでいた。


 でも、こぼれなかった。


 俺は深く息を吐いた。


 ——中間管理者の二人は、裏口から消えていた。


「……逃げられた」


 ドラが悔しそうに言った。


「ああ」


 俺は短く答えた。


 わかっていた。


 俺が暴走している間に——逃がした。


 呪印の熱が、まだ腕の奥に残っていた。


 木箱の火が広がる前に、エリスが手をかざして土魔法で叩き消した。煙だけが残った。


-----


 格子の捕虜たちを解放した。


 鍵は、格子の前で倒れている構成員の腰についていた。縄を切って、一人ずつ外に出した。逃げろ、とだけ言った。


 行商人の男は、腕に噛み傷があった。深くはない。ドラが持っていた布で巻いた。


「……ありがとう」


 男が小さな声で言った。


「礼はいらない」


「あんた、子供だろ。なんでこんなことを」


 俺は少し黙ってから言った。


「似たような目に遭ったことがある」


 男が何か言いかけた。


 でも俺はすでにリアの方を向いていた。


「手を見せろ」


「平気だって——」


「見せろ」


 リアが渋々と両手を差し出した。


 手の甲が赤く腫れていた。右手は一部、皮が剥けて滲んでいた。


 俺は布を取り出して、リアの手に巻いた。


 リアが黙っていた。


 俺も黙っていた。


 ——何も言えなかった。


 お前が悪いわけじゃない、と言いたかった。


 止めてくれなければもっとまずかった、とも言いたかった。


 でも言葉が出なかった。


 ただ、手に巻いた布をゆっくりと結んだ。


「……痛いか」


「少し」


「そうか」


 それだけだった。


 エリスが俺の隣に立っていた。何も言わなかった。でも俺の袖を、指先でそっと引いた。


 ドラが出口を見ながら言った。「行くぞ。煙が外に漏れ始めてる。人が来る前に出た方がいい」


 俺は立ち上がった。


 倉庫を出た。


-----


 夜の路地は暗かった。


 四人で宿に向かって歩いた。


 誰も何も言わなかった。


 俺は自分の右腕を見た。


 黒炎はもう消えていた。でも腕の内側が、まだじんわりと熱を持っていた。


 隣を歩くリアの右手に、布が巻かれていた。


 俺がやった。


 制御が外れた俺の黒炎が——仲間を傷つけた。


 まずい。


 本当に、まずい。


 ヴォルテクスと戦う前に、俺が仲間を焼いていた。


 中間管理者の二人は逃げた。


 ヴォルテクスに、今夜の出来事が伝わる。


 それもまずい。


 でも——今夜の俺には、止められなかった。


「ケンジ」


 リアが横に並んだ。


「何だ」


「さっき、倉庫の中で何を見てたの」


 俺は少し間を置いた。


「……一度目の転生の記憶だ」


「あのこと……」


「喰われた時のことを、思い出した。それで制御が外れた」


 リアが黙った。


 しばらくして、また言った。


「また出そうになったら、呼んで」


「…………」


「呼べないなら、私が気づく。だから——一人で抱えるないで」


 俺はリアを見た。


 リアが前を見て歩いていた。


 横顔が、少し赤かった。


 俺は前に向き直った。


「……ありがとう」


 短く答えた。


 ドラが後ろから静かに言った。「俺もいる」


 エリスが「私も」と言った。


 四人で、夜の路地を歩いた。


 呪印の熱は、まだ少し残っていた。


 次は止まれるか。


 わからない。


 ただ——リアの手の甲に巻いた布が、頭から離れなかった。


 記憶の中の炎は、まだ消えていなかった。

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