第26話:Dランク
Dランクへの昇格審査は、あっさり終わった。
ギルドマスターは五十代の元冒険者で、ベアードという名前だった。白髪交じりの短い髪。右腕に古い傷跡がある。
俺たちを一人ずつ見て、何も言わずに少し考えた。
それから言った。
「子供四人のパーティがEランク十五件を規定より短期間で達成した。《岩砕き熊》三頭の同時討伐も確認した。異論はない。昇格を認める」
それだけだった。
細かい質問もなかった。強い奴が決める側にいると、余計なことを言わない。俺はそういう人間が嫌いではなかった。
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ギルドを出たのは夕方近くだった。
四人の胸元に、赤いタグが光っていた。
Dランク。
リアが歩きながら何度もタグを見ていた。「なんか実感ない」
「実感は後から来る」と俺は言った。
「ケンジはいつも実感がなさそう」
「そういうわけじゃない」
「じゃあ今どんな気分?」
少し考えた。
「……次に進める。それだけだ」
リアが「もう少し喜べばいいのに」と言った。
「喜んでいる」
「全然そう見えない」
「俺にはこれが喜んでいる顔だ」
エリスが小さく笑った。「なんか前世のサラリーマンっぽい」
「どんなサラリーマンだ」
「ずっと働いてて、感情が薄くなったやつ」
「否定できない」
ドラが「俺は素直に嬉しい」と言った。「三ヶ月前のことを思えば——ずいぶん遠くに来た気がする」
俺はドラを見た。
三ヶ月前。集落を壊滅させられて、父親を人質に取られて、一人で戦っていた。
「遠くに来た。それは正しい」
ドラが前を向いたまま、静かに「ああ」と言った。
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宿に戻る前に、食材を買おうとした。
城壁の内側に、小さな市場があった。昼間は賑わっていたが、夕方になって店じまいをしている商店も多い。
俺たちが市場の中を歩いていた時だった。
ドラが急に立ち止まった。
「……ケンジ」
低い声だった。
俺も気配を感じていた。
市場の端。積み上げられた荷物の陰。
三人の男が、獣人族の行商人を囲んでいた。
行商人は四十代くらいの熊の耳を持つ男だった。荷車を引いていた。男は怯えた顔で後ずさりをしていた。
三人の男たちは、全員が革鎧を着ていた。腰に剣を提げている。その革鎧の肩口に、翼と爪を模した紋章が刻まれていた。
見たことのある紋章だ。
ヴォルテクス。
「確認できるか」とドラが小声で言った。
「ああ」
男たちの一人が、行商人の腕を掴んだ。行商人が「やめてくれ」と言うのが聞こえた。
周囲の人間は見て見ぬ振りをしていた。足早に離れていく。
警備隊の姿はない。
買収されているか、怖いか——昨夜の情報屋の言葉が頭をよぎった。
「どうする」とリアが言った。
俺は少し考えた。
正面から動けば騒ぎになる。ヴォルテクスの末端を倒しても、本体への情報が増えない。倉庫の場所はわかっている。あの男がどこに連れて行かれるかを確認する方が有益だ。
「追う。距離を取って尾行する。倉庫に繋がるなら、中の情報が取れる」
「助けないのか」とリアが言った。
俺はリアを見た。
リアの目に怒りがあった。
「助ける。でも今じゃない。焦って動けば俺たちの存在がバレる。バレれば倉庫を移動させる。そうなれば今後消えた人たちを追えなくなる」
「……わかった」
リアが唇を噛んだ。
でも動かなかった。
俺たちは距離を置いて、男たちを尾行した。
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男たちは行商人を引きずりながら、城壁の北側へ向かった。
街灯の少ない路地を通って、石造りの倉庫が並ぶ一角に入った。
《銀山運送》。
倉庫の扉に、その看板があった。
男たちが行商人を中に連れ込んだ。扉が閉まった。
俺は周囲を確認した。
呪印を広げる。五十メートル圏内。倉庫の中に、複数の気配がある。
人間。獣人。
どちらも動きが鈍い。捕らわれている気配だ。
「中に何人いる?」とエリスが小声で聞いた。
「数えられるのは十人前後。でも建物の構造によっては感知できていない場所もある」
「入れるか」
俺は倉庫を見た。
正面の扉には番兵が二人いる。でも——倉庫の裏側に回れば、通気口か搬入口があるはずだ。
「裏から入る。ドラ、気配を追えるか」
「できる。さっきの男たちとは匂いが違う。中にいる捕まっている奴らの匂いと、構成員の匂いを分けて追える」
「頼む。リアは俺の後ろ。エリスは一番後ろで後衛に徹しろ。魔法は使うな。音が出る」
「わかった」
「わかった」
「うん」
四人で、倉庫の裏側に回り込んだ。
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搬入口は、南京錠で閉まっていた。
俺は呪印を細く解放して、右手の人差し指に黒炎を集めた。
南京錠に触れた。
ジュッ——という音がして、金属が熱で歪んだ。
一秒で錠が開いた。
「相変わらず器用だな」とドラが小声で言った。
「便利なだけだ」
扉をゆっくり開けた。
中は暗かった。
天井が高い。倉庫の奥行きは二十メートル以上ある。壁際に木箱が積まれている。油の匂いと、鉄の匂いと——それから。
血の匂いがした。
俺は歩を進めた。
木箱の陰に隠れながら、奥に向かって進む。
ドラが俺の肩に触れた。
左手の方向を指差した。
俺は視線を向けた。
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倉庫の左奥に、鉄格子で仕切られた一角があった。
その中に、人が押し込まれていた。
獣人族が五人。亜人族が三人。みんな縄で縛られていた。怪我をしている者もいた。
さっき連れてこられた行商人の男も、そこにいた。
格子の前に、構成員らしき男が二人立っていた。
その奥——倉庫の最奥に、テーブルと椅子があった。
そこに、男が三人座っていた。
革鎧ではなく、少し上等な布の服を着ている。中間管理者クラスだろう。
その一人が、捕らわれた行商人を見ながら言った。
「久しぶりにいい獣人が入った。これは高く売れる」
もう一人が「どこに回す?」と言った。
「北の拠点だ。今週の荷に混ぜる」
「了解」
俺は冷静に聞いていた。
北の拠点。やはり山道の先に繋がっていた。
その時だった。
テーブルの男の一人が、立ち上がった。
格子の前に歩み寄って、中の行商人を見下ろした。
「お前、いい体格してるな。肉質も良さそうだ」
行商人が「何を——」と言いかけた。
男が格子の鍵を開けた。
中に入った。
そして——行商人の腕を掴んで、噛み付いた。
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音が、聞こえた。
肉を食い千切る音。
行商人の悲鳴。
俺は、息を飲んだ。
頭の奥で、何かが弾けた。
暗い場所。土の匂い。何かに押さえつけられる感覚。自分の体が少しずつ、なくなっていく——。
一度目の転生の記憶が、脳裏に焼き付いた。
生きたまま。喰われた。
骨まで。
「ケンジ」
リアの声が、遠くに聞こえた。
呪印が熱を持ち始めていた。
腕の中から。胸の奥から。
制御が、外れていく感覚があった。
まずい。
わかっていた。
でも——止められなかった。
黒炎が、右腕を包んだ。
静かに燃え上がる炎は、すぐに左腕にも広がった。
木箱が焦げる匂いがした。
俺は一歩踏み出していた。
「待て、ケンジ——!」
ドラの声が、遠い。
倉庫の中の男たちが、俺に気づいた。
一人が叫んだ。「なんだ、子供——ッ」
次の瞬間、俺は動いていた。




