第24話:パーティ名
カルタの街は、夕暮れの中でも活気があった。
石畳の道が細かく入り組んでいて、建物が密集している。山間の街らしく、道が全体的に緩やかな傾斜になっていた。荷物を抱えた行商人、武器を背負った傭兵、露天商の怒鳴り声。人の流れが途切れない。
俺はゆっくり歩きながら、周囲を観察していた。
呪印を薄く解放して、気配を拾う。半径五十メートル。特に反応はない。でも——街全体に、妙に緊張した空気が漂っている気がした。
「なんか、グレナよりごちゃごちゃしてる」
リアが言った。
「山道の要所だからな。人と荷物と情報が集まる。そういう街は、表も裏も濃くなる」
「裏も、ね」
エリスが静かに周囲を見渡した。帽子のつばを少し下げる。人が多い場所では、それが癖になっていた。
「ドラ、何か嗅げるか」
「……複数の獣人の匂い。それと——」
ドラが一瞬鼻を動かして、止まった。
「ケンジ。三時方向、五十メートルほど先の路地」
「何の匂いだ」
「鉄と、血と——革鎧の匂い。最近まで誰かと戦ってた奴がいる」
俺は視線をずらした。
石壁に挟まれた細い路地の入り口。薄暗い。でも確かに、何かが動いた気配がある。
「今は近づくな。情報を集めてからだ」
「わかった」とドラが言った。
まず宿を取る。それから動く。
-----
宿は城門近くの《灰岩亭》にした。
一泊銀貨三枚。四人部屋で、ベッドが四つある。フェンで泊まった宿より少し高いが、立地がいい。
荷物を置いてすぐに出た。
ギルドには寄らなかった。今日の目的は情報収集だ。
「情報屋を探す。こういう街には必ずいる」
「どうやって探すんだ」とドラが言った。
「酒場から始める。情報屋は客の多い場所に張り付いている」
「子供が酒場に入れるのか」
「冒険者タグがあれば年齢は関係ない。子供でも冒険者は冒険者だ」
「なるほど」
街の中心に向かって歩いた。
傾斜の途中に、大きな酒場があった。看板に《岩狸亭》と書いてある。昼間から中が騒がしい。行商人らしき男たちが大声で話していた。
俺は扉を開けた。
-----
中は煙草と酒の匂いが充満していた。
テーブルが十数個。昼間にもかかわらず半分以上が埋まっている。カウンターの奥で太った店主が黙々と杯を磨いていた。
俺は端のテーブルに四人で座った。
飲み物だけ頼んだ。果実水を四人分。銅貨八枚。
しばらく周囲を観察した。
三つ目のテーブルの男が気になった。四十代くらい。一人で座って、何も飲まずに周囲を見ている。目の動き方が違う。情報を集めている目だ。
「あの男だ」と俺は小声で言った。
「どうする」とリアが言った。
「俺が一人で話す。三人はここにいろ」
俺は立ち上がって、その男のテーブルに近づいた。
「隣いいか」
男が俺を見た。子供を見る目だったが、すぐに変わった。俺の目を見て、表情が少し固くなった。
「……冒険者か」
「Eランクだ」
「子供がEランクとは珍しい」
「座っていいか」
男が少し考えてから、顎で向かいの椅子を示した。
俺は座った。
「情報が欲しい。金は出す。カルタのヴォルテクスの動きについて」
男の目が細くなった。
「物騒な名前を出すな」
「知ってるな」
「……何者だ、お前」
「関係ない。何を知っているか教えてくれれば、それだけでいい」
男がしばらく俺を見た。
子供を品定めするような目だったが——やがて、小さく息を吐いた。
「銀貨五枚出せ。それだけ出せるなら話す」
俺は財布から銀貨を五枚取り出して、テーブルに置いた。
男がすっと手で隠して、消えた。
「ヴォルテクスはカルタに拠点を置いている。表向きは山道の運送業者だ。《銀山運送》という名前で、城壁の北側に倉庫がある」
「構成員の数は」
「把握できてるだけで二十から三十。でも実際はもっと多い。入れ替わりが激しいから、正確な数は誰も知らない」
「最近、動きはあるか」
男が少し間を置いた。
「……二週間ほど前から、普段より多く人が出入りしている。何かを待っているような動きだ」
「何を待っている」
「わからない。でも——」
男が声を落とした。
「最近、街で人が消えている。主に獣人族の行商人や旅人だ。亜人族も何人かやられている。ギルドに報告は上がっているが、街の警備隊は動いていない」
俺は少し考えた。
「警備隊が動かないのはなぜだ」
「買収されているか、怖いか、どちらかだろう」
「……わかった。もう一つ聞く。昨夜、街道でヴォルテクスらしき気配を感じた。北に向かっていた。何か知らないか」
「北か」
男が天井を見た。
「北の山道に、中継拠点があるという噂は聞いたことがある。確認は取っていないが——それが本当なら、カルタの倉庫と繋がっている可能性がある」
「規模はどのくらいだ」
「不明だ。それ以上は俺も知らない」
俺は立ち上がった。
「助かった」
「……ガキのくせに、目が怖いな」
「よく言われる」
-----
テーブルに戻った。
三人が俺の顔を見た。
「どうだった」とリアが言った。
「ヴォルテクスがカルタに拠点を持っている。表向きは運送業者だ。獣人族や亜人族の旅人が消えているという話もある。おそらく奴隷売買の続きだ」
ドラの眉が動いた。
「……また同じことをやってるのか」
「可能性が高い。でも今の俺たちの目的はカルタでDランクに上がることと、王都への情報収集だ。ヴォルテクスの拠点に正面から乗り込む力はまだない」
「わかってる」
でもドラの目が言っていた。
わかってる、でも許せない——と。
俺も同じだ。でも感情で動いて墓穴を掘る気はなかった。
「情報はある。動くなら理由を揃えてからだ。まずはギルドで依頼を受ける。実力を示してDランクに上がる。そうすれば動ける範囲も広がる」
「……そうだな」
エリスが静かに言った。「消えてる人たちは、今も——」
「わかってる」
俺は短く返した。
「だから急ぐ。でも急いで死んでも助けられない」
エリスが唇を閉じた。
それ以上は言わなかった。
-----
翌朝、ギルドに向かった。
カルタのギルドは、街の中心の広場に面した大きな建物だった。フェンよりずっと規模がでかい。受付が五つある。冒険者の数も多い。
青タグを受付に見せると、受付の女性がすんなり対応してくれた。
「Eランクですね。カルタでの活動は可能です。依頼は通常通り受けていただけます」
「ありがとう。一つ聞いていいか。Eランクで達成件数がどのくらいあればDランクに上がれる」
「EランクからDランクへの昇格は、Eランク依頼の十五件達成と、ギルドの審査が基準です」
「今うちは十二件だ。あと三件か」
「ただし——」
受付の女性が少し声を落とした。
「カルタでのDランク昇格審査には、《山道の試験》が含まれる場合があります。北の山道で出現している《岩砕き熊》の討伐実績が、審査に加味されることが多いです」
「《岩砕き熊》はどのくらいの強さだ」
「通常のCランク相当です。ただし最近、単独行動ではなく複数で出現する事例が報告されています。安全のためグループでの挑戦を推奨しています」
俺は後ろを振り返った。
ドラと目が合った。
ドラが「やれる」という目をしていた。
「依頼書をくれ」
受付の女性が依頼書を用意している間、俺は依頼ボードに目を向けた。
その時だった。
「おい、そこの青タグ」
声がした。
振り返ると、三人組の冒険者が立っていた。
先頭は二十代半ばの人間の男。体格がよく、腰に大剣を提げている。顎に無精髭。銅タグが胸元で光っていた。Cランクだ。
その後ろに、細身の女と、狼の耳を持つ大柄な獣人の男が並んでいる。
先頭の男が俺たちの青タグを見て、口の端を上げた。
「子供が四人でEランクか。可愛いもんだな」
俺は男を見た。
何も言わなかった。
「《岩砕き熊》の依頼、取ろうとしてるだろ。やめといた方がいいぞ。Eごときが手を出せる相手じゃない」
「そうか」
「そうかって——おい、聞いてるか」
「聞いてる。それで?」
男が眉をひそめた。
「生意気なガキだな。死にたいのか」
「死にに行くつもりはない。倒しに行く」
しばらく沈黙があった。
男の後ろにいた細身の女が、静かに俺を見ていた。値踏みするような目ではない。何かを確認するような目だった。
男が鼻を鳴らした。
「……好きにしろ。ただし俺たちの邪魔はするな。あの山道は《鋼牙》が先に目をつけてた依頼だ」
「《鋼牙》?」
「俺たちのパーティ名だ。知らないのか」
「知らない。今聞いた」
男が「使えねえな」と呟いてから、ふと俺たちを見回した。
「お前たちはパーティ名は?」
俺は少し考えた。
パーティ名。
考えたことがなかった。
「……ない」
「ない?」男が呆れた顔をした。「パーティ登録もしてないのか。Eランクでも登録できるぞ。ギルドで申請すれば五分で終わる。名前をつけた方が依頼も通りやすくなる」
俺はそれを聞いて、受付の方を見た。
パーティ登録。知らなかった。
「……教えてくれてありがとう」
「別に礼を言われる筋合いはない」
男が踵を返して歩き出した。後ろの二人がついていく。
狼の耳の獣人——最後の一人だけが、立ち去り際にドラをちらりと見た。
ドラも、その男を見ていた。
二人の視線が、一瞬だけ交差した。
「……」
何も言わなかった。
でも何かが通じたような空気だった。
-----
受付に戻って、依頼書を受け取った。それからパーティ登録について聞いた。
「パーティ登録ですか?もちろんできますよ。リーダーの方の証章と、全員分の証章が必要です。名前を決めてきていただければ、その場で登録できます」
「名前を決める必要がある」
「はい。変更も可能ですが、一度登録すると三ヶ月は変えられません」
俺は三人を見た。
「名前を決める」
「えっ、今?」とリアが言った。
「今決める」
「……じゃあ私、《星明かり》とかどうかな」
「却下」
「はや!?」
「エリスは」
「……私は、ケンジに任せる」
「ドラは」
「俺は名前に頓着しない。ケンジが決めろ」
俺は少し黙った。
パーティ名。
俺たちが何者か。何を目指しているか。
まだ旅の途中だ。何も終わっていない。何も始まってもいない。
でも——俺たちは確かに動いている。
全てを灰にするまで、止まるつもりはない。
「《灰燼》にする」
静かに言った。
「灰燼……」
エリスが小さく繰り返した。
「灰になるまで燃やし尽くす、という意味だ」
リアが少し考えてから、「……なんか、ケンジっぽい」と言った。
「俺たちっぽくもある」とドラが言った。
「異論がなければこれで登録する」
三人が頷いた。
俺は受付に向き直った。
「《灰燼》で登録してくれ」
-----
宿に戻って作戦を立てた。
「《岩砕き熊》はCランク相当。俺たちはE。単純な力では分が悪い。情報が必要だ」
「匂いはわかるぞ」とドラが言った。「熊の魔物は嗅いだことがある。先行察知ができる」
「それはでかい。エリス、岩系の魔物への魔法の効果はどうだ」
「土属性に耐性がある可能性が高い。でも火属性なら関係ない」
「動きを止める方法は」
「……地面を変形させれば足を取れる。ただし相手が重いと、時間がかかる」
「何秒だ」
「五秒から十秒くらい。確実じゃない」
「わかった。俺とドラで正面を引き受ける。エリスが動きを止めたタイミングでドラが急所を狙う。リアは遠距離から目を狙え」
「目?」
「岩系の魔物は体表が硬い。柔らかい部位を狙わないと有効打にならない。目、鼻の穴、口の中だ」
「……わかった。やる」
リアが真剣な目で言った。
「一点確認。北の山道には、昨夜俺が感じた気配と同じ方向だ。ヴォルテクスの拠点がある可能性がある」
「鉢合わせたら?」
「戦わない。撤退する。今は実力を示す段階じゃない」
「……わかった」
ドラが「腹は括れてる」と言った。
「なら明朝出発だ」
-----
夜、俺は一人で窓の外を見ていた。
カルタの夜は暗い。山間の街は星が近い。
《銀山運送》の倉庫は、城壁の北側にあると言った。
今もそこで——誰かが消えていく。
俺は窓枠に手を置いた。
呪印が、じくりと熱を持った。
まだだ。
まだ動く時じゃない。
だが——その熱は、消えなかった。
北の山道の奥で、何かが待っている気がした。
それが俺を呼んでいるのか、それとも俺が引き寄せられているだけなのか。
わからない。
でも呪印は——正直だった。
怒りは、まだ終わっていない。




