第23話:カルタへの道
フェンを出たのは、Eランク昇格から三日後だった。
出発前に、もう一度ギルドに寄った。
「Eランクで受けられる道中の依頼があれば教えてほしい。カルタ方面への街道沿いのものを」
受付の女性が確認してくれた。「カルタ方面なら二件あります。一つは街道の魔物調査、もう一つは途中の村への荷物護送です」
「両方受ける。護送に同乗できれば移動費も浮く」
「護送の方は明後日出発の予定だった荷馬車に同乗する形になりますが」
「構わない」
俺は依頼書を二枚受け取った。
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荷馬車は、予定通り翌朝に出発した。
御者は五十代の商人で、ゴードという名前だった。最初は子供四人を見て渋い顔をしたが、護衛の依頼書を見せると「まあいいか」と言って馬車の後ろに乗せてくれた。
馬車の荷台に揺られながら、ドラがリアに稽古をつけていた。座ったままでもできる、構えと重心の確認だ。
「まだ右に偏ってる。均等に」
「こう?」
「少し良くなった。でも緊張すると戻る。意識しなくても自然にできるまで繰り返せ」
「どのくらい繰り返せばいい?」
「体が勝手に動くまで」
リアが「いつになるんだろ」と言った。
「俺が爪牙流の基本を体に入れるのに二年かかった」
「二年!?」
「毎日やれば早くなる。毎日やらなければ遅くなる」
「……毎日やる」
「そうしろ」
エリスが俺の隣に座って、右手の上に小さな炎を灯していた。消す。また灯す。消す。を繰り返している。
「何の練習だ」
「出力の微調整。ロウソク一本分の大きさで、ちょうど三十秒維持する」
「目標が細かいな」
「大きく出すのは最初からできてた。小さく出す方が難しいから」
俺は少し考えた。
「制御の精度が上がれば、戦闘での使い分けができる。続けろ」
「うん」
エリスがまた炎を灯した。
馬車が揺れるたびに炎が揺れる。でもエリスは消さない。揺れに合わせて、出力を微妙に調整している。
三ヶ月前とは全然違う。
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二日目の昼、魔物調査の依頼をこなした。
街道沿いの森に《跳ね兎》が異常発生しているという情報があった。Eランクの依頼だ。
《跳ね兎》は名前の通りよく跳ねる魔物で、動きが速い。一匹一匹は弱いが、群れると厄介だ。
「数はどのくらいだ」
ドラが森を見渡した。「……二十は超えてる。匂いが濃い」
「多いな。でもEランクの依頼だ」
「弱いのが多いのと、強いのが少ないのでは対応が変わる」
「そうだな。エリスが広範囲に土魔法で動きを制限して、リアが遠距離から処理する。ドラと俺は動き回る個体を追う」
「了解」
「わかった」
「うん」
三人が一斉に動いた。
エリスが地面に手をつけた。紫の魔力が地面に広がっていく。十メートル四方の土が波打って、その中にいた《跳ね兎》十数匹が動けなくなった。
「できた」
「リア」
「もう狙ってる」
ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ——。
風魔法で加速させた矢が次々と飛んでいく。一射一殺。動けない的を外す方が難しい。
土魔法の範囲外で跳ね回る個体をドラと俺で処理した。ドラが剣の平で叩いて気絶させ、俺が黒炎で仕留める。
五分もかからなかった。
「速くなったな」
ドラが言った。
「全員の動きが噛み合ってきた。三ヶ月の差だ」
「ケンジが戦略を立てるから動きやすい」
「全員がちゃんと動くから戦略が活きる」
ドラが「……ケンジの褒め方は相変わらず遠回りだな」と言った。
「直接言ってる」
「そうか?俺には遠回りに聞こえる」
リアが「私も」と言った。
「エリスも」とエリスが言った。
俺は黙った。
三対一だ。
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三日目の夜、野営した。
街道を外れた林の中に場所を見つけて、火を起こした。
食事の後、俺は周囲の気配を確認していた。
呪印を薄く解放して、感覚を広げる。通常は五十メートルほどの範囲だが、今夜は調子がいい。百メートル近くまで意識が届く感覚があった。
その時、何かを感じた。
八十メートルほど先。でも確かにある。
人間の気配。複数。
街道の方向から、こちらに向かってくる気配ではない。でも——その気配の質が、ヴォルテクスの構成員と似ていた。
「ケンジ?」
リアが気づいた。
「少し離れた場所に人の気配がある。今は向かってきていない。街道を移動しているだけかもしれない」
「ヴォルテクスか」
「わからない。でも似た気配だ」
ドラが立ち上がった。「見てくるか」
「待て。今は動かない。こちらが動けば気づかれる可能性がある」
「じゃあどうする」
「火を落として気配を消す。様子を見る」
焚き火を小さくした。四人で暗闇の中に黙って座った。
気配は、十分ほどして遠ざかった。
街道を北に向かっていた。
「……去ったか」
ドラが言った。
「ああ。でも北に向かった。俺たちと同じ方向だ」
「先行してるのか」
「あるいは別の目的で動いている。どちらかはまだわからない」
エリスが静かに言った。「……また追ってきてるのかな」
「わからない。でも警戒を強める」
俺は頭の中で整理した。
グレナでは構成員が二人来ていた。ルーデでは気配がなかった。フェンでも感じなかった。でも今、カルタ方面に向かう街道で——似た気配を感じた。
偶然か、追跡か。
判断できないが、油断はできない。
「カルタに着いたら、まず情報屋を探す。ヴォルテクスがその街に動きがあるかどうか確認する」
「わかった」とドラが言った。
火を少し戻した。
エリスが膝を抱えていた。
「大丈夫か」
「……うん。ただ、またかって思って」
「またかでいい。慣れるのが一番いい」
「それってドラの言い方と同じだね」
「慣れるのと平気なのは違うと言ったのは俺だ」
エリスが少し笑った。「矛盾してる」
「状況次第で正しい答えは変わる」
「……なんか哲学みたい」
ドラが「前世のサラリーマンはそういうことを言うのか」と言った。
「詳しくは知らん」と俺が言った。
「ケンジが前世のサラリーマンだろ」
「……そうだった」
リアが笑った。エリスも笑った。
ドラが珍しく口の端を上げた。
俺は黙って火を見た。
緊張が少し緩んだ。
それでいい。緊張しっぱなしでは判断が鈍る。こういう瞬間が、次に備える力になる。
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四日目の夕方、カルタが見えてきた。
フェンより少し小さい。でも城壁が厚くて、守りが固そうな街だ。山間の交通の要所らしく、行商人の荷馬車が何台も列をなして城門を待っていた。
ゴードの荷馬車も列に並んだ。
「ここで一緒に旅をするのはおしまいだな」
ゴードが言った。
「お世話になりました」
「護衛は完璧だった。魔物も出なかったし、途中の気配も気づかなかった。あんたたちがいてくれてよかったよ」
「気配はありました。ただ向かってこなかっただけです」
ゴードが目を丸くした。「……そうだったのか。気づかなかった」
「向かってきていないので報告の必要はないと判断しました」
「ありがとう。また依頼を出す機会があれば、ぜひ」
ゴードが護送の報酬、銀貨五枚を払ってくれた。道中の魔物調査分も合わせて、今日だけで銀貨十枚ほどの収入だ。
四人で城門の列に並んだ。
「次はここで情報収集だ。ヴォルテクスの動きとカルタの状況を把握する」
「ギルドには登録するか」
「Eランクの証章はフェンで出してもらった携帯証明書がある。ここで再登録しなくても依頼は受けられるはずだ」
「……なんでそんなことまで知ってるんだ」
「規約書に書いてあった」
ドラが「本当に本を読むんだな」と言った。
「必要なことが書いてあるから読む」
「それが普通だと思ってるのが普通じゃない」
「よく言われる」
城門がゆっくりと開いた。
カルタの街が、夕暮れの光の中に広がっていた。
呪印が、静かに脈打っていた。
また新しい街だ。
ヴォルテクスの影が、少しずつ近づいてきている。
でも——四人がいる。
それだけで、十分だった。




