第22話:フェンの街で積み重ねるもの
フェンの街は、大きかった。
城壁の中に商業区と住宅区と工業区が分かれていて、それぞれに活気がある。ルーデと比べると、何もかもが一回り大きい。人の数も、声の大きさも、匂いの密度も。
宿を取った。
ドラが知っていた冒険者向けの宿で、一人銀貨半枚で泊まれる。四人で一部屋。狭いが問題ない。荷物を置いて、近くの共同浴場に向かった。
男女で分かれる形になった。俺は男湯へ一人で。ドラ・リア・エリスの三人は女湯へ。
銅貨三枚で入れる。五日ぶりの湯は、思った以上に染み渡った。
風呂上がりに四人で宿の前に集まると、エリスが「生き返る」と言った。
「大げさだ」
「大げさじゃない。旅してると、お風呂のありがたさがわかる」
ドラが「俺の集落では川で体を洗っていた。温かい湯に入れるのは街の特権だ」と言った。
「冬は辛くなかったか」
「慣れる」
「慣れるのと平気なのは違う」
「……まあな」
リアが「ケンジって、細かいところでちゃんと心配するよね」と言った。
「心配してない。確認してる」
「同じことだよ」
俺は返事をしなかった。
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翌朝、ギルドに向かった。
フェンのギルドは、ルーデの倍以上の広さだった。受付が三つあって、依頼書の棚も壁一面に広がっている。冒険者の数も多い。Dランクの赤タグ、Cランクの銅タグが目立つ。中にはBランクの銀タグをつけた冒険者もいた。
Fランクの緑タグを下げた四人組が入ってくると、何人かが視線を向けた。
子供三人と大人一人。
俺はその視線を無視してカウンターに向かった。
「フェンで初めての依頼を受けたい。Fランクが受けられるものを教えてくれ」
受付は二十代の女性だった。ルーデの男と違って、子供に対して表情を変えなかった。仕事として処理する顔だ。
「Fランクの依頼はこちらの棚になります。現在十二件出ています。魔物討伐が六件、雑用系が四件、調査系が二件です」
「全部の報酬を教えてほしい」
女性が一覧を出してくれた。
俺は素早く見比べた。
一番報酬が高いのは「街道北側の森に出る《鉄皮猪》の群れ」だ。一頭銀貨四枚、群れ全体で推定五頭から八頭。全頭討伐ボーナス銀貨十五枚。
問題は《鉄皮猪》が鉄のように硬い皮膚を持つ魔物で、通常の剣では傷をつけにくいという点だ。
「この《鉄皮猪》の依頼、詳細を教えてくれ」
「鉄皮膚を持つ猪型の魔物です。通常の刃物は通りにくく、魔法か特殊な武器が有効です。Fランク向けですが、難易度は高めです」
「報酬が高い理由はそこか」
「そうです。過去に受けたFランク冒険者の達成率は四割ほどです」
俺は少し考えた。
「エリスの魔法なら皮膚の硬さは関係ない。黒炎も同じだ。ドラの爪牙流の打撃なら、関節や目を狙える」
「……受けるか」と ドラが言った。
「受ける。四人で対応できる」
「わかった」
依頼書を受け取った。
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翌日、北の森に向かった。
森に入ると、ドラが先頭を歩いた。
「匂いがする。四頭分だ。右前方に固まっている」
「思ったより少ない」
「群れの一部かもしれない。残りが別の場所にいる可能性がある」
俺は呪印を解放して気配を探った。ドラの言う通り、右前方に四頭。だが——
「後方にも一頭いる」
「……気づかなかった」とドラが言った。少し悔しそうな顔をした。
「匂いが前の四頭に紛れていたんじゃないか。見落としじゃない」
「……そうかもしれんが、悔しい」
「次は意識しろ。後方の一頭から先に処理する」
後方の一頭を倒してから、正面の四頭に向かった。
《鉄皮猪》は確かに硬かった。ドラの剣が弾かれた。
「やはり刃物は効かない」
「俺が前に出る。エリス、側面から魔法で崩せ。リアは動きが止まったところを狙え」
俺は呪印を右拳に集中させた。黒炎を込めた打撃なら皮膚の硬さは関係ない。
一頭目——正面から突っ込んで、眉間に黒炎を叩き込む。
ドォッ。《鉄皮猪》が吹き飛んだ。
二頭目が横から来た。エリスが土魔法で足を固めた。固定された《鉄皮猪》の脇腹に、俺が黒炎の拳を叩き込む。
三頭目——ドラが刃ではなく剣の柄で目を打った。怯んだ隙にエリスが火魔法を叩き込んだ。皮膚は硬いが、目と口の中は柔らかい。
四頭目——リアが目を矢で射貫いた。《ウィンドアロー》を使った精密射撃だ。《鉄皮猪》がたたらを踏んで、俺が仕留めた。
五頭、全頭討伐。
「なかなかやった」
ドラが言った。
「まだ動きが雑いところがある」
「それでも五頭全頭だ。文句を言うな」
俺は少し間を置いた。
「……そうだな」
ドラが「珍しく素直だ」と言った。
「事実だ」
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それから二週間、俺たちはフェンで依頼をこなし続けた。
《石蛇》の討伐。道に落ちた荷物の回収。迷子の家畜を探す依頼。崩れた橋の修理補助。変わり種では「酒場の地下に住み着いた《臭いキノコ》を取り除く」というものもあった。
報酬は毎回きっちり回収した。
二週間でFランクの依頼達成数が十二件になった。
「Eランク昇格審査を申請できる」
俺はギルドのカウンターで言った。
受付の女性が書類を確認した。「確かに十二件ですね。審査を申し込みますか?」
「頼む」
「明後日の午前中に、ギルドマスターとの面談があります。四人全員で来てください」
「わかった」
面談の日、ギルドマスターは五十代の大柄な男だった。銀タグ……いや、金タグだ。Aランク。
「お前たちがあの四人組か」
「そうです」
「二週間で十二件。達成率百パーセント。《鉄皮猪》もこなした。なかなかだ」
「ありがとうございます」
「ただ、聞きたいことがある」
ギルドマスターが俺を真っ直ぐ見た。「お前の魔力はゼロだと記録されている。なのになぜ《鉄皮猪》の皮膚に傷をつけられた。目撃した冒険者が何人かいる。黒い炎のようなものを使っていたと」
俺は少し間を置いた。
「魔法ではないものを使っています。詳細はお教えできません」
「なぜ」
「俺個人の事情があります」
ギルドマスターがしばらく俺を見ていた。
それから、ため息をついた。
「……まあいい。冒険者に秘密の一つや二つはある。結果を出しているなら文句はない」
「ありがとうございます」
「Eランクへの昇格を認める。以降はEランクの依頼も受けられる」
四人分の緑タグが、青タグに変わった。
ドラが自分の青タグを確認して「早かったな」と言った。
「二週間で十二件はペースが速い」
「お前が戦略を立てるからだ」
「全員が動いたからだ」
ドラが「……お前は褒めるのも下手だな」と言った。
「事実を言ってる」
「褒め方を覚えろ」
リアが「褒め方の練習が必要だね」と言った。
「必要ない」
「必要あるよ」
エリスが青タグを首にかけながら「なんか実感ある」と言った。
「Eになったってこと?」
「うん。Fから始まって、ちょっとだけ上に来た」
「まだEだ。上はまだある」
「わかってる。でも嬉しいじゃん」
俺は少し黙った。
そうだな、と思った。
言葉にはしなかったが。
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その夜、宿で地図を広げた。
フェンから次の街「カルタ」まで六日。カルタから王都「アルテア」まで十日。
まだ遠い。
でも、一歩一歩は着実に進んでいる。
ヴォルテクスが追ってくる気配は、フェンでは感じなかった。でも油断はできない。
王都に近づくほど、組織の手も届きやすくなる。
「次の街に向かう。数日後に出発する」
三人が頷いた。
俺は地図を畳んだ。
呪印が、静かに脈打っていた。
Eランク。
まだ始まりだ。




