第21話:旅の道中で少しずつ変わっていくもの
翌朝、ルーデを出た。
昨夜の話は、誰も蒸し返さなかった。蒸し返す必要もなかった。話したことは話した。それで十分だ。
でも——何かが変わった気がした。
四人の間の空気が、少し柔らかくなっていた。
うまく言葉にはできない。でも確かに変わっていた。
「ケンジ」
歩き始めて十分ほど、エリスが隣に来た。
「なんだ」
「昨日、話してくれてありがとう」
「礼はいらない」
「でも言いたい」
俺は前を向いたまま言った。「前にも言ったが、礼を言いたいなら言えばいい。俺が受け取らないだけだ」
エリスが少し笑った。「……頑固だね」
「一貫してるだけだ」
「同じことだよ」
後ろからドラが「お前たちは毎回同じ会話をしてるな」と言った。
「してない」
「してる。聞いてると飽きない」
リアが「私も飽きない」と言った。
「二人とも余計なことを言うな」
エリスがくすくすと笑った。
俺は黙って前を歩いた。
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フェンへの道は、最初の二日間は平坦だった。
街道が整備されていて、歩きやすい。途中に村が二つあって、そこで食料を補充した。
昼の休憩のとき、ドラがリアに短刀の稽古をつけていた。
「構えが浅い。重心を落とせ」
「こう?」
「もっと。足を開いて地面を掴む感覚だ」
リアが言われた通りに構え直した。
「……こう?」
「まだ浅い。獣人族の爪牙流は大地に根ざすことが基本だ。土から力を引き上げるイメージで」
「土から引き上げる……」
リアが目を閉じた。少し考えてから、もう一度構えた。
ドラが目を細めた。「……よくなった」
「本当に?」
「俺は嘘は言わない」
リアが照れたように笑った。
エリスが俺の隣に来た。「ドラ、教えるの上手いね」
「厳しいだけだと思ってたけど」
「厳しいのと丁寧なのは別のことだ」
「ケンジもそういう教え方するの?」
俺は少し考えた。「俺は結果ベースだ。何がうまくいって何がうまくいかなかったかを言う」
「それって優しくないね」
「効率的だ」
「同じじゃないと思う」
リアが稽古の合間にこちらを向いた。「ケンジは教えるの上手くはないけど、任せる方が上手い」
「どういう意味だ」
「ケンジに任せてもらえると、自分でやろうって気になる。それってある意味すごいことだよ」
俺は黙った。
意図してやっていたわけじゃない。でも否定するのも違う気がした。
「……そうか」
「そうだよ」
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三日目の午後、道中で小さな依頼をこなした。
街道沿いの村に、ギルドの出張所があった。村人から「畑を荒らす《泥蛙》を退治してほしい」という依頼だ。Fランクの依頼で、報酬は銀貨二枚。
「少ないが、やっておいた方がいい。実績が積み重なる」
「了解」とリアが言った。
畑に向かうと、確かに《泥蛙》がいた。犬ほどの大きさのカエルが三匹、畑の野菜を食い荒らしている。泥を体に纏っていて、滑りやすそうだ。
「簡単に片付く」
ドラが双剣を抜こうとした。
「待て」
俺が言った。
「なんだ」
「エリスに任せる」
エリスが驚いた顔をした。「私が?」
「三匹。うち一匹を土属性で固定して、残り二匹をリアと俺で処理する。どれを狙えるか」
エリスが《泥蛙》を見た。
「……真ん中の一匹。土の魔法で動きを止めるなら、地面が泥だから使いやすい」
「やってみろ」
エリスが右手を構えた。
紫の魔力が滲んで、地面に向かって流れた。《泥蛙》の足元の泥が急に固まった。真ん中の一匹が足を取られて動けなくなった。
「できた!」
「二匹は俺とリアでやる。ドラは見ておけ」
「なぜ俺が見る側なんだ」
「エリスとリアの練習だ」
ドラが渋々剣を収めた。
リアが短刀を構えて、左の《泥蛙》に走り込んだ。泥で足を滑らせかけながらも、踏ん張って短刀を突き込んだ。《泥蛙》が鳴いて倒れた。
「やった」
「次は滑る前に重心を低くしろ。ドラに習った構えを使え」
「わかった」
俺は残り一匹に黒炎を薄く纏わせた拳を叩き込んだ。
三匹、片付いた。
村人が駆け寄ってきて「ありがとうございます!」と礼を言った。女性だった。四人を見て「子供たちが……すごい」と目を丸くした。
「依頼通りです」
「でもこんなに早く……しかも魔法まで……あなたたち、何者なんですか?」
「冒険者です」
俺は短く答えた。
村人が「お礼に」と言って、籠いっぱいの野菜を持ってきた。報酬の銀貨二枚に加えて。
「気持ちだけで十分です」
「持っていってください。お役に立てて嬉しいんです」
エリスが「ありがとうございます」と素直に受け取った。
俺は黙って頷いた。
野菜は重かったが、悪い重さじゃなかった。
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四日目の夜、野営した。
新しい毛布があるおかげで、前よりずっと暖かかった。
焚き火を囲みながら、村人にもらった野菜をスープにした。ドラが作り方を知っていて、あっという間に形になった。
「ドラって料理もできるの」
「山で暮らしてたから、食えるものを何でも調理してた」
「万能だね」
「当たり前のことをしてるだけだ」
エリスがスープを一口飲んで、また目を丸くした。
「美味しい」
「今日取れた野菜だからだ。新鮮なものはそれだけで旨い」
「前世——いや、昔に料理の本で読んだ」と俺が言った。
エリスが「また前世って言いかけた」と言った。
「気のせいだ」
「三回目だよ」
ドラが「前世というのはどういう意味だ」と静かに聞いた。
俺は少し間を置いた。
昨日、一度目の転生の話はした。でも前世——日本での記憶については詳しく話していなかった。
「別の世界の話だ。この世界とは全然違う場所。魔法もなくて、魔物もいなくて、ただ人間が生きていた」
「どんな世界だ」
「……石と鉄で作った街が広がっていた。空を飛ぶ乗り物があって、手のひらに乗る機械で遠くの人と話せた」
三人が黙った。
「魔法がなくて、そんなことができるのか」と ドラが言った。
「魔法の代わりに技術を使っていた。どちらが優れているかは、俺にはわからない」
「お前はその世界で何をしていたんだ」
「働いていた。朝から深夜まで。毎日同じ場所に行って、書類を処理して、上司の指示に従って……気づいたら死んでいた」
静寂が落ちた。
「……それは、孤独だったな」
ドラが静かに言った。
「仲間もいなかったのか」
「いなかった。同僚はいたが、仲間じゃなかった」
「違いは何だ」
俺は少し考えた。
「信用できるかどうか、だと思う」
ドラが頷いた。
リアが「今は違うね」と言った。
「……ああ」
俺は火を見た。
「今は違う」
エリスがスープを啜りながら、静かに笑った。
火が揺れていた。
遠くで風が鳴っていた。
呪印が、いつもより穏やかに脈打っていた。
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五日目の昼過ぎ、フェンの街が見えてきた。
ルーデより大きかった。城壁が高くて、城門に旗が立っている。街道が広くて、行き交う人の数も多い。
「大きいな」
ドラが言った。
「ルーデの倍以上の規模だ。冒険者ギルドも大きい。Eランク以上の依頼も増える」
「ランクアップを狙うか」
「実績次第だ。まず入って、状況を確認する」
エリスが「また新しい街だ」と言った。
「何か期待してるか」
「食べ物。あとお風呂。五日ぶりに入りたい」
ドラが「俺も同じだ」と言った。
リアが「私も」と言った。
俺は少し黙った。
「……わかった。宿を取ってから、風呂に入れる場所を探す」
「やった」
三人が同時に言った。
俺は少し呆れながら、城門に向かって歩いた。
Fランクの冒険者四人が、新しい街に入る。
ここからまた、少しずつ積み重ねていく。
呪印が、静かに脈打っていた。




