天才の戦い
「……相変わらずね、彼女は」
指令室にて、野崎は頭を軽く抱えた。
雨咲 ソフィア。
過去に例のないペースでダンジョンを攻略した、まさに天才と評するにふさわしい少女だが……その性格は、かなりの負けず嫌い。
同じA級探索者である江川、中條、茨木に対してもライバル心を出している。
彼女は基本的に、誰かの力を借りることを良しとしない。
自分1人でなんとかしようとするのが、基本なのだ。
(S級への意識が、相変わらず強い)
野崎はそう考える。
S級の強さを、雨咲は形から真似しようとしている節があるのだ。
通常、第九層にいるAランクモンスターは、何人かのパーティーを組んで狩りをする。
だが、S級はそれすらも必要としない。
たった1人で、それもたやすくAランクモンスターを撃破出来るのだ。
実際、彼らは強力すぎてA級探索者がパーティーを組んでも、足手まといになる可能性すらある。
それほどまでに、規格外の強さなのだ。
雨咲が単独行動にこだわるのは、この辺りだろう。
自分1人でなんとか出来るという、その力が欲しいのだ。
(でも、まだその強さには至っていないわ)
短い期間だが、共に仕事をして雨咲の実力はなんとなく計れている。
A級探索者。その最低限といえる強さであった。
ソロでB級モンスターと戦いたがるが、ギリギリだ。危なっかしさがある。対して江川達は、ソロでもB級モンスターを安定してたおせる。
それなのに、雨咲はA級モンスターへ単独撃破を目指している。
まさに無謀であった。
「どうしますか、支部長? 今日も天才ちゃんがツンツンしてますけど」
観月の言葉に、野崎は肩をすくめた。
「言わせておきなさい。どっち道、S級のフォローが必要になるはずよ」
☆
「顕現せよ、氷結の力――アイシクル・セイバー」
宣言と共に、雨咲に右手に白い剣の柄が現れる。鍔の部分は羽の形をしており、魔力の結集と共に青い氷の刃が形成された。
雨咲が氷の剣を片手に前へ出る。
新種の黒い狼は、雨咲に気づいて足を止めた。
「ガアアアアアッ!!!」
地に響くような、大きな咆哮。
逃げていた男の探索者達が大きな声を上げる。
「お、おい君、危ないぞ!」
だが、他の探索者が気にするなと男の背中を押す。
「あれは国家認定の探索者だ! 俺達を助けに来てくれたんだよ!」
「だ、だけど、あんな小柄な女の子で大丈夫なのか……?」
そんな話をしている間にも、事態が動く。
黒い狼が四肢を低くした瞬間、その姿が消えた。
「っ!?」
観月が息を飲む。
黒い狼は目にも止まらぬ速さで、もう背後をとっていた。
「なんてスピード――ううっ!」
とっさに剣でガードするも、黒い狼の強力な頭突きによって、雨咲の体が吹き飛ばされる。
平原の上を、雨咲が違法速度のダンプカーに跳ねられたかのように、転がっていく。
探索者が一瞬だけ足を止めるも、第2層で活動しているような実力にできることはない。
彼らは悔しそうにしながら、背中を向けて去っていった。
「……やりますね」
だが、雨咲はクールな笑みを浮かべながら、立ち上がる。
黒い狼が彼女を獲物と認識し、前へかけ出そうとした瞬間であった。その四つ足は、一歩も前へ踏み出すことが出来ず、地面へ固定されているのだ。
「ぐルルルルっ!?」
黒い狼が自身の足へと目をむける。
四つ足はいつの間にか、青い氷によってかためられていたのだ。地面にはりめぐらされた氷が、あっという間に膝の辺りまで浸食してきている。
「動けないところを、一気にしとめます」
雨咲が両手でにぎった剣を天へかかげると、彼女の周囲に複数の氷の槍が現れた。一本一本が熟練された槍のように鋭い。
「――アブソリュート・ゼロ!」
そして剣を指揮するかのように前へ突き出すと、槍がミサイルのように、一斉に勢いよく飛び出していく。
黒い狼が口を開いた。目の前に黒い魔法陣が展開され、漆黒の炎が吐き出される。
「っ、あれは……!」
本能的に危機を察知し、雨咲がすぐさま横へ飛ぶ。
だが、回避は間に合わず、広範囲にまかれた黒い炎が小さな体を襲った。
ずどおおおおおおおっ!!! と辺りに響き渡るほどの爆音と共に、破壊をつくす。大気が揺れ、雨咲の放った氷の槍を砕きながら、炎は周辺をめちゃくちゃにし、地面をえぐった。
氷の槍はいくつか黒い狼に突き刺さる。だが、倒れることはない。そして体から黒い魔力を放ち、足の氷と刺さった氷を砕き、消し去った。
「グオオオオオっ!!!」
黒い狼が怒りをふくめた様子で吠える。
地面には黒い炎、魔力の残滓がパチパチとともっている。
その中で、剣を地面にたてて、足を震わせる弱った雨咲がいた。
とっさに氷の壁を作って防御した上、体ががんじょうな探索者。だが、それらをもってしても、全身が焼けるように痛い。
雨咲は歯ぎしりをして、黒い狼をにらんだ。
「たかがA級ごときに、負けるわけには……!」
剣を構えようとするも、膝をついてしまう。
通信で、観月がさけんだ。
『雨咲さん! もう下がってください!』
「嫌です……ここから、隠された力が覚醒して逆転しますので」
『それ隠していない力に関しては、万策尽きているってことじゃないですか!? 死んじゃいますよ!』
だが、黒い狼は攻撃をしてこない。
それどころか「グルルぅ……!」と、なにかに怯えるように尻尾を下げ、ジリジリと後ろへ下がっていた。
「……?」
雨咲が首をかしげていると――彼女の背後から、すっと武宮が前へと現れた。
黒い狼の視線は、武宮の方へと固定されている。
「なっ、あなたは……!」
驚く雨咲を背後に、武宮は左手を右手の拳で軽く叩き、ぱん、と心地いい音を立てた。
「よし。色々あったからな……ちょっとお前でストレス発散させてもらうぞ。デカくて黒いワンちゃん」




