異動先のざわめき
「S級探索者がこっちへ異動になるって話。聞いたかい?」
「え? ま、マジっスか。S級が……?」
ダンジョン内……塔だというのに、外のような平地が広がっている。
木陰で3人の男が休みながら、リーダーの江川がS級探索者武宮 竜の話を口にしたのであった。
ベテランである江川のメンバーは中條、茨木。
この2人は20代後半の若き探索者だ。
よく喋るのが中條で、大人しいのが茨木。
なので、この話も中條が相づちを打っていた。
「そーだよ。今話題の、武宮 竜だ」
「話題……? なんっスか」
「若者なのに、意外と知らないのかい? SNSでプチ騒ぎになっているらしいが」
「ん~。わかんないっスね。自分Vtuberの配信とかは見ますけど、そういうのは見ないので」
「結婚した嫁に、ライセンス晒されて悪口を書かれたんだとよ。そんで、支部まで特定されたらしくてよ、色々と風評被害が出たって話だ」
「うへ~。ネット怖いっスね」
「本当、困った世の中になったもんだ。異動になったのは、いづらくなったからだろう。S級は基本、支部が手放したがらないが、やむをえずってとこかい」
「でしょうねぇ。なにせあの人ら、国内でたった5人しかいないバケモンですし」
S級認定の基準である「1つのダンジョンの深層を除く階層のボスフロア全て撃破」は、ほぼ達成不可能といわれている。
ダンジョンには種類があれど、決まって深層の門番である「ラストボス」がケタ違いに強いのだ。
A級がパーティーを組んで挑んでも、大抵は逃げるので精いっぱい。
むしろ挑んだところで、死者が出て無駄なのではという声が出るほどだ。
S級とは、そんな不可能を可能にした存在。
文字通り、強さのケタが1つ違う探索者なのだ。
江川はこの道のベテランで、40代後半のオッサンだ。
この3人は共に国家認定A級探索者。
S級の次に優秀な、ダンジョン管理者の主軸である。
その収入は〇千万を超えるという。しかしそんな江川でさえ、ケタ違いだけあってざわめくほど、S級探索者の異動はビックニュースなのだ。
「ここは人手不足の傾向があったけど……これで一気に、解消されるんだろうよ。年下の若者に追い抜かれるなんて、おっさん、複雑な気分だなぁ」
「そ、そんなことないッスよ。江川さんはすごいッス」
中年のなんたらにさしかかっていそうな江川に、中條は慌ててフォローする。江川はこの「螺旋の塔」における国家認定探索者の「ダブルエース」の一角であった。まだ未開のエリアがある地を中條と茨木を中心に引っ張り、ボスを死傷者ゼロで撃破していっている。それに加え、一般の探索者における事故やトラブル対応の業務もしっかりこなしていて、支部からの信頼も厚い男だ。もう1人のエースはちょっとクセのある若き美少女なので、余計に信頼という点では江川が頭1つぬけている。
だが、そんな彼はもう40代……今年で46歳ということもあって、己の限界を悟っていた。つまり「S級になれなかった」というコンプレックスだ。
国内たった5人の存在になんて、大半がなれないのだが、探索者はロマンある仕事のため貪欲な人間が多い。江川もその1人だ。若い頃はとがっていて、イキっていた時期もあった。
独身なのは「俺はお前らと違って、冒険に人生かけてんだよ」というポリシーがあったからだ。
しかし限界を悟った彼はすっかり丸くなり、優しくなり、そしてどこかで自信をなくしていた。
S級が来るなら、自分がいなくてもここは回るんだろうな……そんな弱気な考えが、脳裏をよぎっている。
「結婚してぇって、ちょっと考えてたんだけどよぉ」
「っ!? い、良いじゃないですか! ついに江川さんも身を固めるんッスね! あっ! そういや、野崎支部長って独身らしいっスね! あの人って、結婚願望とかないのかなぁ! 江川さん、仲良さそうですし、なにか知らないッスかぁ?」
中條がクソ下手な演技で誘導する。
螺旋の塔の探索者支部、40代の女性支部長「野崎 優子」はなんとなーく、江川と良い雰囲気……というか、野崎が明らかに江川をチラチラ気にしている感じなのだ。
A級探索者の、それもリーダー的存在になっている江川と社会的地位として見ても、ピッタリといえるカップルだ。しかも野崎はかなりの美魔女である。
しかし丸くなった中年男、江川はため息をついた。
「でも、S級探索者ですら結婚生活は地獄だった……ははっ、こんな身じゃ到底、出来るもんじゃないってね。オッサン、そう思っちゃったよ」
(よ、弱気すぎるし、暗すぎるぅぅぅ~~~。というか、おれはなんで職場の上司の恋愛と人生をサポートしようとしてるんだぁ!?)
ちなみに中條は今年で27歳。1つ年下の嫁がいて、2歳になる男の子の子供が1人いる。
と、男達が恋愛事情でもだえていると、支部から通信が入った。
『え、江川班長! とれますか?』
「んっ、江川だ。どうぞ」
『きゅきゅ、救難信号です! ええっと、その、江川班長がいらっしゃる地点から近いのですが、たたた、対応できましゅ、できますでしょうか?』
通信越しの若い女の子の声が、震えている。しかもちょっと言葉をかんでいた。
(たしか、今年の新卒の子だっけ。まだまだ初々しいね)
江川が高卒の18歳の新人が挨拶していたのを思い出す。
娘でもおかしくないぐらいの年の差だ。
だけどえらく可愛らしい女の子であったことが、印象的であった。
というか、この新しい支部のオペレーターチームは、若くて美人な女性ばかり。
最初の頃は驚いたものであった。
「はいよ。今すぐいけるから、地点を送っておくれ」
『了解でしゅ! です!』
江川は笑みをこぼしながら、中條と茨木へ告げる。
「お二人、仕事だ」
「了解っス!」
「……はい」
中條が元気よく、茨城が小さく返事をしたのであった。
☆
「――へくしょん!」
新しい職場の近くにあるマンションへの引っ越しが終わり。今日が初出勤の日となる。が、洗面台の前で早々に大きなくしゃみが出た。
鏡に映る武宮の姿は一見すると普通の服装だが、ダンジョンへの対策のためがんじょうな素材で出来た服である。グレーのジャケット、黒のシャツに、青いズボンをはいている。
「誰か噂しているのか……いや、しているんだろうな」
S級探索者。それはつまり、探索者のトップ。
そんなビッグネームが来るとなれば、現場とオペレーターチームはざわめくだろう。
「まあ、今日は挨拶が中心になるかな」
武宮はそう独り言をこぼしつつ、出かけるため玄関へと向かった。




