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【WEB版】水魔法なんて使えないと追放されたけど、水が万能だと気がつき水の賢者と呼ばれるまでに成長しました~今更水不足と泣きついても簡単には譲れません~   作者: 空地 大乃
第八章 救いたい仲間たち

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第310話 水の守護者

 馬車の中には、深い静寂が満ちていた。


 軋む車輪の音も止み、外では夜風が草木を揺らす音だけが微かに響いている。休憩のため、馬も足を止めているようだ。


 揺れのない空間で、乗客たちは思い思いに体を預け、酒に沈んだ意識を手放していた。


 誰かのいびき、誰かの寝言。


 それらが重なり合い、どこか無防備で、危うい空気を漂わせている。


 ネロもまた、その中の一人だった。


 小さくなったスイムを胸元に抱えたまま、静かな寝息を立てている。


「う~ん……もう呑めない……」

「スピィ……スピィ……」


 スイムもまた、寄り添うようにして眠っていた。

 柔らかな体が、ネロの腕の中で微かに上下する。

 そんな穏やかな光景に、ひとつの影が近づいた。


 足音はない。気配も極限まで抑えられている。

 その影は、眠るネロを見下ろし――ゆっくりと手を伸ばした。


 その瞬間。


「お前、ネロに何するつもりだ」


 低く、鋭い声が空気を裂いた。

 影の動きが止まる。


「……起きてたんやね」


 わずかに肩をすくめ、影――ライカが振り返った。

 暗がりの中でも、その目だけが妙に冴えて見える。


「心配で、おちおち寝てられねぇからな」


 ガイは壁にもたれかかっていた体を起こし、ゆっくりと立ち上がる。


 視線は逸らさない。

 獲物を見据える獣のように、まっすぐライカを捉えていた。


「それで? ネロに近づいて何のつもりだ」


 短く、重い問い。

 ライカは一瞬だけ沈黙し――


「何って――」


 手を動かした。その瞬間、ガイの足がわずかに踏み込まれる。


 だが――


「はぁ~……やっぱりスライムの感触は最高やな」

「……は?」


 ライカの手はネロではなく、その腕の中にいるスイムの頭へと伸びていた。


 ぷに、と弾力のある感触を楽しむように撫でる。


「スピッ……?」

「しもうた、起こしてもうたか? ごめんな」


 軽く指先で撫でると、スイムは一瞬だけ目を開け――すぐに安心したように再び眠りに落ちた。


 その様子を見届けてから、ライカは小さく笑う。


「可愛くてな。つい触りたくなってもうたんや」

「……それで誤魔化したつもりか?」


 ガイの声音は変わらない。

 疑念は、微塵も消えていない。


「疑り深いなぁ」


 ライカは肩をすくめる。


「まぁ、えぇことやと思うで」

「チッ……」


 ガイは小さく舌打ちをした。


「ネロは気を許してるみてぇだが、俺はそんな甘くねぇ。覚えとけ」


 その言葉に、ライカの目がわずかに細くなる。

 興味深そうに、ガイを見た。


「――随分と大事に思っとるんやな」


 そして、からかうように続ける。


「せやけど、その想いを成就させるのは大変そうやで? 周りにべっぴんも多いしな」

「変な勘違いしてんじゃねぇよ!」


 思わず声を荒げるガイ。

 だがすぐに、周囲の寝息を思い出したのか舌打ちして声を落とした。


「……俺は、こいつに助けられた」


 ぽつりと、吐き出す。


「一度は追放して突き放したってのにな」


 握られた拳に力がこもる。


「だから今度は俺が守る。そう決めただけだ」


 それは、誓いのような言葉だった。

 ライカは少しだけ目を細める。


「――それで目ぇ光らせとるってわけやな」

「そうだ」


 即答だった。


「こいつは危機感が薄い。今だって、この馬車の連中を“いい奴ら”だと思ってる」


 ちらりと周囲を見る。酒に酔い、眠りこけている乗客たち。


「疑うことを知らねぇ。だから危うい」


 その言葉に、ライカは小さく頷いた。


「そこは同意やな」


 視線をネロへ落とす。


「お人好しは付け込まれる。それが世の常や」

「……だから俺は、お前を信じねぇ」


 ガイは一歩も引かない。


「今も疑ってる」


 ライカはふっと笑った。


「それでえぇ」


 そして背を向ける。


「これから行くのはアークレイズや。無法地帯やで」


 振り返らずに言う。


「隙見せたら終わりや。……精々、気ぃつけや」


 そのまま、自分の席へと戻っていった。

 ガイはその背を、じっと見つめ続ける。


 目を逸らさず、呼吸すら乱さずに。


(……あいつ、何者だ)


 ただの旅人ではない。かといって、明確な敵とも断じきれない。


 掴みどころのない存在。


 だからこそ――


(目ぇ離すわけにはいかねぇ)


 ガイは再び壁にもたれながらも、完全には気を緩めなかった。


 そして――眠るネロの腕の中で、スイムが小さく震える。


 まるで何かを感じ取ったかのように。

 だが、それはすぐに収まり、再び静かな寝息へと戻っていった。


 夜は、まだ深い――。

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