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【WEB版】水魔法なんて使えないと追放されたけど、水が万能だと気がつき水の賢者と呼ばれるまでに成長しました~今更水不足と泣きついても簡単には譲れません~   作者: 空地 大乃
第八章 救いたい仲間たち

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第311話 アクシス領の変化

いつも感想や誤字脱字報告を頂きありがとうございます!

「あの塵どもは、まだ見つからんのか」


 苛立ちを隠そうともせず、ギレイルが吐き捨てた。


 偽勇者として民衆の前に晒し上げたはずのガイは、ネロたちの手によって奪還され、処刑は未遂に終わった。


 本来ならば見せしめとして完璧に終わらせるはずだった一件。


 それがこの体たらくである。


 民衆には「尋問が残っている」「仲間の所在を吐かせるため」ともっともらしい理由を並べて誤魔化しているが――噂はすでに広まりつつあった。


 曰く、偽勇者は逃げ出したのではないか。


 曰く、そもそも罪自体がでっち上げだったのではないか。


 耳に入るたびに、ギレイルの機嫌は確実に悪化していく。


 面目は、完全に潰れていた。


「騎士団も冒険者も動いております。じきに捕縛の報せが届くかと」


 落ち着いた声音で答えたのは、妻であるアンダラだった。


 表向きは平静を装っているが、その指先はわずかに強張っている。


 ギレイルを宥める意図もあったのだろう。

 だが――


「フンッ。まるで他人事だな」


 低く、冷たい声。


「それで、貴様も何か手を打っているのだろうな?」


 鋭い視線が突き刺さる。

 アンダラの額に、じわりと汗が滲んだ。


「も、勿論です。既に探索も行っております。紙鳥を飛ばし、周辺の索敵を――」

「お得意の紙の鳥か」


 鼻で笑う。


「だが、見つからねば意味がない」

「……っ」


 アンダラは唇を噛んだ。


 紙風魔法で生み出す鳥を風に乗せて広範囲を探る――それが彼女の常套手段である。

 

 だが、その魔法は万能ではない。

 距離が離れるほど制御は鈍り、視認精度も落ちる。

 既に領外へ逃れている可能性が高い以上、その手段は決定打にはなり得なかった。


 その現実を、ギレイルは容赦なく突きつける。

 重苦しい空気が室内に広がったその時――


 コンコン、と控えめなノックが響いた。


「旦那様、失礼いたします」


 扉越しに聞こえたのは、執事長ジルベルトの声。

 ギレイルが短く許可を出すと、音もなく扉が開かれた。


 無駄のない動作で一礼し、静かに室内へ入る。

 背筋は伸び、視線は適度に伏せられている。

 その立ち振る舞いは、まさに長年仕えてきた執事長のそれだった。


「逃亡者の件、進展はあったか」


 問いに対し、ジルベルトは一瞬の間も置かず答える。


「申し訳ございません。現時点では有益な情報は得られておりません」


 簡潔、かつ曖昧さのない報告。

 だがその内容に、ギレイルの表情が露骨に歪んだ。


「何の成果もないというのに、よくも顔を出せたものだな」


 横からアンダラが冷ややかに言葉を挟む。

 だがジルベルトは微動だにしない。


「ご叱責は甘んじて受けます。しかし――一点、看過できぬ事案が発生しております」


 わずかに声音を落とした。

 その変化に、ギレイルの眉が動く。


「問題だと? これ以上何がある」

「……アクシス湖の水が、消失いたしました」


 静かに告げられた言葉。

 次の瞬間、空気が凍りついた。


「……何だと?」


 ギレイルの眉が吊り上がる。


 アクシス湖――領内唯一にして最大の水源であり、生活基盤を支える要でもある。


 本来、枯渇などあり得ない規模の湖だ。

 その水が――消えた?

 到底信じがたい報告に、ギレイルは即座に立ち上がった。


「自分の目で確かめる」


 短く言い放つ。

 ジルベルトは即座に一礼した。


「ご案内いたします」






◆◇◆


 現地に到着したギレイルは、言葉を失った。

 広大だったはずの湖が――そこには、ただ巨大な窪地が広がっているだけだった。


 水面のきらめきは影もなく、露出した湖底がむき出しになっている。


 ひび割れた地面。

 ところどころに乾いた泥の痕跡。

 だが奇妙なことに、泥濘んだ様子はほとんどない。


 まるで“最初から水など存在しなかった”かのように、乾ききっている。


 風が吹き抜け、砂埃が舞い上がった。


「……馬鹿な」


 ギレイルの喉から、低く絞り出される声。


「これが……あのアクシス湖だと?」


 信じがたい光景だった。


「原因は現在調査中でございます」


 ジルベルトが一歩下がった位置で報告を続ける。


「しかし、もう一点――不可解な点が」

「何だ」

「湖に生息していた魚類も……すべて消失しております」

「……死骸は?」

「確認されておりません」


 ギレイルの視線が湖底をなぞる。


 確かに――骨一つ、残っていない。

 ただ空虚だけがそこにある。

 自然現象では説明がつかない。


 だが、それでも――


「……たかが水だ」


 吐き捨てるように言った。

 アンダラも頷く。


「そうですわ。水など代替はいくらでも効きます」


 その言葉に、ジルベルトが静かに補足する。


「アクシス領は、この湖を基点として各地へ水を供給しておりました。これが失われれば――領民の生活用水にも影響が出るかと」


 わずかな間。

 ギレイルの顔に不快の色が浮かぶ。


「全く……次から次へと面倒事が湧いてくる」


 苛立たしげに息を吐く。


「だが、水程度で騒ぐな。手段はいくらでもある」


 断言だった。


「水の紋章持ちを集めろ。あの塵以外にもいくらでもいるだろう」


 侮蔑を含んだ声音。


「普段何の役にも立たん連中だ。こういう時くらい働かせろ」

「仰る通りですわ」


 アンダラも即座に同調する。


「無能な水使いどもを総動員すれば、いずれ補えるでしょう」


 ジルベルトは一礼した。

 その表情に感情は浮かばない。


「承知いたしました。即刻、各地より水の紋章保持者を集めさせます」


 淡々と命を受け、背を向ける。

 だがその内心では――


(……間に合う保証はございませんが)


 そう結論づけていた。

 水は、単なる資源ではない。

 循環し、流れ、均衡を保つものだ。


 それを“人為的に補う”という発想そのものが、既に危うい。


 だが、それを進言することはない。

 ここでは、それが最善だからだ。


 そして――この判断が、どれほどの誤算を生むかを。


 ギレイルは、まだ知らない――否、知ろうともしていなかった。

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