第308話 本音の善意
「ブラックワーウルフの群れを、ああもあっさり倒すとはな。正直、助かったぜ」
馬車に戻ると、御者の人が手綱を軽く引きながら振り返り、そう言った。
その表情は先ほどまでの苛立ちとは打って変わって、素直な安堵と感謝が滲んでいる。
なんだか少し、こそばゆい。
「当然だ。私の愛弟は強く、逞しく、そして愛らしい! その上――」
「ちょ、もういいから!」
慌ててウィン姉の言葉を遮った。
こんなところで堂々と語られたら、恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだよ。
「僕よりも、皆の方がすごかったわけだし……」
そう言うと、
「いや、十分すごかったと思うぜ」
横から声がかかる。
振り向くと、さっき一緒に戦ってくれた元海賊の男性が、腕を組んで頷いていた。
「悪かったな。“水遊び”なんて言って」
少しばつが悪そうに笑っている。
「そんな、気にしないでください。それに、お二人もすごく強かったですし」
「ハハッ。お前、お人好しだな……だが、嫌いじゃねぇ」
そう言って、ぽんっと肩を叩かれる。
さっきまでの警戒とは違う、ちゃんと“仲間扱い”されてる感じがして――少し嬉しかった。
「あんたも強かったな。あの技、見たことがねぇ。一体どこで覚えた?」
今度は傭兵の男性がケトルに声をかける。
確かにケトルの戦い方はこの辺りじゃ珍しいものだ。
「昔、島国で見せてもらった。それを元に独自に会得したのだ」
「ほぼ我流ってことか……そりゃまた大したもんだ」
「うん! ケトルすごい! かっこいい!」
「身に余るお言葉」
ネイトの無邪気な称賛に、ケトルは変わらぬ落ち着いた様子で頭を下げる。
その対比がなんだか微笑ましい。
「さぁ、そろそろ出発するぜ。こんな物騒な場所はさっさと離れたいからな」
御者がそう言って手綱を鳴らす。
黒馬が力強く地面を蹴り、馬車が再び動き出した。
揺れる車内。
だけど――さっきまでとは空気が違う。
乗客たちの視線も、どこか柔らかくなっていた。
探り合うような雰囲気は薄れ、代わりに“興味”と“親しみ”が混ざっている。
その証拠に。
「あんたらのおかげで助かったぜ」
最初に声をかけてきたのは――あの男だった。
情報屋を名乗っていた、あの詐欺師。
にやりと笑いながら近づいてくる。
思わず身構えてしまう。
「何だ? 今度は何を企んでる?」
ガイが露骨に警戒を向ける。
「いやいや、そんな怖い顔すんなって。本当に助かったと思ってるんだよ」
男は肩をすくめながら、
「だからまぁ、お礼ってわけじゃねぇが――どうだい、一杯?」
そう言って袋から酒瓶を取り出した。
「あらあら。酔わせてどうするつもりかしら?」
ライトニングさんが微笑みながらも、目はしっかりと相手を見ている。
「疑り深いなぁ……まぁ仕方ねぇか。でも本当に、これは礼だ」
「信じられるかよ」
ガイは一歩も引かない。
――その時だった。
「ま、信じてもえぇと思うで」
ライカさんの声が静かに割って入った。
自然と視線が集まる。
「嘘の臭いがせぇへん。少なくとも、今はな」
“今は”。
その一言が妙に引っかかった。
「そうなんだ……」
「スピィ~」
エクレアとスイムが納得したように頷く。
「それなら――」
「おい、簡単に信じるなって何度――」
ガイが止めようとした、その時。
ぐぅうぅ……
はっきりとした音が鳴った。
「……」
全員の視線が、ガイに集まる。
「……チッ」
ガイが顔を逸らした。
そういえば、まともに食事を取れていなかった。
戦闘もあったし、消耗も激しい。
「なんだ、腹減ってんのか。だったらこれでも食え」
別の乗客が干し肉を差し出してくる。
「こっちもあるぞ」
「パンならまだあるぜ」
「果物もある」
次々と、食べ物や飲み物が差し出されていく。
さっきまで他人同士だったとは思えないくらい、自然に。
「これは……もう宴会だな」
ガイが呆れたように呟く。
「こうなったら、疑っても仕方ない気がするわね」
マキアも肩をすくめた。
「リンゴもある。食べていいのか?」
「もちろんだ。自慢のリンゴだぜ」
「……甘い」
アイスが小さく呟く。
その表情はいつも通り淡々としているけど、ほんの少しだけ柔らいだ気がした。
「それじゃあ、折角だし厚意に甘えましょうか」
ライトニングさんがそう言って、ようやく場が完全に和らいだ。
ガイもこれ以上は何も言わなかった。
ただ、ちらりとライカさんの方を見て――何かを考えているようだった。
そして。
馬車の中に、笑い声が広がる。
酒の匂いと、食べ物の香り。
さっきまで命を懸けて戦っていたとは思えないほど、穏やかな時間。
でも――
(これが、アークレイズに向かう馬車……)
善意もある。
打算もある。
嘘も、本音も混ざってる。
その中で交わされる言葉は、どこまでが本当なのか分からない。
だけど――
それでも今この瞬間は、確かに“本音の善意”だった。




