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シンデレラになってみました  作者: 椛こま


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シンデレラになってみました 39話


 とにかく苛立ちが収まらない。

 悠人は目の前でイチャつく二人を見ている。その姿は平静そのものだが、心の中は煮えたぎっていた。

 花梨とヤスミンはそんな悠人の様子にはまったく気づかず食事を続けている。

 「ヤスミンこっちはどう?」

 花梨が自分の皿の肉を小さく取り分け、ヤスミンの口に運ぶ。ヤスミンが口を開けて待ち構えている。

 「どう?」

 「うまい。私の皿の肉とは全然違うな」

 「でしょう?私が固めの肉が好きだから焼き方を変えてくださっているのです。前に悠人さんのものを食べさせて頂いたことがあって、その違いに驚いたので」

 「シェフ鈴木はすごいな」

 悠人は自分のナイフを置いた。

 「ヤスミン、君はレディ見習いをしているのではなかったのですか?もう一月近く滞在しているのにまったく女性らしくなっているようには見えませんね」

 「そんなことはないですよ」

 花梨が身を乗り出して否定する。

 悠人の心はますます波立つ。

 「ヤスミンは学園でもしっかり立ち振る舞いを学んでいますし、みなさんから随分女性らしくなったと言われてます。みなさん残念至極と、涙を堪えての発言ですので間違いないです」

 「ねー」と二人で顔を合わせて微笑み合う。

 一事が万事こうなのだ。

 二人はとても気が合った。

 ヤスミンが来てから花梨はほとんどの時間をヤスミンと過ごしている。

 来た当初はホテルの開業があり忙しかった悠人だが、ホテル開業が無事終わった今、悠人には時間が出来ていた。だが、もちろん二人きりで過ごすことは全く出来なかった。

 アメリカでの花梨の告白の後、花梨との距離はぐっと近づいていた。アメリカに居たことが幸いして花梨は挨拶の替わりにキスをした。

 「おはようございます」

 朝の挨拶の後駆け寄ってくる花梨の姿はあまりに可愛すぎた。軽いキスを交わした後、嬉しそうにはにかむ顔を思い浮かべるだけで、悠人の心は温まった。

 悠人は苛立つ気持ちを抑えるために、呪文の様に花梨の微笑みを思い出した。

 「では、悠人さん行ってきます」

 花梨の挨拶で悠人は我に返る。

 「ああ、いってらっしゃい」

 慌ててあいさつを返すと花梨はドアの前で振り返り、バイバイと手を振って応えた。ドアの向こうに姿が消えると悠人は派手にため息をついた。

 「クゥ~」

 声にならない声が口から洩れた。

 もちろんヤスミンが来てから挨拶のキスもない。

 きつく目を瞑ると、天井を仰いだ。

 ストレスが溜まっている。こんな風にストレスを自覚したのは初めてだった。

 「どうなさいましたか?」

 村瀬がコーヒーのおかわりを注ごうと待っていた。

 「もういい。私も出社する」

 「わかりました、いってらっしゃいませ」

 村瀬に見送れながら悠人は部屋を出て行った。


 「あれ、悠人じゃん」

 声のほうを振り返り悠人は驚いた。振り返った先には百合に背中を叩かれている向日葵がいた。

 「向日葵さん、百合さん」

 二人ともフォーマルドレスに身を包んでいる。

 「まったく、向日葵ったらこんな場所で悠人さんを呼び捨てで呼ぶなんて」

 百合の怒りは収まらい。

 「そんなに大きな声じゃなかっただろう」

 向日葵も場所を自覚せず普段通りにしてしまったことを反省して、シュンと肩を落としている。

 「すいませんでした」

 悠人が近づくと小声で謝り、素直に頭を下げる。

 いつもの威勢の良さがなく、しおらしい姿が微笑ましかった。

 「大丈夫ですよ。今日は・・・」

 話し始めてから悠人は気が付いた。

 ここは藤グループのホテルの一つで、悠人は定期的な会議で訪れていたのだが、パーティ会場で何が催されているか思い出したのだ。

 「お母さまのジムの十周年パーティでしたか」

 「ええ」

 「花梨は?」

 百合がいて花梨がいないのが気になった。

 「ジムの会員限定のパーティなんだ。花梨は入ってないからな」

 残念と顔に浮き出ている。

 「まあ、ヤスミンのお蔭で忙しくしてるから、誘ってもこなかったかもな」

 口の先から嫌味が溢れ出ている。

 「まったく」

 そんな向日葵に百合はあきれ顔だ。

 「もうお帰りですか?」

 百合に聞かれて悠人は頷いた。

 「お茶でもどうですか?」

 百合の誘いに悠人は内心驚いたが、平素を装って頷いた。

 数分後、三人はホテルのカフェにいた。

 「イライラしていらっしゃるのでは?」

 ソファに座るなり百合が口を開いた。

 悠人の眉が寄る。

 「もしかして、私はからかわれているのかな?」

 「そんなことはありませんわ」

 「いや、からかっていた」

 向日葵が茶々を入れたが、百合が冷たい視線を投げ掛けたのですぐにおとなしくなった。

 「ヤスミンはクリスマスには本国へ戻りますわよ」

 「えっ」

 「まじかっ」

 「なんで向日葵が反応するの?」

 百合は呆れたが、かまわず向日葵は「よしっ」とガッツポーズを決めている。

 悠人も思わず小さくガッツポーズを決めてしまったのだが、おかげで百合の目には留まらなかったようだ。

 「あいつは私と違って本物だから、いくら女だからってこれ以上学園にいるのはよくない」

 「まあ、向日葵のプライドがボロボロになるのは構わないけど、たしかにヤスミンの魅力は学園の雛たちには猛毒ね。学園には向日葵ぐらいが丁度いいのよね」

 向日葵は納得できないと百合を睨んでいる。

 「悠人さんも良かったですわね」

 「私は別に・・・」

 悠人はコーヒーで口を濁した。

 「花梨はバイセクシャルという言葉は知っているのですが、それがどんな意味かはちゃんと解っていないんですよね」

 「バイセクシャル?」

 悠人はコーヒーカップを置いた。

 百合は「んっ」と聞き返す。

 「ヤスミンはバイセクシャルですわよ。というより、愛に性は関係ないといった感じかしら。完璧な博愛主義者と言えばいいのかしら」

 百合は思案しながら首を傾げた。

 「女性になったという話ではなかったのですか?」

 「ええ、男でいる必要はなくなったのでしょうけど、ヤスミンには男装をしなくなっただけで、その他のことはまったく変わりないんです」

 「でも、結婚は?」

 「ええ、ですからお相手の男性が好ましければ別に構わないのでしょう。一夫多妻なせいかそのあたりは元々大らかな考え方なのでしょう」

 「花梨は相変わらずの天然でかわしてるけど、すごいフェロモン送られてるからな、帰国が決まって一安心だよ」

 向日葵が「まじ、良かった」と手放しで喜んでいる。

 「本当に。ヤスミンが花梨に張り付いていてくれてなかったら、今ごろ学園の秩序は保てなかったと思うわ」

 ヤスミンから感じている不安が的中したということか、悠人の眉の皺がどんどん深くなる。

 「それはヤスミンが花梨にアプローチしているということでいいのでしょうか?」

 「アプローチしているかどうかは分かりませんが、花梨をすごく気に入っているのは確かですわね。まあ花梨に魅せられない人間は存在しませんけどね」

 うんうんと向日葵も大きく首を縦に振った。

 「花梨もヤスミンが向けている感情がセクシャルなものだとはまったく想像もしてないだろうが、ヤスミンは楽しんでる感じはするな」

 ハハハハと向日葵は楽しそうだ。

 「お二人はそう心配しているように見えませんが?どちらかというと楽しんでいるような・・・」

 悠人から疑惑の視線を送られ、二人はにっこり笑った。

 「まあ、花梨がヤスミンに惚れるってことは絶対にないからな。もちろんお前も知っているように花梨は心に誓ったことは絶対にまげない、芯の強い女だからな」

 「花梨はあなたの奥さんである限り、あなたに忠実ですよ」

 「すごく棘があるようですが?」

 悠人は二人の態度に苛立ちを感じ始めた。 

 百合は敏感にそれを感じ取った。

 「少しあなたに嫉妬して意地の悪い言い方をしてしまいました。でも私たちは悠人さんを応援しているのです。花梨があなたを好きになったので」

 悠人は黙り込む。

 「ヤスミンがどんなに花梨にちょっかいを出したとしても、お前は花梨を信じていればいい。花梨はもうお前以外を好きになることはないんだから」

 向日葵の言葉が刺さる。

 「クリスマスは花梨と楽しんで下さいませ」

 「毎年、三人で楽しんでたのにな。譲る羽目になるとはな」

 二人は「それでは、ごきげんよう」と席を立った。

 悠人も立ち上がると二人を見送る。二人の姿が見えなくなると、もう一度ソファに座った。

 「花梨を信じる・・・」

 悠人は呟いた。

 

 「煽り過ぎたんじゃないのか?あれじゃ、クリスマスに盛り上がり過ぎちゃうんじゃないか?」

 「そこまで素晴らしいクリスマスになるのならそれでもいいじゃないの」

 「えー」向日葵は不満顔だ。

 「マダムのお話ですと、悠人さんは愛に対してひどく自信のない所がおありなんだとか」

 「まあ、愛情いっぱいで育った感じはしないもんな。でも、こんな風に悠人を煽らなくても、もう自然にいい夫婦になる感じだっただろう?」

 「マダムはご自分のためにお急ぎなのだとか」

 「なんだそれ?」

 「私もよくは分からないのですが、お急ぎなんですって」

 「で、あんなすごい刺客を送り込んだのか?」

 向日葵は、呆れたとばかりに手を上げた。車の中は狭いので向日葵の大きな手が百合に当たる。

 「もう」と、百合はその手をどける。

 「愛の代弁者が仕掛けた仕掛けがどう働くか、あとは黙って見守るだけか・・・」

 呟いて、急に向日葵は身体を起こした。

 「花梨が傷ついたりしないよな?」

 「私も確認しましたわ。悠人さんを焦らせて万が一でも花梨が傷つくことはないかって」

 百合は言葉を切る。

 「で、なんて?」

 真剣な向日葵の瞳を真剣に見つめる。

 「絶対に大丈夫ですって」

 「絶対なんてことあるか?」

 「悠人さんはもう花梨を手放せないほど愛してるから、絶対に大丈夫なんですって。大事なものは無くなるのが怖くて仕舞ってしまうような方なのだそうです」

 向日葵は頭の中で百合の言葉を反復した。

 「じゃあ、何も出来ない可能性が高いな」

 向日葵の出した結論だ。

 「私たちは花梨が幸せならゆっくりでもクリスマスでもどちらでも構わないから、もう後は見守るだけね」

 百合も結論を出した。



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