シンデレラになってみました 38話
楽しかった夏は過ぎ、学園の銀杏も風に舞いつくし、すっかり寒々とした雰囲気になってしまった。世間では鈴の音が軽やかに鳴り響く季節がすぐそこまで近づいている。
花梨は茶室の障子を開け外を眺めた。
後、数か月でこの学園ともお別れになってしまうと思うだけで、胸が締めつけられる。
3才でこの学園に入学して以来学園は花梨のもう一つの家だった。花梨の家が財政破綻を起こした後も、先生方もクラスメイトたちも何一つ変わらなかった。花梨にはそれが支えとなった。
みんなが新しい道に進んで行くことは、嬉しいがやはり淋しさが込み上げてしまう。
「はあ~」
花梨は盛大にため息を吐いた。
静かな茶室に響き渡るような大きさだったにも関わらず、周りは静かなままだ。花梨は茶室を見渡す。百合も向日葵も今日は学校に来ていなかった。
「さみしい~、この静けさ。ああ、百合~、向日葵~」
花梨は畳にゴロゴロと転がる。
ガラッ。
襖の開く音と共に、目の前に足が迫った。
「ここが茶室か?」
高い所から見下ろす瞳と目が合う。
褐色の肌と深い彫りの彫刻のような顔が花梨を見下ろしていた。
「茶室に御用ですか?」
花梨は身体を起こし正座をすると、何事もなかったように尋ねた。
客人は変わり身の早さに一瞬目を見張ったが、何事もなかったように話を進めた。
「茶を点てて貰いたい」
「・・・はい」
久しぶりに点前の練習をしていたので、お茶は立てることが出来た。花梨は突然の来訪者に疑問を持ちつつも準備に入った。
客人は部屋の真ん中にどかりと座った。
花梨はそれには構わず、点前に入った。
作法に乗っ取り茶を点てて行く。
花梨はお茶を点てるのが好きだった。
世離れした風流人だった父に教わったものは多かったが、中でも茶道が好きだった。
作法一つ一つに集中して神経を研ぎ澄ましていくと、周りから音が消え、カシャカシャと目の前の器の中の茶の音だけが聞こえる。
「どうぞ」
花梨は脇にあった茶菓子を先に客の前に出した。
柿の形をした干菓子だ。
客人は指で挟むと、興味深くそれを眺めてから口に放り込んだ。
「溶ける」
花梨は茶を運んだ。
「どうぞ」
客人は一気に茶を飲み干す。
渋さに歪む顔を隠しもせず、客人は器を置いた。
「花梨とは君か?」
花梨はお茶碗を下げながら、訝し気に客人の顔を見つめた。
「ヤスミンだ、よろしく」
ヤスミンはすっと手を差し出した。
花梨は釣られるようにその手を握る。
「今日から君の家で世話になるんだよ」
そう言いながら、ヤスミンは花梨の手の甲にキスをした。
状況が解らず、花梨は固まってしまった。
「家というのは三条の家ですか?」
「君は紫藤という姓ではなかったか?」
「ああ」と花梨は納得する。
「紫藤家のお客様なのですね」
花梨は改めてヤスミンを観察した。
向日葵をさらに中性的にした美しい顔。白いYシャツに包まれていても分かるしなやかな手。黒いスキニーに包まれた長く綺麗な足は力強さを感じさせる。
「んっ」
花梨は違和感を感じた。
全ての部位が美しいが、力強い筋肉に包まれている。
男ではなかろうか?疑問が頭に浮かんだ。しかし、花梨はその考えを否定する。どんな強力なコネがあろうとこの桜桃学園に男が潜入することは不可能だ。
花梨は制服の袖を捲り、伸びる自分の腕に力を入れてみた。白い陶器のような肌に筋が浮き立つ。
「あら」
花梨は複雑な気持ちで自分の腕を見つめた。
「ヤスミンさんは何かスポーツをしていらっしゃるの?」
「ああ、スポーツは何でも好きだ。身体を鍛えるのが趣味なんだよ」
やっぱり、と花梨は納得した。
「このまま家へ一緒に行けますの?」
花梨が尋ねると、コクンとヤスミンは頷いた。
その可愛らしい仕草は花梨のハートに突き刺さった。
「では、一緒に帰りましょうか」
さっさと大事な物だけ片づけると、花梨は片づけを切り上げた。
ヤスミンは何も言わず花梨の後に続いた。
「ヤスミンはどこの国の方ですか?」
歩きながら花梨は尋ねる。
「サウジだ」
「まあ、」
答えながら、花梨の脳裏である事柄が繋がった。
「マダム愛華のお知り合いなのですか?」
「ああ、そうだよ」
「日本語お上手ですね」
「多くの外国人と接するから語学は沢山学んだ。言葉が解る方が得だからね」
「サウジのご実家は大きなご商売をされておいでなのですね」
「まあ、そうだな。ここは良家の子女ばかりの学校なんだろう?」
「ええ、そうですわ」
「私は男っぽいだろう?」
花梨はとなりを歩くヤスミンを見上げた。向日葵といつも一緒に居るから違和感がないが、ヤスミンもそうとうに背が高い。その上あの筋肉だ。
「ええ。ヤスミンは中性的でとっても綺麗ね」
「ははは、ありがとう。花梨もすごい可愛いな。私は人形かと思ったよ」
二人は顔を見合わせて笑った。
「私は男として育てられたんだよ」
「あら、生オスカルね」
「オスカル?」
花梨は口に手を置く。
「ごめんなさい、心の声が漏れちゃったわ。オスカルは日本の人気漫画の主人公なの」
「漫画、知ってる。ドラえもん、ルフィ、ラムだな」
「ええ、そうです。詳しいですね」
花梨は感心して目が丸くなる。
「花梨、目が落ちそうだ」
ヤスミンは朗らかに笑った。
「花梨は美人なのになぜかおかしいな」
と、まだ笑っている。
「最近はよくそう言われます」
花梨は少し恥ずかしくなって顔を伏せる。
結婚してから花梨の交友関係は爆発的に増えた。覚えても、覚えても尽きない。紫藤家の交際関係者に粗相のないよう最大限に気を付けているが、同じ年齢ぐらいの人だとどうしても気が緩んでしまう。
ヤスミンは紫藤家のお客様よ、花梨もう少し緊張しなければダメよ。
自分に言い聞かせると、花梨は気を引き締め直した。
屋敷に帰ると、悠人がもう帰宅していた。
花梨は悠人の顔見ると、自然と笑顔がこぼれた。
「お帰りなさい。今日は早かったんですね」
子犬のように駆け寄り悠人に抱きつく。
悠人は軽く花梨を受け止めると、耳元で囁いた。
「お帰り。ただいま。先に客人の案内をしようか?」
悠人が先に帰宅していることは、結婚してから初めてだったし、ホテルのオープンが近づいていて最近は夜顔を見ることは稀だったので、花梨はつい我を忘れてしまった。
「ごめんなさい」
さっき気を引き締めたはずだったのに・・・花梨の顔が見る間に曇る。
「荷物は?」
ヤスミンはまったく二人の様子など気に掛けてもいない様子で村瀬に言葉を掛けた。
「お部屋に運んであります。お部屋のほうにはすぐにご案内いたしますか?」
村瀬が丁寧に応える。
「部屋ってどこ?」
「一階のゲストルームですが」
「花梨と同じ部屋ではダメ?」
その場にいた全員がヤスミンの顔を見た。
「花梨様と同室?」
「ああ、私は日本に女性らしさの研究に来たんだ」
そう聞いてるだろう?と自分に集まった視線に聞き直す。花梨だけが「聞いていない」と首を振る。
「愛華には24時間張り付くぐらいでないと、女性らしさは分からないと聞いてきたんだが?」
皆の視線が今度は悠人に移動した。
「マダムには最大限協力して欲しいと頼まれた。荷物は花梨の部屋に移すように」
村瀬と山崎が「分かりました」と頭を下げ、早速行動に移す。
「じゃ、花梨、部屋に連れて行ってくれ」
訳が分からない花梨は、悠人の手を引く。
「部屋で説明するよ」
ヤスミンの言葉に悠人は頷いた。
「行っといで。夕食でね」
花梨の手を優しく叩いて送り出した。花梨は頷くとヤスミンと二階へ向かった。
「日本に女性らしさの研究に来たとはどういうことですか?」
部屋に入り、くつろげる服に着替えると早速ヤスミンに問いただした。
ヤスミンはまるで自分の部屋の様にソファで足を伸ばした。
「私の母はね、父の妻の中では実家の力が余りない上に容姿も人並みだった。でも、運だけはとても良かったので一番初めに妊娠したのだよ、それが私なのだけどね。母は父の気を引きたかったのだ、娘を産んでこのまま捨て置かれる事を恐れた。だから、私を男として届けたんだよ。力がないとはいえ母の実家もそれなりの豪商だったから子供の性別を胡麻化すぐらいは出来たのだね。娘が夫の寵愛を失わないでいられる恩賞とは天秤にかけるまでもないことだったんだ」
花梨はクッションを抱え直すとほぉーとため息をついた。
「すごいお話です」
「まあ、そんなで私はずっと父をだまして生きていたんだか、性分だったのか男のふりはちっとも苦痛ではなかった。むしろ男でよかったと思っていた」
ヤスミンはテーブルの上のコーヒーを口にする。鼻に抜ける香りが心地いい。
「いいブレンドだ。誰が?」
「料理長ですわ」
ほぉ、ヤスミンの眉が片方上がる。
「これは夕食が楽しみだ」
「食事は期待していただいていいです」
花梨はハーブティを口に運ぶ。今日はローズヒップだった。目にも鮮やかな赤い色と爽やかな酸味が爽快だ。
「そんなでまったく支障なく私は成人してしまったのだが、昨年母が亡くなってね、」
「それは・・・」
花梨がお悔やみを口に出そうとするのをヤスミンは手で止めた。
「まあ、そうなんだ。死の床についた母には流石に私の出生の秘密が重荷だったのだ。父にね、告白したんだよ。あなたの長男は実は長女だったと」
花梨はゴクリと唾を飲み込んだ。
「お父様はざぞ驚かれたでしょう?」
「まあ、驚いた。でも、それだけだったんだな」
「えっ」
「私の父親という人物は些細なことは気にしない性分のひとでね」
とヤスミンはウィンクして見せる。
花梨は目を白黒させた。
「些細なことではないような・・・?」
「息子よ、娘だったとはこれは驚きだ!実におもしろい。お前はどの息子より息子らしいのに娘だったとは、と私を抱きしめ、これよりはりっぱな娘として生きろよと言ってくださった」
ハハハハハとヤスミンは豪快に笑った。
「ヤスミンはお父様似なのですね」
花梨が大きな目をさらに大きくして言うとヤスミンは花梨を見つめ、いきなり抱きしめた。
「アハハハ、花梨、君は面白いな」
花梨はヤスミンの腕の中でそうですか?と首を傾げる。
「それで我が家の秘密はなくなったのだけど、その噂が社交界で広がってしまってね、困ったことになってしまったのだよ。私は男だったから困ったことに顔が知れてしまっていたからね、求婚者が山のように来てしまったのだ。皆珍品を手に入れたくて競い合いだ」
話すヤスミンはまるで困った風には見えない。
「私は別に嫁ぐのは構わなかったのだが、妻がね、嫌がった」
「つま?」
花梨の頭は妻とは変換出来ず、思わず、つま、テーブルの端を見てしまった。
「ピンとこないか」とヤスミンは察する。
「私には父が13の時に選んでくれた妻がいてね、13から一緒に暮らして、16で結婚した。妻はもちろん私が女だと知っていたが子供を持てないだけで何の不自由もないと言ってくれてね。私たちは十分仲睦まじい夫婦生活を送っていた。でも、この結婚話でその妻の存在をどうする?ということになった訳だ」
話の全てが解ったわけではないが花梨は何とか頷いた。
「妻は私と別れるなんて考えられないと言ってね。では、侍女としていっしょに婚家に行くか?と聞くと別れるとの二択しかないならそれに従うしかないが、嫌なのは嫌だとね。それで、マダムに相談したんだ」
やっとマダムまで行き着き、花梨は大きく息をした。
抱きしめられた時にヤスミンの隣に移動していたので、ヤスミンは花梨の背を優しく叩いた。
「それでマダムは何と?」
息を整えると花梨は尋ねた。
「一年ぐらい国を離れて、女らしい振舞いを身に着けろと。ただの女性になれば求婚者の興味も失せるだろう。今の混乱が収まれば求婚はどうとでもなると、言ってくださった」
「それで、日本に?」
「極東の島国日本はいい隠れ場所というわけだ」
「奥様は?」
「誘ったのだが、国を出たくはないと言ってね。国で待っている」
「そうなのですか。もう、ドラマよりすごいお話で驚いてばかりでしたけど、理解しました」
花梨は身体を横に向けしっかりとヤスミンの目を見つめた。
「私には余り見本となる様なことはないので恥ずかしいですが、私の友人たちはきっとあなたの良いお手本になれると思います」
またもヤスミンはがばりと花梨を抱きしめた。
「ありがとう、花梨」
「いいえ、とんでもない」と花梨が返事をしたところで、扉がトントンと音を立てた。
「花梨様、夕食の準備が整いました」
山崎の声が知らせを運ぶ。
「はーい」
花梨は返事をすると、ヤスミンの手を取った。
「行きましょうか」




