シンデレラになってみました 37話
「それで、花梨ちゃんは満足してしまった、と」
「そうですね。花梨はすっかり気分も晴れ、夫婦としての絆も深まったと言ってましたわ」
百合は高級クラブのVIPルームでマダム愛華とくつろいでいた。
「まあ、困ったわ」
愛華は美しい髪をかき上げると、テーブルの上から葡萄を一粒摘まみ上げた。
「この前の慈善パーティでどうしてマダムは花梨を焚き付けるようなこと?」
愛華は悩まし気に百合を見つめた。
「どうしてかしら」
また一つ葡萄を咥える。仕草一つ一つが美しく、人を惑わす色気に満ちている。
「あなたはどうしてだと思う?」
「十三様が孫の顔を見たがっていっらっしゃるとか」
百合は愛華の指先を見つめながら答えた。
愛華はゆっくりと足を組みかえる。
「あなたは私の秘術に興味があるの?」
話が変わる。
「ええ」
百合の身体は思わず前のめりになる。
愛華は興味深げに改めて百合を見つめた。
「あなたのようなお生まれのまだうら若き乙女が、私の秘術に興味を持つのはまだ早くてよ」
愛華の瞳から興味が消えた。
百合は急に素っ気なくなった愛華を感じ取った。
「私にとって性はとても重要なのです」
「あなたの年ごろは興味があって当たり前だわ」
返事は冷たい。
「私の母はとても・・・」
百合は言葉を探す。
「そう、情熱的なのです。子供の前でも自分の気持ちを押さえつけるということはまったくなかった。キスをするのも、激しいスキンシップも。相手も特定の人であることは少なかった。母は性に対して奔放でした、でも私はそれが一般的ではないということを知らなかった。母はそのようでしたのに、祖父に守られて育ったので世間とは隔離されていた。桜桃はカトリックですので性について触れるのはことさらに遅くて」
愛華はまた足を組みかえた。グラスを持ち上げゆっくりと揺らす。琥珀色の液体をゆっくり飲み干した。
唇は艶やかにひかり、瞳には生気が宿っている。
「私は16歳の時に初めて恋をしました。相手は祖父の病院の医者でした。とても、繊細で優しい方でした。その方が突然病院をお辞めになってしまって、私、もう会えなくなる前にちゃんと思いを告げようとしましたの」
「お母さまを見習って?」
百合の瞳の色は陰ったが口元の微笑みは消えなかった。
「そうですわ。祖父のおかげでお堅い学園で貞操観念を学び、母の様に色々な男性とその日限りの愛を楽しむような性格には育ちませんでしたが、好きになった方には母の様に接するのが、気持ちを伝える一番の手段だと思っていました。だから、それを実行した」
「16歳の少女に迫られたその男は完全に逃げ腰になったのね?」
嬉しそうな愛華の微笑みに百合は哀しく頷く。
「ええ、そうですの。『淫乱の血を引く、悪魔』と言われました。さすが母親自身も誰の子かわからない穢れた子供だと」
愛華は大きく目を開いた。
「確かに母は愛に奔放でしたが、私はそれが汚らわしい行為だと思ったことはありませんでした、だから私が初恋から受けたダメージは大きかった。母が淫乱だとは思えなかった、だけど彼の言葉は消えなかった。私は愛について知らなければいけないと思いました」
「それで、学んだの?」
「はい。濃いメイクをしてこういった場所に出入りしました。多くの男性が私を口説いてくれましたわ。そして、そういった方と愛を交わした・・・」
またも愛華は目を見張る。
「多くの男と愛を交わして、愛が何なのか解ったのかしら?」
百合は首を振る。
「自分で思っていたより私は深く傷ついていたようなのです、私は少し壊れてしまった」
愛華は百合の手に手を重ねる。
「あなたは強い子ね。ちゃんとこうして戻って来ている。愛の行為は奥深いもの、正しく扱わないとひどい傷を受けるわ」
「友人が救ってくれたのです。深みに嵌った私を必死で引っ張り上げてくれた」
百合は花梨と向日葵の顔を思い出して笑顔になる。
愛華はそんな百合の手を優しく包み込む。
「私、産婦人科の医者になるつもりなんです。性行為は最終的には種を残す行為、でも人は感情とは切り離せない生き物。性行為による苦痛も、幸福も、苦悩も、快楽も、語り合える医者になりたいのです」
ポンと叩いて愛華は手を離す。
「面白い子ね。気に入ったわ。私の知り得た知識を惜しみなく、教えて差し上げる」
愛華は妖艶に微笑んだ。
百合も最高の笑顔で応える。
「まずは、花梨たち夫婦を焚き付けている訳をお聞かせ願えますか?」
「あら、まずそれなの?」
愛華は呆れた顔で、グラスを傾ける。
「そこは個人的な理由なのよ。私が欲しいものを手に入れられる最後のチャンスを逃したくないだけ」
「マダムの欲しいもの?」
「愛よ。私は沢山の愛を男たちに注いできたけど、最期はやはり自分の愛を満たしたいの」
「花梨たちが性行為することで、マダムの愛が満たされるのですか?」
愛華は首を少し傾げる。
「SEXは、まあ、しないよりしたほうがいいわね。まあ、花梨ちゃんにはどっちでもいいのね、でも悠人くんにはそれが一番わかりやすい切っ掛けなのよね。花梨ちゃんは会った印象だと何も困らない子でしょ?始まりは何であれあの子は目の前にいる人間には絶対に誠実に接するし、それを本気で実行できる。時々いるのよね、ああいう天然の贈り物みたいな子。さすが十三ね、孫のためにあんな子を見つけ出すんだから」
愛華は百合の顔を見て話を戻す。
「私は悠人くんを幸せにしたいの。それが私がわたしの愛を満たせるかの鍵なのよね」
「悠人さんの幸せが?」
「そう、あの子結婚して変わったのでしょう?私はよく知っているのは幼い時だけど、もっとこう恐ろしい大人になる印象だった。それが、人間らしいいい顔をしていたわ。だから、チャンスだと思ったのね」
「でも、それなら、あの二人はもう十分ではないのですか?」
「そう思う?」
愛華はいたずらな顔をする。
「花梨ちゃんは問題ないけど、悠人くんは闇が深いのよね。花梨ちゃんが天然系なだけに、まだ拗れるような気がするわ。だから、もう一押ししたいのよね」
バチコン、と睫毛を鳴らしながら愛華はウィンクをして見せた。
百合は分かった様な、はぐらかされた様な複雑な気持ちのまま頷いた。




